ヴァルプルギスの夜に逢おう
かがみ透
ヴァルプルギスの夜に逢おう
プロローグ
プロローグ
その夜。
重苦しく湿った空気がよどみ、
森の周りは霞がかり、森を抜けた岩山の先には、白いレンガと青い尖った屋根で出来たロゼシュタイン城があった。
窓からはあたたかな光と楽しそうな話し声がもれる。
美しく長いウェーブのプラチナブロンドの、朗らかに笑う整った横顔を、岩の間からのぞく黄色い瞳が、憎々しげに歪んだ。
「
顔の片側が白髪の混じったごわごわの髪で隠れている娘が、
月明かりの下で見る我が子の顔と手は、石のような黒点の混じる灰色の
ヴァーテリンデの魔女の呪いが、自分と娘に降りかかった。
追放された魔女は、
「お前も私も、なぜこのような目に
イボのある
「呪いは解けない! 絶対に! もう私もお前もずっとこの醜い姿のまま。なのに、あの姫は美しく、可愛らしく、何も案ずることなく呑気に歌い、踊って暮らしている!」
「明日、隣国の王子と婚約するとかなんとか聞いたよ」
しゃがれた声で娘が言った。
なぜにこうも自分達の人生と違いすぎるのだろう。
その数時間後、紅い月が沈みかかった頃だった。
けたたましい叫び声に、姫は目覚めた。
尋常ではない城の様子に、青ざめる。
「いったい、どうしたの?」
「姫様! お逃げください! 早く!」
切迫した表情でそう告げた途端、侍女は床に倒れ込んだ。
叫ぶ間もなかった。
「プラチナブロンドの姫、お前がイルゼか?」
侍女の背後から現れたのは、手足が豹の、上半身が男の
豹の腕を組むと、大柄な男よりもさらに高い位置にある赤く燃える瞳で、姫を見下ろした。
「……何をしたのです、……わ、私の城に……」
「我が名はハウレス。悪いが、こういう契約なんでな」
悪魔はニヤリと歪んだ笑みを浮かべながら、窓の方を顎で指した。
窓から見える木には、燃えカスと思われる黒々としたものが二つ、枝に積み上げられていた。
「……えっ……!」
ボロ布に見えたそれらは、人間のような形をしている。
「契約後に、二人とも俺様の炎に魅せられたように飛び込んできたぜ。二人分の魂、確かに受け取った」
「なっ、なんのこと……!?」
「奴らの願いは、お前を……!」
黒く尖った爪を生やした手が伸びる。
「やっ、やめて! 来ないで……!」
悲鳴が止んだと同時に、悪魔の姿もそこから消えた。
怪我を負ったのは姫の侍女と門番の男たちだけだった。王と王妃、側近たちは無傷であった。
そして、三日後、悪魔に連れ去られた姫が城に戻ったが、長い輝くようなプラチナブロンドだった髪は、
姫の愛らしかった表情は一変し、感情を失くしたような、喜びも悲しみも何も感じられないように、人々には見えた。
隣国の王子との婚約は破断になり、姫は城から離れ、それ以来、その姿を見たものはいなかった。
***
「っていうお話があるんだって!」
「へー」
「もう!
「だって、ずっと行きたかったんだぜ、例え二週間だけの修行っていってもさ、学生の時からの憧れだったんだから。
なのに、よりによって猛獣が空港の滑走路に入ってきちゃって。最近、そこらへんに住み着いてるから駆除が終わるまで空港閉鎖とか。なんなんだよ、猛獣って、コワ!」
平々凡々といった男の店員は、ため息を
その隣から覗き込む、同じ年頃の女子店員が、少し
「いいじゃん、別にそのくらい。私は橘くんがいつも通りいてくれて嬉しいんだからね」
「え? 何か言った?」
「ああ、えっと、そうじゃなくて! 橘くんがいれば、私じゃ届かない高いところにしまった道具とか出し入れしてもらうのも助かるってこと!」
慌てて言い直した彼女は、手に持っていたスマートフォンで記事の続きに目を落とした。
「え、このお姫様、……魔女にされちゃったの?」
「魔女?」
気のない声で男子店員が反復する。
「醜い魔女の母親が悪魔に願ったのは、このお姫様を魔女にすることだったんだって」
「へー、……なんでだろ?」
「魔女になっても大した魔法は使えなかったみたいだし、魔女にしたら少しは醜くなるとでも思ったとか?」
言いながらクスッと女子店員は笑ったが、スクロールする指が止まる。
「でも、『夢の国』でもこんなプリンセスの話は聞かないし。グリム童話ではないって書いてあるわ。ドイツのどこかの地方に伝わる民話だって。だよねー、こんなオチもない救いのない話じゃね。せめて、このお姫様を助ける王子様か何かが登場しないと」
「ああ、そうだろうね。都合よく登場するイケメンで強い、性格もいい王子様が。それで、ちゅーとかしたら姫が元通りの人間に戻れて、二人は仲良く暮らしましたとさ、みたいな」
「やだ、ちゅーとか言っちゃって!」
キャッ! と声を立てて笑った女子店員に構わず、男子店員は店の壁にかけてある時計を見た。
「じゃ、店長、お疲れ様でした! 佐倉さんもお疲れ。お先にー!」
テーブルでパソコンに向かっている中年の男に呼びかけると、店員はさっさと上着を羽織った。
「ちょっと待ってよ! 何をそんなに急いでるのよ。あ! もしかしてデートとか!?」
「あはは! そんなんじゃないよ。最近出来た、ちょっと気になるお店があってさ」
「ええ、いいなぁ! じゃあ、私も一緒に行っていい?」
「いつも一人って予約入れてるから」
むっとする彼女を置いて、足早に店を出ていく。
橘
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