第265話 手懐け失敗


 だけど、上空に七瀬の魔法が発動した。

 それに気付いた蓮見は不敵な笑みを浮かべた。


「今から俺の正真正銘の新時代が訪れることになるな……」


 小言を漏らし、足の裏を爆発させて近づく。

 弓をしまい、片手にはエリカから貰った聖水。

 そして全力で走っていく。


「バカ! そこはキリンの攻撃範囲よ!」


 美紀が叫ぶ。

 だが止まる事を知らない蓮見。


 どんどん加速し、とうとうキリンとの距離は三メートル程。


 それでも臆することなく突撃する蓮見。

 それに対してキリンは大きな雄たけびを上げ、角を光らせて放電。

 三百六十度円状に放たれた雷。

 バチバチと鈍く、人肉を一瞬でこんがり肉へと変えてしまう高電圧が蓮見を襲う。

 HPゲージが減少し、一割を切る。


「ウォォォォォォ!」


 …………。


 ……………………。


悪魔紅君の再来よ、三下!」


 攻撃を喰らう直前に【亡命の悪あがき】を使用した蓮見を見てエリカも走り始める。


「ちょ! エリカ!?」


 慌てて止めようよする美紀だが反応が間に合わない。


 そして駆けるエリカも【亡命の悪あがき】を使い悪魔の仲間入りをする。


「里美、こっち!」


「えっ……ミズ……」


「ルナも急いで!」


「わかった」


「いや……私戦う気満々なんだけど……」


「もう暴走状態に入り始めてる紅には近づくって事はオススメしない」


「でも……」


 どこか納得のいかない美紀。


 そんな美紀を見て七瀬が強行突破に出る。

 慌てて美紀の手首を掴み引き寄せては正面からの攻撃に備え導きの盾複製を始める七瀬。二重、三重、四重……、と急ぐ。


 その時、キリンが標的を変更する。


 ――!?


「エリ……」


「気にしないで! 見せてやりなさい、紅君! 私達をバカにしてチームの足手纏いと陰口を言う奴らに二度と舐めた口を開けないように粉塵を超えて爆ぜなさい!」


 自ら最前線に出て囮になるエリカ。

 キリンの鋭く綺麗な白い角が身体を貫き、一瞬でHPゲージを全損しにかかる。

 だが蓮見と同じく【亡命の悪あがき】を使ったエリカはHPゲージ一にして攻撃に耐える。


「わかりました!」


 それからもう一つ新しく聖水を取り出してはそのまま直撃させて距離を取るエリカ。

 本来であれば痛みでそんな余裕はないのだが、今回ばかりは違う。

 エリカは戦闘のお荷物だの、金儲けババアだの、ぼったくり屋だの、容姿がいいからって男をたぶらかせる痴女だの、最近エリカの評判を下げようと悪だくみしている奴らの度肝を抜いてやりたかった。そしてそれがアイテムを通してではあるが叶うと思うと全身からアドレナリンが溢れ出して止まらなくなり始めていた。


 すぐに【亡命の悪あがき】をもう一度使い、さらに聖水の入ったガラス瓶を適当にバラまいていく。

 今まで蓮見がしていた手榴弾のばら撒き対策で上空に飛ばされても今度は真価を発揮するようにと当初は開発されたが、それも【神眼の神災】と【金儲けババア】が合わされば一+一=十になっても可笑しくはない。

 だって二人共頭のネジが数本外れているからだ。それも理性の暴走を制御する大事なネジ……と言う事に今はしておこう。


「愛し愛され進化する災い。静かなる水面に広がる波紋。徐々に大きくなるは予期せぬ前兆に過ぎない。だとするなら全ての者に天罰を与えよ――」


 今まで誰も聞いたことがない詠唱を始めた蓮見。

 その傍らにそのまま全力で持っていたガラス瓶を上空へと投げた。


 その光景とその言葉に――。


「間に合うか……」


 慌てる七瀬。

 仲間の生死はキリンではなく、第三層のボスに敗れ挫折し、そこから仲間の力を借りて新しい力に目覚めた【神眼の神災】に委ねられる。

 そして直感で感じ取る。


「エリカさん……とんでもない事をしてくれたわね……」


 今さら気付いても遅い。


「原点回帰……大型ギルドへの宣戦布告と牽制……そして……【神眼の神災】をある意味トッププレイヤー扱い……それとあの悪い顔は私情で間違いない。だとすると頭の回転だけは異常に速いと認めるけど……イカレテル……【神眼の神災】をするのではなくさせるとか……」


 もう止まる事はない。


「スキル『竜巻』!」


 エリカが全力でキリンの注意を惹きつけるようにして走り回る。

 突進攻撃を何度受けても膝をついてはすぐにキリンを挑発して走り続ける。

 竜巻も今回の為だけに無理して一人で取りに行った。

 そうまでしてエリカがしたい事。

 それは一体――。


「――スキル『罰と救済』『爆焔:炎帝の業火』!」


 詠唱により威力が二倍になった『爆焔:炎帝の業火』。

 それは七瀬の魔法を模倣して作られた偽物。

 だが七瀬は知っている。


「あれは……『罪と救済』で当たれば強制テクニカルヒット……そしてそれが十倍の数になり威力倍増‥‥‥‥Killヒット時は問答無用で紅のスキル効果で絶対貫通……上空に舞うは十個のガラス瓶……」


 そう。

 蓮見の真骨頂。それが大火力かつ超広範囲かつ一時すればそれが旧式の必殺シリーズとなることを。

 故に――。


「ルナ! 里美! 伏せて!!!!」


 自分が作った障壁だけでは物足りないと悟った。

 あの日、自分が作った障壁が粉塵爆発を引き起こした。


 その嫌な記憶が走馬灯のようにいきなり脳裏を駆け巡り始める。


 今回は引き金に、なる、ならない、の話しじゃない。

 あの時と同じ笑みを零し始めた蓮見に対して身体が本能でそう感じてしまったのだ。

 しかも今回はエリカも同じ顔をしている。


「紅君! コレ! 急いで使って!」


 そう言ってエリカが蓮見に【亡命の悪あがき】を投げ渡す。


「はい!」


 返事をしてバタバタ動く蓮見。

 もう誰にも止められない。


 蓮見が放った燃え盛る炎を察知してキリンが「ウォォォォォォ!」と叫び白い電撃を飛ばすが『詠唱』と『罪と救済』の効果を受けた燃え盛る炎は止まらず、七瀬が作った悪魔のゲートへと呑まれていく。


 上空に出現した巨大な魔法陣を出口にしてその数を十倍にして放つ。


 それと同時に蓮見が全力で走り、エリカに向かって突進する。


「行きなさい! 紅君! これが最恐夫婦の力って周りに証明するのよ!」


 蓮見と美紀が最強夫婦なら蓮見とエリカは最恐夫婦。

 日本語とは難しい。

 なぜなら話し言葉と文字ではそれだけで得られる情報にそれぞれメリットとデメリットがあるのだから。


 そして遂に――。

 燃え盛る炎がガラス瓶に触れ、聖水へと引火する。



 ……。


 ……――!!!!!


「やべぇ……」


 ところで。

 こんなことを知っているだろうか。


 火薬類はそれ自体に酸化剤を含んでいるため,燃焼に際し外部からの酸素の供給を必要とせず,燃焼速度も大きい。特に一定の空間内で燃焼する際には薬面に沿っての炎の急速な伝搬によって点火が伝えられ,さらに燃焼速度が大きくなる。このような燃焼反応をという。


 ドガ―――――ン!!!!!!!


 過去最強パワーを持つ、一撃。

 そのあまりにも予想外の衝撃波に蓮見とエリカの身体がコロシアムの壁まで吹き飛ばされ【亡命の悪あがき】で減らないはずのHPゲージを容赦なく削ろうとする。それから一秒にも満たない時間で今度は炎の嵐が合流し一緒に襲い掛かる。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁ」」


 最早自分達の想像を超えた威力に戸惑い叫ぶ二人。


 キリンと美紀達の声は最早聞こえない。

 観客となった大型モニターでギルドにいる観客席にいた者達の目までを潰す眩しい光に蓮見は自分の事だけで手一杯。




 ――それもそのはず。




 予想を超えた一撃は【神眼の神災】の名を持ってしても手懐ける事がだったのだ。


 コロシアムの中が無風。

 これもまた災いとなった。


 身体に襲い掛かる衝撃波は痛いし、炎は熱いし、目は開けれない、息は息苦しいを超え出来ない、そんな状況に襲われているのだから。

 なにより【亡命の悪あがき】が邪魔して死ぬことが許されず生き地獄状態にまでなっている。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る