7/13(月) 日野 苺①


「あのう、せっかくなんですけど……あたしはダメだと思います」



 虎蛇に戻り、さっそく合宿場の検索をしようかというところで、急に不参加表明をしたのはいちごだった。



「どうして日野。なにか不都合が?」



 寝耳に水とばかりに一度俺を睨みつけてから、凛々姉が聞いた。



「家の都合で家を空けることができないんです。あと、夏休みはバイトもあるし。ごめんなさい!」



 頭を深々と下げるいちごを見て野中は大きなため息をつき、机に突っ伏した。



「えー! ちょっと、なんとかならないの!?」



 七瀬が俺に突っかかる。



「バイトはいちごとウチの親のやりとりだから……」



 交渉はできるけど、今、俺が決められることじゃない。



「七瀬ちゃんありがとう。でも、そもそも合宿のお金とかもどうかな? あはは……」



 部室の浮かれた空気は、乾いた笑い声で一気に鎮静化した。



「なあ、人んちじゃダメなの? たとえば詩織の家とか」



 そんな空気を壊したのは野中。



「え、え、え」



 突然の馴れ馴れしい態度に、葛西先輩はビックリして口ごもっている(俺だって名前を呼ばせてもらえないのに!)。



「別に海なら誰んちでも遠くないし、誰かの家とかで宿泊費を抑えていいんじゃない? なあ、なっちゃん」

「まー確かに。でもなんで葛西先輩?」

「だっていちばん家が広そうだし」



 そこかよ。



「……あっ」



 思い出したように、先輩が顔を上げた。



「実は別宅が海の近くにあるんです。そこが使えるか聞いてみましょうか」

「「別宅!?」」



 みんなその言葉に食いつき前のめりになる。



「いえ、そんないいものじゃないんですけど……」

「でもいいの? それご迷惑にならない?」



 おお。凛々姉が気をつかってる。



「おそらく大丈夫です。家は使っていないと朽ちてしまいますし。ただ一応、確認してみますね」



 葛西先輩がにっこりと返す。凛々姉もほっとした様子で椅子の背に寄りかかった。



「んじゃそーゆうことで」



 野中もどっかりと椅子に腰掛けてウインクしてきた。こやつ……俺に色目を使ってどうする気だ。



「場所は誰かんちってことで、なっちゃんは日野のことなんとかしてくれ」

「お」

「全員行けないとダメなんだろ?」

「うん」



 暗い顔をしている日野。仕事の責任感と葛藤しているのだろうか。



「よし分かった、まかせろ!」



 でも、せっかくだし、どうにか一緒に行きたい。俺からも両親に……頼んでみるか。



………………


…………


……



 帰りは校門の下でそれぞれ分かれた。

 野中は電車。七瀬はバイク。俺といちご、音和は商店街。凛々姉は商店街の裏手側。そして葛西先輩はみんなが帰るのを待って、近くに隠れて待機しているロールスロイスに乗るのだろう。


 歩き始める。まだ帰宅が早いんじゃないかと錯覚するくらい、日は高い。



「知ちゃん知ちゃんあのねー」



 音和が腕にしがみついてしきりに話しかけてくる。返事をしながら、そういえば、音和が合宿のことどう思っているのか聞いてなかったことを思い出した。



「音和は合宿でなにしたい?」

「ん? 知ちゃんと遊ぶ!」

「それは普段と変わらんが」

「じゃあ一緒に寝るっ。お布団の隣はあたしだよね?」

「!?」



 上目づかいで強く腕を揺さぶってくる。



「ちょちょちょっと待て。部屋は別だからな、男女別!」



 明らかに不満そうな顔をしているけど……。こ、これは譲らんぞ。妙齢の男女なんですからね!



「な、いちご!」



 音和に会話をふる流れでごく自然~にいちごの名を呼ぶ。ビクッと小さな肩が揺れる。しまった、ごく不自然だったか!



「まあ、なんとかするから」

「あの、あたし、本当に……」



 遠慮がちに、そして困ったように俺の表情を伺う。そんな彼女の不安をとりのぞくために、俺は強気でいないと。



「みんなで行こう。ほかの奴らも宿泊施設なんとかしてくれてるから。大丈夫だから。な!」



 ぱんぱんと大げさに肩を叩く。



「う、うん……」



 それでもいちごは、その後も笑顔を見せなかった。

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