10/1(木) 穂積音和②
喉が乾いて声が出ない。顔の筋肉が張り付いてうまく笑えない。
その場しのぎだった。でもごまかすしかなかった。
「なに……バカなこと言ってるんだよ」
音和は首を振る。
「見たことない薬見つけた。検索したし、パパも問い詰めたんだよ」
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
泣いている姿は何度も見ているはずなのに、なるほどこれだけ瞳が大きければ涙も大量に落ちるんだなあとか、こんな状況なのに感心してしまう。
「いやだよ……知ちゃん……っ、なんで……」
大きくしゃくりあげると、その場に膝をついた。
「あたし、全部もういらない。知ちゃんのそばにいるっ」
腿のあたりにぐりぐりと、垂れた額が押し付けられる。
「……あほか。せっかく友だちができたのに、また振り出しかよ」
まるで子どもが駄々をこねるような仕草に、逆に自分が冷静になってしまう。
「もういいよ!! だって、あたしの一番大事なのは知ちゃんだからっ」
「おいおい俺だってお前が大事だよ。……だから、お前には幸せに生きて欲しい」
「だったら、せめてそばにいさせて! 文化祭とか、もうそんなの、どうでもいいじゃん! 一緒に病院行こ? ちゃんと治しに行こうよっ」
いやいやと頭を振りながら、腿に拳を何度も叩きつける。物理的な痛みよりも、心に、痛みが響く。
「音。クラスの劇、主役なんだろ? そんな無責任なこと言うなよ。俺も明日、観に行こうと思っていたんだけど……。それに、文化祭が終わったらすぐじゃないけど入院することになってるから。大丈夫、俺のことは適当に祈っててよ」
「祈るだけで願いが叶うのなら、ママだって帰ってきてるよ! あたしママを追いかけなかったこと後悔してるの。もうっ、大好きな人を、失いたくないよ! お願いだから。どうか、知ちゃんの幸せだけは、誰も奪わないで……っ」
それは会話ではなく、ほとんど、心の膿を出し切るような叫びだった。
らちがあかない。
ぽんぽんと音和の肩を叩いた。
顔を上げてやっと目を合わせてくれたけれど、真っ赤で涙で濡れていて、いつもの可愛い顔が、ひどいものだった。
苦笑しながら、ボサボサになった頭を撫でる。
「……よし、わかった。ごめんなあ。ちゃんと全部話すから、聞いてくれる?」
真剣な顔で見上げる少女の頭を何度も何度も撫でた。
ずっと前から、愛おしい存在だった。
でも、きっともうそれ以上の存在にならないことは、なんとなく感じていた。
じきに消えてしまう俺が彼女のことを手に入れたいという狂気にとり憑かれなかったのが、運命からの最後の厚情だったのなら、そこは感謝してもいいかな。
「病気は前からあったものなんだ。お前には一番に知ってもらわないといけなかったのに、どうしても言えなかったよ……。話すから、一緒に受け止めて欲しい。その上で、お前はきちんと学校に行って、自分の営みを紡いで欲しい。俺の道と音和の道は別物なんだからね?」
素直に頷くこともできず、孤独の谷底に突き落とされたように絶望しながらも、ひたすら尊い涙を流す少女へ。
俺は病気のことを打ち明けた。
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