第6話快進撃

《第二地獄モアブ》の怠惰《たいだのベルフェ》は厄介な相手だった。

 何故なら“一切の物理攻撃”が効かないのだ。


 そのため魔法での攻略を、今回は余儀なくされている。


「くっ⁉ だめだ、これも通じないのか⁉」


 今は百回目の挑戦中。

 最初の頃に比べて、ボクの魔法の攻撃力は格段に向上していた。


 だが《怠惰たいだのベルフェ》は魔界でも有数の、魔法の使い手。

 ボク程度の魔法攻撃には、全く反応してこない。

 余裕でずっと無言で、立っているのだ。


「ん? でも何で、無言であの【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】は発動できるんだ⁉」


 そのことに気が付く。

 ベルフェは魔法を詠唱している様子はない。


 だがボクが魔法や斬撃を繰り出すと、直後に凄まじい威力の【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】で反撃してくるのだ。


「【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】か……“怠惰”の黒炎の地獄……ん! もしかして⁉」


 ある仮説にたどり着く。

 攻撃を止めてあいえ無防備を装う。《怠惰たいだのベルフェ》の動きを観察する。


 シーーーン。


 ベルフェはピクリとも動かない。

 ボクが棒立ち状態なのに、向こうから攻撃をしかけてこないのだ。


 よく見るとベルフェは、動くことすらも面倒くさいそうに、立ち尽くしている。


「やっぱり。もしかして、【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】は反撃の技……カウンターの術式で、事前に展開されているのか⁉」


 その仮説にたどり着く。

 たぶん間違ってはいない。


 おそらくベルフェは究極の“怠惰な性格”なのであろう。

 だから防御や反撃すらも自動に行う、【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】のシステムを開発。

 常時、自分の周囲に展開しているのだ。


「なるほど。それなら攻略の糸口が見えてきたぞ。今回は、ただ力技で攻撃して、駄目なんだ。つまり相手ことをよく観察しながら考えて、色んな魔法を会得、試していけばいいのかもしれない!」


 作戦は決まった。

 有り難いことに、第二階層の端には書庫がある。

 魔法の専門書が多いので、おそらくベルフェの書庫なのだろう。


 そこでボクハ勉強して、新しい魔法を会得。

 ひたすら試していけばいいのだ。


「ん? おい、クソガキ。動かなくなったが、そろそろ諦める?」


「いえ、いきます! 大丈夫です!」


 ダンテさんの気づかいは、丁重に拒否。


壱剣ファースト・ソード”を魔法の杖代わりにして、違う魔法を発動。

 危険な《怠惰たいだのベルフェ》に、挑んでいくのであった。


 ◇


 ◇


 それからは、また地獄のような挑戦が続いていく。


怠惰たいだのベルフェ》に対して、ボクは何度も魔法で挑んでいく。

 相手の【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】は自動発動で、自動追尾で攻撃してくる。

 ボクは気が遠くなるほどの回数、黒炎によって焼殺されてしまう。


 でも諦めない。

 瞬殺されたら、前回の前回の反省をしながら、肉体の復活を待つ。


 その後は書庫に行って、新しい魔法の勉強。

 会得したら再度、《怠惰たいだのベルフェ》に挑戦していく。


 対して【怠惰黒炎地獄レイジ・ヘル・ファイアー】の攻撃が、段々と威力を増していく。

 こちらの攻撃に比例して、相手も攻撃力が増大していったのだ。


 黒炎による焼死は、本当に辛い。

 痛覚だけではなく、精神にもダメージを与えてきた。

 決して慣れることはなく、恐怖は段々と倍増していく。


 だが今回もボクは折れない。

 黒炎に対抗して、心の中に復讐の炎を燃やして対抗。

 何度も焼死しても、絶対に心に希望の火を絶やさずにいた。


 トライ&エラー&トライ。


 新しい魔法を会得して、挑戦。

 失敗して焼死。


 分析して、更に新しい魔法を調査。

 一度の死も無駄にすることなく、ひたすら試練に挑んでいった。


 ◇


 ――――そして“その時”がきた。


「《怠惰たいだのベルフェ》! この魔法だろ! キミがカウンター出来ない魔法はぁあ! いくぞ……【漆黒地槍ダーク・グングニール】!」


「くっ⁉ なんという、いう勤勉さ⁉ 怠惰を通り越した、不屈の挑戦さ! お見事でするぞぉおおお!」


 ブワーーーンン!


 ボクの放った攻撃魔法【漆黒地槍ダーク・グングニール】は、《怠惰たいだのベルフェ》の十二層の防御壁を貫通。


“魔神化”して巨大な猛牛に変身していた、ベルフェの魔核を貫く。

怠惰たいだベルフェ》を倒すことに、ようやく成功したのだ。


「ふう……ようやく成功か。結局、書庫の魔法は、全部、試しちゃったな……」


漆黒地槍ダーク・グングニール】は特殊な魔族魔法だった。

 書庫の全ての魔法を会得したら突然、魔導書が出現。


 つまり《怠惰たいだのベルフェ》の倒すためには、書庫の全ての魔法の会得が必須だったのだ。


 シュ…………


 巨大な猛牛の《怠惰たいだのベルフェ》が、ゆっくりと地面に消えていく。

 また、しばらく時間が経ったら、ここに復活するのだろう。


「ベルフェ、ありがとう。最高の魔法の修行になったよ」


 この一年間、一日も欠かさず、ベルフェと魔法戦を繰り広げてきた。

 まさに戦友であり、魔法の師匠的な存在。

 消えていくベルフェに向かって、小さく頭を下げる。


 ヒューーン!


 直後、ボクの右手に持つ壱剣ファースト・ソードが、青く発光する。

怠惰たいだベルフェ》からエネルギーを吸収していく。


 ――――シャウン!


 吸収の発光が消えて、また剣の形状が変化する。

 剣でありながら、魔法の杖のような形だ。


「それが《怠惰たいだのベルフェ》の力を吸収して進化した、第二形態……“弐剣セカンド・ソード”だ」


「“弐剣セカンド・ソード”……なるほどです」


 先ほどの以上の力を、剣から感じる。

 特に魔法に関して、自分の力が向上していた。

 ベルフェの魔導士としての力を吸収したのだろう。


「ん? 次は耳が……?」


 急に耳が痛み出した。

 周囲の音が、不思議が変化していく。

 まるで何かの楽器の演奏を、聞いているようだ。


「ほほう? 次は耳か。珍しいな。そいつは“魔聴まちょう”だな。クソガキには勿体ないな」


「“魔聴まちょう”ですか。なるほど。」


 今度もの分かりやすい。

 今回も “有能”な“魔聴まちょう”だといいな。


 ん?

 そういえダンテさんの言葉に、違和感があったぞ。

 ……『クソガキ』という部分が、少しだけ変な感じ、“疑惑”に聞こえていたのだ。


「あれ? もしかして、ダンテさん嘘がありました? ボクのことを『クソガキ』って呼ぶのは嘘ですか、もしかして?」


「はぁ? 何言ってやがる? はっ⁉ ま、まさか、そいつはSランクの《真偽魔聴》だったのか⁉ ちっ、厄介がモンを会得したな、クソガキが!」


 どうやらボクの入手したのは、Sランクの《真偽魔聴》らしい。

 おそらく相手の真偽の言葉が、分かるのだろう。

 集中して聞く必要があるから、使いいどころは難しい。


 けど今回もかなり有能な特殊能力だ。

『勇者に復讐するために、有能な特殊能力』になるだろう。


「さて、次に行きましょう、ダンテさん」


「はん! 言うようになったな、クソガキが! だが、こっから先は今までとは違うぞ! 主とは別に、地形を攻略していかないといけないからな!」


「なるほどです。ん? ダンテさんの声の真偽が、急に分からなくなりました?」


「はっはっは! 対抗の特殊能力を発動させたからな! 魔族公爵を舐めるんじゃねぇぞ、クソガキが! クソガキが!」


 なんかダンテさんの方が、子供っぽいような気がする。

 でもエスカレートしていくので、言わないでおこう。


「次は第三層か……ちなみに《七大地獄セブンス・ヘル》を全て攻略した、魔族の人はいるんですか?」


 気になっていたことを聞いてみる。

 何故ならダンテさんは『勇者を殺せる力を、会得できるかもしれない』と可能性しか提示していない。


 アイツ等には確実に復讐をしたいのだ。


「はっはっは! 相変わらずブレないな、クソガキのくせに。その点は安心しろ。《七大地獄セブンス・ヘル》を全てクリアしたら、間違いなくクソッたれ勇者たちを圧倒できる」


「おお、それは良かったです!」


「だが今まで第七層までクリアした奴は、ここ数千年間、誰一人としていない」


「えっ⁉ 一人もですか⁉」


「ああ、そうだ。最高で歴代の魔王の、第六階層クリアだ」


「えっ……それって、つまり……」


「ああ、事実上不可能ということだ! どうだ、絶望したか⁉」


 そうだったのか。

 今まで《七大地獄セブンス・ヘル》を完全クリアした魔族は、誰もいないのか。


 でも少しだけ納得がいった。

 家にあった本によると、今まで勇者は一度も、魔王には負けていない。


 つまり理由は簡単。

 歴代王は誰も、第七層をクリアできなかったからだ。


「つまり第七層まで完全クリアできたら、勇者を滅ぼせるんですね!」


「ん? ああ、そうだな。って、おい! お前、オレ様の話を聞いていなかったのか? 歴代の魔王でも、第六層クリアが精一杯だったんだぞ?」


「いえ、聞いていました! だからこそ希望が見えてきたんです! よし、ドンドン頑張っていきましょう!」


 ダンテさんの説明のお蔭で、一気に活路が見えてきた。

 今まで曖昧だった勇者に復讐するイメージが、明確に見えてきたのだ。


 よし、頑張ろう!

 復讐のために!


 ◇


 ◇


 そこからは更に長く、困難な挑戦が続いていく。

 今までの比較にはならない危険な魔人たちが、各階層で待ちかまえていたのだ。


 ボクの肉体は数千、数万回と消滅。

 魂も何度も消えかかった。


「よし! 第三階層クリアしたぞ!」


 だがボクは決して折れなかった。

 幾千、幾万回の死と苦痛を味わっても、一直線に進んでいったのだ。


「よし! これで第五階層もクリアだ!」


 何故なら自分の中の復讐のエネルギーは、消えることはなかったから。

 むしろ地獄の死を体験することで、更に自分の中のエネルギーが倍増していったのだ。


 ◇



 ――――そして“最後の時”が、ついにやってきた!


「いくぞ、《傲慢ごうまんのルシファ》! これで最後だぁああ! 【全能力解放リミッター・ブレイク】! 

第六剣シックス・ソード最終形態ファイナル・フォーム発動】!」


「ぉおおおおおお! この力は――――まさに魔王を超えた――――存在――――ぐはっ!」


 ズシャァアアアアアアアアア!


 今まで会得してきた、全ての力を一気に解放。

 魔族レベル9,999の《傲慢ごうまんのルシファ》魔核を貫く。


 ルシファの力も剣で吸収。

 新しい特殊能力も開眼に成功する。


「ふう……ようやく、完全クリアか。最後の方は、本当にギリギリだったな……」


 気が付くと最初の日から、七年の年月が経過していた。


 十四歳になっていたボクは、《七大地獄セブンス・ヘル》の全ての階層を、完全に踏破したのだった。

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