2017年 冬④


┛┛┛




 小鳥遊くんの家は学区も同じ。だから一度家に帰ることにした。自分の部屋に荷物を置いてクローゼットを開ける。



「……」



 普段遊びに出ないから、可愛い服なんて一着も持ってない。

 仕方なくいつものようにグレーのパーカとデニムをはいて、オレンジのダウンを羽織った。玄関の全身鏡を見ると、冴えない眼鏡のガリ勉が立っていた。

 なんだか急に足が重い……。



「! 別に後輩の男子の家に行くだけだし。普段着でいいんだってばっ」



 声に出して自分を奮い立たせ、思いがしぼまないうちに走って家を出た。




 小鳥遊くんの家(表札でわかった)になんとか着いて、呼び鈴を押した。

 もう帰ってるかな。お家の人が出たらどうしよう。



「はい!」

「あの、部田とりたです……」

「凛々姉! ちょっと待って!」



 良かった、小鳥遊くんだ。

 バタバタと階段を下りてくる音のあと、ドアが勢いよく開いてあたしたちは向かい合った。



「わー、良かった! ありがとうね、凛々姉!」



 うわ、テンション高っ。小鳥遊くん、学校とは雰囲気が違うんだけど。男の子って、よくわからないわ。



「別に、あたしも暇だったから」

「でね、ウチ最近カフェ始めたんだ! 隣から入って来てよ!」



 そういえば小鳥遊くんち、おしゃれなカフェ始めたってうちの親も言ってたかも。

 カフェでお話しするのかな?

 あたしは隣のカントリー調の建物に移動し、ドキドキしながら白い木の扉を押し開いた。



「いらっしゃいませー」

「凛々姉こっちー!」



 さっそく店員の格好をしたおばさんと、普段着のトレーナーに着替えた小鳥遊くんが迎えてくれる。

 店内にはあたしのほかに、若い観光客のカップルや高校生のお姉さんたちがスイーツを食べていた。



「こ、こんにちは」



 こんな大人っぽいところで話すの? 学校のこと? 勉強の話とかすればいいの?


 テンパっていると、女同士で来ていたお姉さんたちが、あたしの方を見てくすりと笑った気がした。

 あのお姉さんたち、おしゃれできれい。それにくらべて……。



「父さん母さん見て、この人が凛々姉だよ! めちゃくちゃ強くてカッコいいんだ!!」



 ……は?



「おーどれどれ? こんにちは、知実の父です」

「うん、小学校のときによく遊んでもらってたんだけどさ、手づかみでカミキリムシからカバキコマチグモまで触れるんだぜ!」



 待って、クモはさすがに持ったことない! 盛らないでよ!?



「でさー、6年のときに小学校シメていて、5年の男子みんなが恐れおののいてた!」



 頭の中に蘇る、小学生時代の情景。

 勉強はそんなにしなくてもついていけたから、運動系にステータス全振りしていたら、めちゃくちゃ周りの人が貧弱に感じてたころの話……。



「ずっと会いたかったんだー。今日もひとりで池の前に座って修行してたんだよ! あんな寒いところ俺は1分もいられないぜー!」

「知……」

「え、なに!? 母さん?」



 ぷるぷる震えるあたしの様子から察知しておばさんが小鳥遊くんを咎めるけど。

 ごめんなさい、ちょっと限界です。



「……さっきからチュンチュンチュンチュン、よくさえずるわね……」

「えっ」

「なんでわざわざお家に伺って、初対面の方に、暴力女みたいな紹介されなきゃならないの……」



 小鳥遊くんの顔がサーっと青ざめるが、知ったこっちゃない。



「おじさん、おばさん、ごめんなさい。ちょおーっと、外でお話ししてきます」

「いえいえ、知が悪いのよ。どうぞ煮るなり焼くなり」

「え! え!?」

「ご理解ありがとうございます。お借りします!」



 小鳥遊くんの腕を引っ張り、外に連れ出した。

 数秒後の、「ぎゃーーーー!!!」という叫び声は、店内にまで聞こえていたという。

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