第341話 【異次元の神災者】VS朱音 前座


「あのアイテムは確か毒耐性無効関係なく、使用者のHPゲージを一にして残す言わば特殊クエストなどで使われるアイテム……。それを口に……あっ」


 朱音が蓮見の狙いに気付く。


「ま、マズイ……こ、これは……」


 会場は大歓声を迎える。

 それだけではない。

 どちらかというとさっきまで静まり返っていた会場が一気に盛り上がり始めた光景に朱音の身体がビクッと震える。


「何度怒られても消えない炎を持つレッド、紅!」


 本体に続くように、二人の分身蓮見も。


「聖火を受け継ぎ、密かに聖火を支え密かに逃走するブルー、紅!」


「燃え盛る炎は何者にも捕まえる事は出来ないイエロー、紅!」


「「「三人合わせて紅レンジャー、ただいま参上!!!」」」


 第四回イベントで悲劇の前兆として恐れられた神災を扱う者達がここに集結。

 その事実に観客席だけでなく朱音の脳までが正しく理解する。


「「「「きたぁ!!! 神災戦隊------!!!」」」」


 ここから先は誰にも予測不可能だと。

 水色のオーラを纏い、後一撃でも受ければ死ぬ蓮見。

 だけど誰もが言葉を介さず察する。

 この男に一撃いれるのが死ぬ程大変であり、仮に入れても悪魔の如く耐えてくるのだと。


「行くぜ、スキル『水振の陣』『罰と救済』『虚像の発火』!」


 散開しながら弓を構え三方向からの攻撃を行う蓮見。

 頭でごちゃごちゃと考える事を止めた蓮見は不敵に微笑んでいる。


「スキル『導きの盾』!」


 薄い緑色の盾がちょうど三方向に展開され、蓮見の放った矢が衝突し水蒸気をまき散らす。導きの盾は役目を終えるとすぐに消え、同時に朱音が足を動かし本体の蓮見を狙い闘技場を駆ける。


「これくらいなら息を止め、必要最低限の呼吸で問題ない」


 息苦しい環境をものともしない朱音に蓮見は嬉しくて微笑んでしまう。


「いいねぇ、そうこなくちゃ」


 強い敵、未知の敵。

 だからこそ蓮見の中の闘争心に火がつく。

 それは蓮見の心の奥底にあるゲームを楽しむ心であり、神災の源でもある。


 蓮見は素材アイテムの一つを取り出して適当に放り投げる。

 それは金属製で武器等の加工に使われるなんの変哲もない塊。

 それ単体に効果はなく、意味もない。


 朱音の視線が一瞬金属の方に誘導される。

 だけどすぐに蓮見に視線を戻す。


「なるほど、狙いは本体の俺で間違いなさそうだな」


 視界不良にもかかわらず、僅かな気配と動く影だけで蓮見の場所を正確に把握している朱音に蓮見は思わず感心してしまう。

 これがプロのなのだと。


「「させねぇ、スキル『水振の陣』『虚像の発火』!」」


 本体のピンチを悟った分身蓮見がすぐに援護する。

 その間に自分は自分で【亡命の悪あがき】を使い延命に全てを賭ける。


「普通そうよね? 援護職のアドバンテージは遠距離攻撃。ならそのアドバンテージを潰そうとすれば必ず別の場所から援護がくると思っていた。そしてその時にはもう私のレイピアも届く範囲にいるということもね。相手の狙いにすぐに気付くか気付かないか、仮に気付いてもそれをどうやって対処するか、その判断と決断までの時間がアンタは遅いの。たったの十秒程度でここからの連撃が止まると思わない事ね」


 ――!?


「い、いつの間に」


 視界不良を利用していつの間にか武器を持ち直している朱音。

 確かに蓮見には赤と黄色の点で朱音の場所がわかるが、その詳細まではわからない。

 だって見えていないのだから。

 初めての変則二刀流を相手に蓮見の脳がこれはマズイと警報を鳴らす。

 今までの傾向から朱音は七瀬が使えるスキルは使えると考えられる。

 そうなると必然的に瑠香のスキルも使えても可笑しくはない。


 身体の回転だけで左右後方から飛んでくる二本の矢を躱す朱音。


「風を切る音さえ聞こえればただ飛んでくる矢なんて見なくても躱すのは簡単。さぁ、これで終わりよ。スキル『加速』『乱れ突き』!」


「間に合うか……スキル『大洪水』!」


 試合前にエリカのスキルを複製しておいた分身(ブルー)蓮見がスキルを使う。

 それによって分身蓮見を中心に水が出現し、ひざ下あたりまでの波を作りながら朱音に襲い掛かる。

 これは本来敵を足止めするスキルであるため、使い勝手がよい。

 またスキルを使ってもしばらく水はその場に残るため、相手の行動力を牽制する役割も持つ。ただし闘技場のような狭い空間や水の逃げ場がない場所限定と使いどころを選ぶ傾向があるスキル。


「せめてこっちに注意を……スキル『冷たい吹雪』!」


 同じく試合前にエリカのスキルを複製しておいた別の分身(イエロー)蓮見がスキルを使う。


 だけどそんなのはお構いなしと朱音の攻撃は止まらない。


 イエロー蓮見は本体の蓮見が放り投げた金属の塊を拾い空中へと投げる。


「「スキル『虚像の発火』!」」


 破壊不能アイテム――武器素材の塊にただひたすらMPゲージがなくなるまで連続で攻撃していくブルーとイエロー蓮見に会場の人間は言葉を失う。


「ついに頭が可笑しくなったか?」


「あれは攻撃しても破壊不能。それに本体がピンチ」


「普通に考えて的当てゲームをしても何の意外性の欠片もない。敢えて言うならただのバカだろ」


 ただしその表面は既に融解を始めていた。


 だけどそれらの声は正しかった。

 そうエリカ以外の誰一人蓮見の狙いに気付く事が出来なかったのだから。


 理系の大学。

 そこで物理学を中心に最近は化学や科学の分野においても勉強を始めた彼女ですら最初はこんな簡単に色々な事が起こせるとは思ってもいなかった。このゲームはやはり色々な要素で奥が深いと実感するほどに。おかげで人の手で色々な超現象を実現することが可能。ただしそれは現実に近くその条件が比較的に緩く設定されているゲーム内においてだが、ある男を使えばそれが可能だと思った。

 現にそれは正解だった。ただし、そんな事を普通狙って起こせば起こす前に戦場では瞬殺されてしまう。だからこそ、単身でそれを可能にする蓮見にちょっとばかり知識を与えてみたのだ。



 ではその内容を簡単に述べるとしよう。



 そもそも水蒸気爆発が大きく二種類に分類されているのをご存知だろうか。


 それは界面接触型(contact-surface steam explosivity)と全体反応型(bulk interaction steam explosivity)である。


 全体反応型とは前回蓮見が第四回イベントで行ったものである。

 わからない方は322話を見て頂ければと思う。

 

 話し戻して界面接触型とは、簡単に説明すると粗混合と呼ばれる薄膜が不安定化し、衝撃波とともに破壊されるわけだが、この破壊現象を界面接触型の水蒸気爆発と呼ぶ。水の中に高温物質が落下すると起こる可能性がある爆発の事である。ただし水は冷却水だったり、落下するものはかなりの高温であったりと色々と条件が必要となってくる。

 粗混合とは水の中に高温で熱い細粒物質が落ちると、その周囲に薄い水蒸気の膜が形成される状態のこと。


 さぁここまで話せばもう何がこの後起こるか想像がつくだろう。


「ふふっ、ハハッ」


 笑いを堪えきれないエリカ。


「急にどうしたんですか?」


「ん? ミズナのお母さんが自ら地雷を踏んだ。その事が可笑しくてね」


「どう言う意味よ?」


「まだわからないの里美。私が紅君を大好きになった理由?」


 その言葉に美紀達が小首を傾けて、少し考え始める。


「「「ま、まさか――!?」」」


 ようやくエリカの言いたい事を理解した三人が嫌な予感を胸に蓮見と朱音を凝視する。


「嘘でしょ……あのお母さん相手に何しようとしてるのよ……」


「いやいや、ちょっと待ってください、紅さん! お母さんの丸焼きなんて見たくないですから!」


 もうどっちの味方なのかわからなくなり始める姉妹――七瀬と瑠香。

 それもそうだろう。

 あの神災が自分達の目の前で母親相手に向けられたのだから。

 心配するな、と言う方が無理だろう。

 なぜなら彼は毎回その規模を――拡大している。

 通用するしない以前にアレは色々な意味で実の母親には向けて欲しくないのだ。


「ちょ、バカ!!! 紅止めなさい! あの人にそんな一発芸が通用するわけないじゃない!!!」


 それぞれの想いが交差する観客席を他所に蓮見は落下してくる超高温となった金属の塊を見てニヤリと微笑む。既に足元には冷却水となりえる水。空中には過熱により融解を始めた金属の塊。加工アイテムであるため、超高温状態では融解するその現象は普段エリカが見慣れた光景。その話しを聞いた蓮見は何度も失敗しながらも諦めなかった。ある事象を起こす事を――。


「再び俺に力を貸してくれ、新全力シリーズ超新星爆発ぅぅぅぅ!」


 ――正式名所、水蒸気爆発。


 これを前回とは違う方法で満面の笑みで起こした者は心の中で笑う。


 正に蓮見の奥の手の一つと呼べるそれは――。


 海底火山の噴火による水蒸気爆発を連想させるぐらいに凄い轟音を鳴らし、凄まじい衝撃波を生み出し四人のプレイヤーを吹き飛ばす。

 当然普段であれば安全が確保されている観客席にも轟音と衝撃波は襲い掛かり、ダメージを与えないだけで多くの者達に神災の恐怖を直に肌で感じてもらう結果となる。言い方を変えるなら身体が宙に凪ぎ飛ばされたと形容した方がいいのかもしれない。


 そして男は心の中で囁く。


 ――まだ今宵。

 この舞台においてはこれは前座でしかない。まだ倒れてくれるなよ? と。





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