5/18(月) 虎蛇会③

 俺たちの城は7帖ほど。部屋には長机を2つ並べている。

 その上座の、ホワイトボードを背にしたお誕生日席が会長の席だ。

 俺も会長にならって適当に席につく。当たり前のように隣に音和も座った。


「とりあえず会議をはじめる。みんな朝からご苦労さま。5月だけど、そろそろ虎蛇会も準備をはじめようと思っている」


 全員が着席したのを見届けて、会長は話しはじめた。


「あのさ会長」


 すっと俺は手を挙げる。


「ずっと聞きたかったんだけど、なんでここは“トラヘビ”って物騒な名前なんだい」


 “虎蛇会”という恐ろしい名前の集団だが、その中身はただの文化祭実行委員会。文化祭をまとめるために有志が集まったものだ。


「愚問ね」


 会長の切れ長の瞳がカッと開かれる。


「いい? “文化祭実行委員会”なんてうたっているから、生ぬるい輩が入会してくるの。それってすなわち、あたしの鉄拳の落ち損じゃない?」


 じゃない?と言われましても……。

 しかもそのご様子じゃあ、すでに大盤振る舞いされたんでしょうね……。


「だからあたしの独自判断で虎蛇会としたの。怖い? ええ、怖くて結構! 全員あたしにおののきひれ伏すがいいわ!! あーっはっはっは!!!!!!」

「ちょーー! それ完全にどこぞのDQN思考だよ!!」


 思わず水上げされたばかりのマグロように机の上に上半身をすべり込ませて、会長の高笑いをツッコむ。


「てな感じでー。最初はケッコー有志もいたんだけど、会長が辞めさせちゃって。なっちゃんたちはそのあとに入ってきたんだよー」


 と言うと七瀬は窓際の学校机から飛び降りて、長机にセットしているパイプイスへと移動した。

 あ、ちなみに俺の苗字が小鳥遊たかなしだから、同級生からは「たかなっちゃん」→「なっちゃん」と呼ばれるようになったのな。


 七瀬も大量辞めさせ事件があった有志初期メンバーだったが、コイツだけなぜか残っていた。


「七瀬はニブそうだもんな」

「は、失礼ぶっこくなや」


 前のめりになって、人の頭をぺしぺしとたたいてくる。


 七瀬はあんまり他人に興味がなさそうな印象だ。自分がやりたいことだけをやる、人の目を気にしない。それが功を奏して残ったって感じだよな。虎蛇会にいたい理由は全然わからんが。

 んで俺の隣で青ざめてブルブル震えている音和はというと、5月のはじめに俺と一緒に入会したばかりの新参者だった。


 そうしてとりあえず在籍しているのがこの4人という、超貧弱な、文化祭実行委員もとい虎蛇会の……ってあれ。4人だっけ?


「ということで我らが虎蛇会の目下の目標は、書記調達よ」

「それ! ねえ宮下くんは?」


 そう、たしか前回の会合までは2年生の男がいたはず。メガネで青白くて、写真部の……。


「辞めたー。つかカイチョーがボコボコにして辞めさせてたんだけどウケるよね!」


 七瀬は手を叩いて笑うがウケねーよ!? なんで!? あの人どしたの!!?

 当の会長はというと、そっぽを向いて口を尖らせた。


「アイツ……あたしのスカートの中を盗撮しようとしたから、振り向きざまに安全ピンで手をめった刺しにしてやった」


 いやいやいや! 安全ピンがもはや全く安全じゃねーーーーー!!!!!! 安全を考えて作った安ピン農家のみなさまに謝!!!っ!!!て!!!!

 ……と、もちろん口に出せないので、音和と一緒に青くなって震えていた。

 宮下くん、どうしたんだ。なぜそんな自殺行為を……。


「はいはーい!」


 急にひらめいたように七瀬が手を挙げた。


「カイチョー! 書記、ほづみんは? 役職ないじゃん」

「ああ……。でも1年だから、ねえ」


 困惑しつつ会長が答える。

 別に1年が役職を持ってもおかしくはないけど、俺も同意。きっと考えていることは同じ。自分からなにもしない音和には、責任がともなう仕事は無理だと判断したんだろう。


 文化祭は10月。まだ5カ月はある。

 一応、まわりのヤツらにも声をかけてみるかな。



「しし、しちゅれいしますっっっ!!」


 そんな陰気臭い空気の部屋のドアが急に開いたかと思うと、間の抜けた声が響いた。

 一斉に入り口に注目すると、開いたドアの前に、見たことのない制服で、やっぱり見たことのない女の子が立っていた。


「あっ!! ええええ????」


 耳の付け根まで真っ赤になり、目をまん丸に見開きながら、女の子は室内をきょろきょろと見渡す。


「ししし、しょくいんしつは……?」


 サッと4人で隣の部屋を指さす。

 女の子はドア上のプレートを確かめて絶叫した。


「たいたいたいへんっ、申し訳ありませんでしたああああ!!」


 言い切って、腰を直角まで折って頭を下げた。

 その勢いに圧倒されて固まっていると、「では!」と頭を上げ、慌ただしくドアを閉めて行った。

 再び静寂が虎蛇を包み、そして時は動き出す——。


「……へやちがい??」


 ゆっくりと音和が首をかしげる。


「……つか、あの人ガッコも間違えてない? 制服ウチじゃないしー」


 肘をつきながら気だるげに七瀬が言う。


「……書記、ああいうの以外で見つけて」


 会長が眉間を揉みながらつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る