9/14(月) 穂積音和②

「はいはい、ストーップ!」



 どうせイヤホンつけてるだろうから、廊下でリュックを引いて捕まえた。案の定、ビクッと大きく驚き、頭だけで振り返る。



「穂積はなんで教科書とか全部持って移動してるのかなー?」

「アハハハ! 重いっしょ? ウチらが机に置いてあげるー!」

「重く……ないから」



 今さらビビっても許さないし。

 チャックを開けて、中身を取り出して後ろへ放り投げた。いくつかが3階の手すりを越えて、大きな紙吹雪のように3年生のいる1階へと散らばって爽快だった。



「やだー、穂積が動くから手が滑っちゃったじゃんー」

「触らないでよ、やめて」



 リュックが押さえられているから、穂積は逃げられずにジタバタする。そういうのがウザいんだけど。



「ちょっと大げさっしょ。一緒に遊ぼうって言ってるだけだからー」

「落ち着きな〜」

「やだ! やだーーーっ!!」



 声が大きくなっていく。ちょっとまずいな、注目され始めた。

 まあいいわ。早々にリュックの中身全部ぶちまけて退散するか。

 動く穂積の隙をついてリュックの奥に手を突っ込んだところで、腕をガシッと掴まれた。見上げると、



「なにしてるのカナ?」



 最悪……。

 にっこり笑った野中先輩がいた。

 野中先輩は微笑んでいるけれど冷たい目で、あたしたちを一瞥した。



「じゃれて遊んでただけですよ」

「せせ、先輩こそ! 1年のフロアでなにしてるんですかー?」



 先輩はあたしの腕から手を離すと、片手で穂積を胸元に引き寄せた。



「あのさぁ。こいつは俺のおもちゃなの。誰の許可取ってこいつで遊んでんの?」



 ……は?



「ちょwww やばい漫画広告で見たやつwwwww」



 ポカポカとアンジュを叩きながら、小声ではしゃぐもなかがうるさい。

 やめろウチら全員、睨まれてるから!



「誰がおもちゃじゃボケ!」

「ぶっ!?」



 つかなんであいつ、助けてくれてる先輩のあごにパンチ入れてんの……。



「んでどうなん、キュンとした? それは照れ隠しってことでいい?」



 ニコニコしながら、野中先輩が穂積の頬を指先でなぞる。



「〜〜〜〜!!! セクハラっ、離れろバカッ!! キュンと心臓は縮こまったよね、サムくてっ!!」



 穂積が何発かパンチを繰り出し、最後にうわ蹴った……え、野中先輩になにしてくれてんの!?

 呆然とするあたしたちをよそに、先輩は慣れた様子で少し後退りしてキメポーズを取る。



「んじゃさ、『俺とずっと一緒にいろ。お前に拒否権はねえからな』」

「うっっっっわさぶいぼ!! 見て! これ、たかおみのせい!! それ、イケメンしか言っちゃダメなセリフ!!」


「「いや充分イケメンだからっ!!!」」



 ついに、アンジュともなかがツッコんでしまう。



「えっ、俺のせいなの? 俺のせいで音和のカラダに反応が? ウフフフフ♡」

「え、きっしょ……」


「「うん、それは気持ち悪い」」



 ついに、場がコミカルに変わってしまった。


 野中先輩、このままあたしたちのこと冗談で終わらせて解放してくれるつもりなんだろうか。

 どういう意図でこんなことしてんのか、全く読めない。



「でさー、ちょっとそっちに落ちてるの、拾って?」



 先輩があたしの足元に散らばるノートを指差した。

 仕方なくしゃがんでノートを拾い、差し出す。



「……はい」

「おう、ここに入れて」



 穂積をくるりと回してリュックを向けられた。入れるところまでさせられて、屈辱だった。



「あーあ、下にも落ちてんのかよ」



 っ! 1階のも拾わせるつもり?

 手すりから下を見て嫌そうにしている穂積の横顔を、あたしは黙って睨みつける。



「しかたねーな、手伝ってやるよ。『お前で遊んでいいのは俺だけ』、だしな」

「見事にお腹の底から嫌悪感しか感情湧いてこなくて逆にすごいな」

「照れんな? んじゃ、そっちのぶん拾ってくれてサンキュウ♡」



 先輩の手が伸びて、もなかの頭をぽんぽんと叩く。



「つか俺も用事があって忙しいんだけど! なんでお前のノート拾うことになってんだよ」

「『お前に拒否権はねーから』」

「あっはあ、なるほど。キュンとしねえな、ミスったー」



 階段をおりて行く二人の背中を見送って、やっと力が抜けた。



「もなか!! 野中先輩にぽんぽんされてたー!」

「どうしよ、いい匂いする気がする〜♡」



 アンジュともなかがはしゃぎ出したけど、あたしは全然それに乗れない。

 これ、完全に野中先輩に悪い意味で目をつけられたよね。超恥かいたし、最悪……っ!

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