第39話 吸収の魔王
勇者山中に止めを刺す事が出来なかった魔王は、
後ろに思いっきり下がる。
俺様の乱入の仕方により、魔王は驚きを隠せないみたいだ。
それだけ勇者山中とのバトルに魔王が真剣になっていたという訳だろう。
魔王は2本の槍を構えて、こちらを凝視している。
「おめーさっきより強くなってるなぁ、こりゃー楽しみが増えたぜえええええええ」
魔王はまっすぐにこちらを見ていた。
次に勇者山中を見ていた。
俺様は【前世最強】【最強武芸】【肉体強化】を発動させたまま、目の前の魔王に向かって一歩ずつ突き進んだ【肉体強化】は残り10分程度しかない、出来ればこのスキルが発動している間に目の前の魔王を倒したいと思っている。
勇者山中も色々なスキルを発動させているようで、
うっすらと体を覆う透明でグレーなオーラが出現していた。
そして俺様も勇者も普通では考えられないスピードで、魔王に飛来した。
魔王はにやりとほくそ笑み、
2本の槍で同時に俺様と勇者の相手をしていたのだ。
神速の魔剣と竜魔人の剣が1本の槍に相手させられていて、一切魔王に近づく事すら出来ない、
それだけ魔王の槍のリーチがとても長いという事もあるだろう、
それを片手1本で操作しているのが驚くべき事だ。
一方で勇者の方も、見えない斬撃を何度も発動させている。
どういうスキルか分からないが、その斬撃は敵または周りに視認できないようになっているようで、本当に不思議な攻撃をするものだと思った。
勇者山中は引きこもりで、この国がおかしい事に気付いていた1人で、幼馴染の玲子を助ける為に作戦を練っていたら、そんな時俺様と出会う事となった。
全ては必然だっていう人もいるけど、
これは偶然が偶然に重なった。
不思議な話なのである。
勇者の見えない斬撃をアクロバティックに避け続けるのが魔王であった。
魔王の皮膚が少し斬撃で抉れたとしても、
まるで子供の様にきゃっきゃと言っている。
俺様の神速の魔剣と竜魔人の剣ですら攻撃が追い付かない、
まるで魔王そのものが成長して行っているようで、
「ひとーつ良い事を教えてあげよう」
「何を教えてくれるんだい?」
「この魔王が先程から強くなっていたのは何も出し惜しみをしている訳ではない、この魔王そのものが成長しているからだ。この魔王の真の名は【吸収の魔王】なり」
その時奴の瞳が真っ赤に染まった気がした。
魔王は後ろに逃げたではないか、
そこには沢山の魔物達がおり、
吸収の魔王は右手と左手をかざすと、
魔物とモンスター達を吸収し始める。
右手と左手に吸い込まれて行く魔族やらモンスター達はにこやかに吸収されて行く。
「吸収する条件はこの魔王に忠誠を誓っているか、という所だ。お前達から忠誠は貰えないだろうけどね」
「「たりめーだ」」
俺様と勇者山中はお互いを見定めて、
こくりと頷く、最前線で戦っている冥王と玄武と玲子さんと配下のモンスター達、
彼らが一騎当千並に動いてくれている現状のお陰で、俺様と勇者山中は戦い続ける事が出来る。
2人は走り出す。
魔王は目の前に矢の様に飛来すると、
それを勇者が盾を使ってガードしてくれる。
特別な盾みたいでそう簡単には壊れる事はなかった。
僕は勇者の背中を台座にして、思いっきりジャンプする。
神速の魔剣がまるで隕石の様に落下する。
それをぐるりと体をねじる事により魔王は避けて見せる。
俺様は着地した瞬間、竜魔人の剣で横を一閃、
魔王は剣の上に立ち、こちらをげらげらと笑い、
槍を一閃、
頬っぺたをかすり、血が噴出するも、
俺様は後ろに一度撤退し、
次に勇者が勇者の剣みたいな物で、前に突き出す。
魔王の右わき腹に突き刺さった剣は、そのまま通り過ぎて、
魔王に背中を向けた勇者の背中に槍が突き立つ。
勇者は口から吐血をこぼす、恐らく内臓にダメージを負ったのだろう。
俺様は右手でしっかりと握り締めている竜魔人の剣を真横に突き刺し、
それを避けた場所を神速の剣で両断、
先読みに成功して、魔王はバウンドする様に後ろに転がる。
そして俺様の左胸には穴が開いている。
早すぎて見れなかった。
勇者の心臓にも穴が開いている。
少しの時間、
2人には生きる許可を頂いた。
まるで神様に宣告されたかの様に、
ぜはーぜはーと息を吸い上げながら、
俺様と勇者は立ち上がり、
そこにぶっ倒れた。
その時、げらげらと笑う魔王の声を聞いていた気がする。
俺様達は負けたのだ。
だが気合で真正面を見ようとしたら、
俺様は僕になり、僕は俺様になり、
訳が分からない状態になってきている。そして俺様は隣の勇者を見ていた。
彼も悔しそうにこちらを見ている。
俺様と勇者の真上には1体の生死神のデスサイズがいた。
彼はこちらをずっと見ながら。
「贄を授けるなら、蘇らせてやろう」
それは神のお告げだった。
俺様はすがりたくなっていた。
「贄を払おう、こいつの分の贄も払ってやる」
「ぐ、やめろ、僕は僕で払う」
「俺様が払ってやるっつってんだ。お前はこの世界の希望の星なんだからよ」
「「「「承知した」」」」
死神が沢山の声を重ねながら、話出す姿はとても気持ちのいい物では無かった。
死神のフードが払われると、そこには俺様自身がいた。
俺様自身を見ていると、
贄はくっくと笑い、
俺様の右腕と左腕の魂をひっこ抜いた。
時差で右腕と左腕が蒸発する。
その激痛はありえないもので、
口の中に松明を突っ込まれるような感覚、
突っ込まれた事は無いのだが。
叫び声を上げるだけの体力もなく、
右手と左手に透明な物が出現する。
それは触手みたいな物で、
隣の勇者は傷が復元されて、立ち上がった。
贄を払った俺様は立ち上がる事でさえ大変で、
俺様は僕になって冷静に分析を始める。
両腕が無くなったくらいで戦いを、全てを諦めるつもりなど毛頭ない。
魔王はこちらを見て笑うのを辞めた。
勇者もこちらを見てごくりと生唾を飲み込む、
今の僕には両腕が無いから、
そう僕は両腕を失ったのだから。
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