6/7(日) 芦屋七瀬④

 担任が用意してくれたタクシーで病院に駆けつけた。すぐ七瀬は俺の手を引っ張って走り、病棟のエレベーターに乗り込んだ。

 俺は待ち合いで待っているつもりだったけど、仕方ない。手を離されない限り、どこにでもついていこうと腹をくくった。

 でもまさか病室の中まで連れて来られるとは思わなかったわけだが。


 急変とあって、親戚一同、呼ばれたのだろう。見知らぬ大人が数人、じいさんの周りを囲んでいた。


「おじいちゃん、おじいちゃーーん!!」


 俺の手を握ったまま、七瀬は機械をつけて眠っているじいさんの胸に顔をうずめて泣き出した。

 立っている俺は余計に目立ち、親戚の方々の視線を独り占めしてしまうはめに。

 ああ、視線痛いッス、チクチクするッス。


 ふとベッド脇の機械が起動していることに気づいた。じいちゃんの顔にもまだ酸素マスクが付いている。


「ななちゃん。実はおじいちゃん、1回心臓が止まったんだけど、それがまた動き出したの」


 近くで女の人が涙を浮かべながらそう静かに語りかけた。七瀬の顔がぱっと上がる。


「……でも、やっぱりもう回復は難しいかもって」


 そのかすれた声はやけに病室に響いた。「そうなんだ」とつぶやいて、七瀬はじいちゃんの顔を見つめた。


「……あたしね、ずっと、おじいちゃんの最後の化石探してたの。でもごめんね、崖が崩れてきて採掘場が埋まって。まだ見つけられてないの」


 じいさんに語りかける七瀬に、そばに立っていた大学生くらいの男が声をあげた。


「冗談はよせ、こんなときに!」


 七瀬の肩がぴくりと震える。


「今は封鎖されているあんな危険な場所で、素人の女が発掘できるわけがない。発掘はじいさんの誇りなんだ。それを軽々しい嘘で汚すんじゃない!!」


 こいつ一体何者だ。すげー突っかかってくるじゃん。


「ほ、本当だよ! 本当に探してた!」


 男に向かって叫んでから、七瀬はじいさんの身体を揺らした。


「おじいちゃん、あたし頑張ったんだよ。手の皮も剥がれてボロボロだよ。ほら、おじいちゃんに紹介した友だちのなっちゃんも手伝ってくれて! でも……それでも……時間がかかるよぉ。おじいちゃん危篤になるのもうちょっと待ってよぉ!!」

「まだ言うのか! やめろ俺が許さんぞ!!」


 いちゃもんをつけてきた男は、その言葉に決定的に苛立った様子で、七瀬の肩につかみかかろうとした。


「さわるな」


 それを俺が許すわけないんだけど。

 男は俺をぎろりと睨む。


「誰だよオメー」

「なっちゃんです」


 こんなヤツに真面目に答えてやる必要はない。


「ふざけてんのかこら」

「それはこっちのセリフだ。女ができるわけないって文句ばっかり言って、じゃああんたは何したって言うんだよ」

「俺は大学で、じいさんの跡を継ぐために勉強しているんだが」


 勝ち誇った顔でそう言う男を睨みつける。


「七瀬はここに通って、じいさんの話を聞いて、いちばんじいさんが喜ぶだろうということを見つけて行動したんだ。バカで突飛もないやつだけど、少なくともこいつはじいさんのためになにかしようと、男でも気が滅入るような作業を実行した。口だけのあんたとは違うんだよ!!」

「なんだと。俺は再来年から採掘場を引き継ごうと思っていたんだよ! つうか、関係ないヤツは黙ってろ!」


 関係ないヤツ、で片付けられたことにかちんときた。つかみかかるタイミングを計っていると、


「おじいちゃん!?」


 七瀬が声をあげた。


「お父さん!」

「おじいちゃん!」


 親族たちも口々に呼びかけ、じいさんの顔をのぞきこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る