第四話 アルメザークの答え
「コンッ、コンッ。リュウ様、起床済みでしょうか」
翌朝、俺が身支度を済ませるとほぼ同時に昨日部屋へ案内してくれた守衛が俺のドアをノックする。
「ああ、今開ける」
俺は重厚な木の扉を開ける。
「リュウ様、アルメザーク公爵がお呼びです」
「わかった、今行く。少し待つように言っておいてくれ」
「あと、こちらを……。アルメザーク公爵殿からリュウ様へ直接渡すように、と」
俺は守衛から手渡された手紙らしき巻物を開く。
「そうか。感謝する」
巻物の内容を一読すると、俺は守衛に礼を言った。守衛に連れられ、アルメザーク公爵が待つ応接へ向かう。応接間には既にメルルとセーラが座っていた。
メルルは足をぶらつかせながら退屈そうにしているが、セーラは緊張で顔が硬っている。図太さは圧倒的にメルルが上のようだ。
「リュウよ、来たか。待ちわびておったぞ」
「ああ、待たせてすまない、アルメザーク公爵。まさかメルルがこれほど早く起きるとは思わなかったからな、ちょっとみくびっていた」
「わ、私だって起きる時は起きますよ!」
嘘つけ、いつも俺が起こさないとおきないくせに。どの口がいうのだか。
「そりゃメルルでも起きるじゃろう、わしの守衛の中でもとびきり強面のエルフを送ったのじゃからのう」
「……ギクッ!」
ほら、やはりな。
場所が変わったところでそんな簡単にメルルの睡眠パターンが変わるわけあるまい。目の下のクマを見たところ、セーラはどうやら寝付くのに相当苦労したようだが。
「では早速昨日の契約の話に移るとしようかのう」
「今日は妙に単刀直入だな、アルメザーク公爵」
「おや、おぬしはここで天気の話でもしたいタイプの人間じゃったか? いやー、本日も良い天気じゃのう、いい散歩日和じゃ」
アルメザークはわざとらしく、世間話を持ち掛ける。
「……いや、逆に早く本題に入ってくれると助かる。パレッタからここまで4日間かかるからな、鉱山と工場の管理者であるセーラ君をあまり長く不在にさせたくない」
「全く、おぬしは生粋の商人じゃのう。学者であったというのが信じられんぐらいじゃ。……まあよい」
アルメザークはにやけながら俺の顔を見つめる。
いくら図太いメルルでも、固唾を飲んで回答を待つ。
「……わしはこの契約書にサインしない」
「……え、え? 今なんて?」
メルルは聞いていられないのか、割り込んでくる。
「わしはお前の契約書にサインをしないと言ったのだ」
「な、なんでですか!?」
「落ち着け、メルル。まずは話を聞くのが先決だ」
「だ、だって……。リュウ様が自分の知識を犠牲にしてまでパレッタを守ろうとしているのに、それでもダメだなんて……」
メルルは心の奥底から湧き出てくる悔しさを堪えようと、歯を食いしばっていた。
アルメザークはメルルの顔を真剣に見つめながら、理由を語った。
「わしも元はパレッタの出身じゃ。パレッタを守りたいという気持ちに変わりはない。パレッタのエルフたちは全員わしの家族であり、良き友人じゃ。彼らに貢献できるのであれば、わしは全力を尽くしたい」
「だったら、なぜ!!」
「しかし、リュウの身元を保証すると話は別じゃ。わしはまだ出会ったばかりの行商人の身元を保証することができるほどお人好しではないのでのう」
「で、でもリュウ様は取引を持ちかけたはずです! リュウ様が持っている全ての知識をアルメザーク公爵に譲ると!!」
「……メルルよ、この取引はわしに不利な取引なのじゃよ」
「不利……?」
長年王家に仕えていただけある。
どうやらこの契約の本質を見抜いていたようだ。
「ああ、なぜならそこの異世界人はわしに品物の中身を見せずに買わせようとしているじゃからのう。全ての知識というのは都合が良さそうじゃが、何が入っているのかわからない。もしかしたらこやつはロクな知識などないのかもしれん」
「そ、そんなことありません。リュウ様の頭の良さは私が保証します!!」
「この異世界人がわしに持ちかけたのは、何が入っているかわからない商品の箱を高値で売ろうとしてることに他ならないのじゃ。じゃからわしはこの契約書にサインはしない。つまり、リュウの身元を保証することはできないということじゃ」
「そ、そんな……」
極めて合理的な判断だ。俺に反論の余地はない。
もう少しバカな相手であれば何とか押し通せたのかもしれないが、アルメザーク相手に無理やり契約を通すのは不可能だろう。
「……メルル、もう十分だ。ここは引き下がるのが最善だ」
売り手と買い手の情報の非対称性をここで突っ込まれてしまったら、アルメザークの決断が正しい。さすがに宝くじや福袋など、そもそもギャンブル性を買いたいという動機でない限り、商品の中が分からない以上手を出さないのが最善だ。
「で、でもリュウ様! ここで引き下がったら誰がパレッタを守るんですか!! アルメザーク公爵しかもう頼れる人がいないというのに!!」
メルルは引き下がるまいと俺に訴えかける。
アルメザークはメルルの訴えへ回答するかの如く続けた。
「メルル、そしてセーラよ。おぬしらがパレッタを全力で守りたいという気持ちはわかった。リュウの身元を保証することはできぬが、パレッタの治安維持のために近々わしの管轄下にある兵士を何人か派遣しよう。そうすればある程度王家も手出しできんはずじゃ」
「そ、それは誠ですか、アルメザーク公爵!!」
その言葉を聞いた途端、緊張の糸が解けたかのようにセーラの声が応接間に響き渡る。
「ああ。ここの兵士も丁度暇していたところじゃ。良い仕事になるじゃろう。わしもわしの身だけであれば一人で守れるからのう。安心するが良い。もし不安であれば、契約書も書いてやろう」
恐らく既に事前にこのような話になると準備していたのだろう。
メイドらしきエルフがさりげなく俺の前に契約書を置く。確かにアルメザーク管轄の兵士をパレッタに派遣し、町の治安維持と安全な商売の保証が記載されていた。
「そして、リュウよ、おぬしの頭の良さは認める。恐らくわしでさえ、おぬしの頭の回転には敵わん。わしはおぬしのことが嫌いではない。ましてやおぬしのような商人はわしの手元においておきたいぐらいじゃ」
「……だから、こんな記載があるのか」
俺は契約書の一つの文言を指差しながらアルメザークに問いかける。
メルルやセーラも契約書を食い入るように眺める。
「そうじゃ。わしはおぬしの身元保証はできん。じゃが、おぬしを雇うことはできる。おぬしにはわしの専属の商人になってもらう。それがパレッタの治安を守る条件じゃ」
アルメザークの魂胆は見えていた。
ここで雇用という主従関係を結んでおけば、必要に応じて俺が持っている知識に触れることができる。
「もちろん、商人なのだからずっとこの屋敷にいる必要はないぞ。おぬしがどこへ行ってもわしは咎めることはしない。パレッタで引き続き商売をしてもよいし、行商人らしく、旅をしてもよい。ただし、わしが要請すればいつでもここにくること。それが条件じゃ」
「……つまり、便利屋になれということか」
白紙雇用契約といったとこか。職務内容の定義はなく、やれと言われたことをとにかくやるという雇用体系だ。労働基準法なんてないこの国ならではの雇用体系である。
「まあ、平たく言えばそうじゃな」
「リュウ様、こんな取引受けるべきじゃありません! これこそ商品の内容が分からないものを売りつけているようなものじゃないですか!!」
「おや、メルル。おぬし、そんなこと言っていいのかのう。わしはリュウに取引を持ちかけているのじゃ。リュウがこれを引き受ければわしはすぐに兵士を派遣するし、引き受けなければこれまでの話はなかったことにしてもらう」
「……そんな、パレッタが大事とか言いつつ、リュウ様を生贄にするような取引……」
アルメザークはニヤリと俺の顔を見る。
「リュウよ、わしは間違ったことを言っているか?」
「……いや、正当な等価交換だ。あんたはそれを提案する権利がある」
「リュウ様まで……!!」
俺は胸ポケットからペンを取り出し、契約書にサインをした。
そして、後ろに立っていたメイドに契約書を手渡す。
「……商談成立だ」
「リュウ様……。どうして……」
「パレッタを保護し円滑な商売環境を守ることが、俺が一定時間束縛されるよりも有益だと考えた。それ以上でもそれ以下でもない」
「いつも、何でいつもリュウ様は他人のために自分を犠牲にするのですか……!!」
「……」
メルルは蜂にでも刺されたかの如く顔を赤く膨らませながら、俯いていた。セーラも突然の話の展開について行けていないのか、呆然としている。
「ふむふむ、おぬしのサイン、しかと確認した。これで正式におぬしはわしの専属商人じゃ。すぐに兵士を用意し、数日後にはここから出発させよう。二週間後には到着するはずじゃ」
「わかった。恩に着る」
「そうじゃ、この指輪も渡しておこうかのう。この指輪さえあれば、いつでもこの屋敷に移動することが可能になるというわし特製の魔道具じゃ。おぬしを呼ぶ時もこの指輪を通じて呼ばせてもらう。肌身離さず持っておくのじゃ」
アルメザークはエメラルドのように緑色に輝く宝石がはめ込まれた指輪を俺に渡す。俺は右手の中指にはめることにした。
「……わかった。必要に応じて呼んでくれ」
メルルとセーラは俺と目を合わせようとしなかった。
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