第14話 日課
――それから約一週間、地道な鍛錬の日々が続いた。
朝、ロルフはミリアに起こされ、腕立て伏せや腹筋、背筋、ランニングなどごく普通の筋肉トレーニングに付き合う。《強化》の基盤
ベース
となる肉体を鍛えるのは重要であり、痩せ細っているミリアには根本的な体力も足りていなかった。
「体を鍛えているんだから、たくさん食べて栄養を摂れ……ってまあ、言うまでもねえか」
「?」
超大食いのミリアを見て、ロルフが呆れたように肩をすくめる。
「まずは素振りだ。体幹を意識しつつ上段から振り下ろせ、ひたすらにだ」
「はい……!」
そして朝食後、ロルフは街の外に出て、ミリアに剣の素振りをさせた。
彼女に持たせているのはいわゆるショートソード。歩兵が使う一般的な剣で、戦場でも普段使いでも使われている。ロルフが持つバスタード・ソードよりもかなり刀身が短く、基本的には片手で使うことを想定されている。
だがミリアの体格を考えると、この剣を両手で扱うぐらいが丁度良かった。
十全に剣を振るうためには筋力が足りていないが、そこは《強化》の魔術で補う。
ただ素振りをするだけだが、簡単そうに見えて魔力の配分を少しでも失敗すると体勢を崩し、よろめいてしまう。素振りは剣の鍛錬にもなるし、《強化》の鍛錬にもなるのだ。
「かかってこい。殺す気でいい」
昼食を取り一時間ほどの休憩を挟んだ後、《強化》の実戦的な鍛錬を始める。
お互いに剣を取り、ミリアには実戦のつもりで戦わせる。ロルフから攻撃を仕掛けることは少ないが、たまに隙を突き、防御の鍛錬も同時に行う。
ミリアには基本的な剣術、体術はまったくできていないが、魔物を相手にする冒険者になるのであれば 正直なところ必要ない。
剣術や体術は基本的に、対人を想定したものであるからだ。
魔物は個体によって千差万別だ。ゆえに技術が体系化されない。
剣も個体によって、対人とはまったく異なるヒットアンドアウェイなどの戦術を取る必要があり、体術に至っては間接技などが意味をなさないのは火を見るよりも明らかだ。
剣など、基本的な上下左右の振り方さえ分かっていれば問題ない。むしろ、変に技術を身につけていない方が冒険者向きですらある。
――ゆえに、今ミリアが積むべきは単純に『戦い』というものの経験だ。
どれだけ泥臭く、無様で、みっともない戦いになっても、その経験だけで価値がある。
戦闘のコツを掴めば、《強化》の魔力配分も段々と判断できるようになってくる。
戦いに慣れてくれば経験に基づいた勘がはたらくようになり、《強化》の魔術に慣れてくれば、もっと戦闘そのものに意識を傾け、考えることができる。
結局のところ、強さというのは慣れだ。
慣れてくれば、戦闘中、それだけ相手の動きを想定して対策を練ることができる。
だからこそ戦闘に慣れてきた者は急激に成長する。
(……とはいえ目標が悪竜。つまりは魔物である以上、魔物との戦闘経験を積むのがベストなんだが)
今のミリアでは下位の魔物でも危うい。
魔物との実戦はもう少し成長させてからだろう。
下位の魔物とは言っても、それが魔物である時点で、常人の能力をはるかに上回る異形の怪物であることに変わりはないのだから。
幸い、ミリアの成長スピードは過去に類を見ないほどだ。
この分なら、すぐに下位の魔物ごときは楽に討伐できるようになる。
「次は《魔弾》だ。威力、射程、精度、軌道――それぞれ意識する点を変えて何度も繰り返せ。ある程度思い通りにできるようになったら、いくつかの要素を組み合わせるんだ」
そして《強化》の実戦的な鍛錬を一通り終わらせると、森の近くの木々を対象に《魔弾》の練習を始める。
魔術師の基礎の基礎である《強化》と《魔弾》。まずはこの二つをじっくり身に着けさせようと考えたのだ。
基礎と言われるだけはあり、実際この二つのどちらかが使えるだけで常人よりはるかに強くなる。基礎というものは大抵の場合、万能でもあるのだ。
「難しい……!」
ミリアは《魔弾》と比べて《強化》の習熟が明らかに速く、近接型に才能が偏っているようだが、遠隔型の才能も間違いなくある。近接型の才能がありすぎて相対的に低く見えるだけなのだ。
悪竜殺しを目指すなら、全距離に対応できる方が良いに決まっている。
そういうわけでロルフは暗くなるまで《魔弾》の訓練を続けさせていた。
「つ、疲れました……」
「……頑張ったな。今日はここまでだ」
「はい。ありがとうございました」
これが一日の訓練の時間割だった。
このような訓練の日々を、ミリアは七日間こなし続けた。
そして――夜が明けた。
◇
「……おはようございます、ご主人さま」
眠そうなミリアの声を受けて、ロルフも微睡みの中から起き上がる。
朝。気持ちの良い陽光が窓から差し込んでいた。
ロルフはあくびをしながら、立っているミリアの瞼が閉じかけていることに気づく。
やがて彼女はびくっと肩を揺らして目を開けると、どこかふらふらしつつテーブルの方へと歩き出す。ロルフはその様子を見て苦笑した。
ロルフは指導しているだけだが、ミリアは毎日みっちりと鍛錬をしているのだ。
当然、疲れも溜まっていることだろう。
「……そうだな」
この一週間で、ミリアはある程度の実力を身に着けた。
《魔弾》は威力がマシになってきた程度で、まだまだ射程も短く精度も甘いが、《強化》の方はもう無意識でも扱えるだろう。そのぐらい洗練されてきた。
実戦形式の訓練で剣の扱いも様になってきたし、この分なら問題ないだろう。
「ミリア、今日は鍛錬を休みにするぞ」
「え……それは、わたしに失望したということでしょうか?」
「違えよ。どうしてそうなる」
「でも、わたしは……もっと、もっともっと、強くならなければいけないのに……!」
「お前の焦りは分かる。だから、そのための手段の一つを用意する」
「……どういうことですか?」
きょとんとするミリアに、ロルフは外套を羽織りながら言った。
「――お前を冒険者として登録させるんだよ。俺の推薦でな」
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