9/29(火) 部田凛々子②

 ついにゴンドラに電気が通った。大きな音が響いて、わっと歓声が上がる。

 2階のゲートが開いて、ゴンドラは体育館の中央へとゆっくりと進んで行く。ロープウェイのような要領で、反対側の2階通路へと到着できるようだ。

 体育館中に機械音に負けないくらいの拍手が湧いた。気づけば結構な人数が集まっている。

 その様子を満足げに眺めながら、吉崎は腕組みをした。



「勘違いしてるようだけど。あたしは別に文化祭実行委員会をつぶしたいわけじゃないわ」



 えっ!? あれだけやっといて!?

 というか、八代と鈴見も「えっ!?」て顔してるぞ!? 大丈夫かよ、ちゃんと情報共有はしといて!?



「だってあたしも朝陽高生のひとり。文化祭、楽しみだし。だから、あなたが中途半端な委員会ごっこをしているようであれば、早急にやめさせないとって思っていただけ。生徒会長は責任感が強いものですから」

「……」



 凛々姉はゴンドラを見つめたまま、無言で生徒会長の声に耳を傾けているようだった。



「今回も多少こちらにも多方からの苦情が来たけれど、あなたがやったことを行き過ぎとは思わないわ。だっていま、みんな笑顔でしょう。あれを引き出せるかどうかで、イベンターの資質がわかるわ」



 凛々姉がイベンターになりたかったって話になってるけど、それは違うのでは。



「せ、生徒会長。お戯れを……」

「なによ鈴見、おたわむれって。あんた前から思ってたけど武士なの?」



 助けを求めるように鈴見が八代を見たが、八代は直立不動のままだった。

 いや、ちょっと待て。



「あのさ、いい話みたいになってるけど。だったらどうして、虎蛇に忍び込むようなマネをしたんだよ!?」

「うん? だからそれはなんのことよ」

「なんのことって……」



 生徒会長に突っかかったときだった。

 地響きのような大きな音と人々の悲鳴が、俺の声を簡単にかき消した。


 ゴンドラが体育館の1/3ほど進んで落ちたのだ。


 誰も乗っていなかったし幸い真下には人はいなかったが、落ちた衝撃で機械の破片が飛び、近くで何人かがうずくまっていた。


 まじか!

 凛々姉と顔を見合わせて落下地点付近へ駆け寄り、大きな怪我がないか見て回る。



「大丈夫ですか!?」



 流血している人はいないようだ。あとは打撲っぽい人が数名。

 これほどの事故なのに、床の破損や人的被害が大きくないのは、ちょうど真下に置いていた入場ゲートが下敷きになっていたおかげだった。

 しかし代わりにゲートの一部が大破し、誰が見てもすぐに修正は効かない状態だった。


 ふと、異様な空気に気づいた。みんなが俺を見る目が冷たいことに。

 静かな悪意が、どぷどぷと容赦なく注ぎ込まれていくような嫌な感覚。

 いや、正しくは俺じゃない。隣にいる……凛々姉に、だ。

 今ここにいる人は、このトラブルの責任の所在を探している。

 けが人も出た。設備も壊れた。体育館に傷がついた。誰も関わりたくない。誰かに責任を取ってもらいたい。

 だからって、なんでこんなときだけ、凛々姉なんだよ……!!

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