7/19(日) 葛西詩織⑬

 そしたら待てよ。じゃあ野中は? あの感動再会編は? え。あれなんだったの?

 でもたしかに、かけっこして遊んだとかいう記憶は……普通の小学生なら、ほぼ全員に当てはまるよな……。

 よいしょと立ち上がると、自然と手が離れた。



「母がひどいことを言いましたよね。私がトモくん……を嫌いだって。ごめんなさい」

「いや? 全然そんな記憶ないんだよな」

「え?」

「えっと。俺、数日ここに来られなかったことがあったんだよ。最後に来たのは音和を連れて来たときで、そのときにはもう家はがらんとしてたから。おばさんにも会ってないし」

「そうなんですか?」

「うん、おばさんが先輩を諦めさせるように、嘘をついたんじゃないかな」



 先輩は目を閉じて大きく息をはいた。



「よかった。本当によかったです!」



 涙を浮かべて喜んでる。他人の傷まで心配してくれるなんて、本当にいい子だな。



「くしゅんっ」

「そろそろ戻ろうか」



 さっきまで熱が出ていたんだ。病み上がりの子をいつまでも野ざらしにしておくのはよくない。



「そうですねっ」



 ご機嫌だなあ。と、俺は先を歩く。

 テラスの階段を一段降りたところで急に目の前が暗くなった。



「うわっ!?」



 目隠しっ!? しかも階段でっ! 心臓止まるかと思った!



「……だ、だーれだ?」



 ……もう。なんでそんな可愛い悪ふざけをするんだろうこの人は。

 小さな吐息が背中から聞こえる。目の前は暗いけど、背中からじんわりと伝わってくる体温で、おぶさるように先輩がくっついているのを想像するには充分だった。



「……葛西先輩」

「惜しい、です」

「ええっ?」



 違うの!? 声裏返っちゃったよ、恥ずかしいな!



「え、えっと?」

「ヒントは……し、がつきます」



 ……そっか。もう必要ないもんな。



「詩織……」

「……うん」



 正解しても手は避けられなくて、代わりに後頭部にも心地よい重みを感じた。

 そして耳元でささやくように。



「私も、トモくんって呼んでも、いいですか?」

「っ!? …………はいっ」



 勇気を出して過去を手放し、未来を掴んだ彼女の手は、小さいながらも、頼もしかった。これからは自分の足で経験を積んで、自分の道を手繰り寄せるんだ。

 もう、彼女は立ち止まらない。

 だからせめて、俺に言わせてくれないかな。



 ありがとう。バイバイ、カタちゃん。

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