第36話 美紀の手料理


 すると声が聞こえてきた。

 それも窓を通して隣の家から。


「美紀~?」


 窓の外、そして自分の部屋に向かって叫ぶ美紀。

 何とも異様な光景に蓮見は冷たい視線を送らずにはいられなかった。そのまま美紀を見つめて黙って見守る事にする。

「はーい」


「今から蓮見君のお母さんとご飯食べてお話ししてくるから悪いけど自分で何か作って今日夜ご飯食べておいて頂戴」


「わかったー!」

 当たり前に返事をする美紀。


 蓮見はそんな事を母からは一切聞いていない。

 身の危険を察知し慌てて部屋を出て階段を降り、廊下を光の速さで駆け抜けリビングに行くと一歩遅かった。


『 蓮見へ


  美紀ちゃんのお母さんから今夜飲みに行こうと誘われたので行ってきます。

  ご飯は気が向いたら適当に冷蔵庫あさって食べていいよ!

  後カップ麵は台所の下の戸棚にあるわ。勿論ポットのお湯の準備もOK!

  母に抜け目はないわ。じゃーね。            母より    』


「抜け目しかねぇじゃねぇか!? カップ麺しか作れない事知ってるならお湯じゃなくて夜ご飯を作ってから行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 母からの置手紙を呼んだ蓮見がリビングで悔しそうに叫ぶ。

 そして蓮見の目から光が徐々に消えていく。


 蓮見は料理が出来ない。


 これは明日の朝。もしも母が酔いつぶれて返って来た場合はお昼過ぎまでご飯抜きだと思い落胆する。いざとなればカップ麺にお湯を入れて食べればいいのだが、母だけ美味しいご飯とお酒を飲みに行っていると思うと自分が母の手抜きを容認しているかのようで気が引けた。


「そんなに落ち込んでどうしたの?」


 美紀が蓮見の隣に来たのでリビングにある置手紙を指さす。

 そのまま美紀が読み始める。


 そして笑い始める美紀。

「あはははは」


「まぁまぁそんなに落ち込まないでよ。なら私が何か作ってあげるからさ」


 その言葉を聞いた瞬間、ようやく蓮見の目に光が入って来た。

 ご飯が食べられると思うと、とても嬉しい気持ちになった。


「まじか!?」


「うん」

 早速冷蔵庫の中身を確認する美紀。


 何度かウンウンと頷く。

「蓮見の家の冷蔵庫って材料沢山あるね。これなら大抵のものは作れそうだけど……何か食べたい物はある」


「うん。とりあえずご飯と呼べる物なら何でもいい。作ってもらう分際で贅沢を言うのは良くないからな」


 そのままリビングの椅子に座る蓮見。

「……あっ……うん。それはそうなんだけど……ごめんもう少し具体的にいい?」


「ならオムライスとサラダで」

「わかった。ならちょっとそこで待ってて」

「は~い」


 蓮見は料理が出来るまで大人しく待つことにする。

 その間、チラチラと美紀を見ていたが何とも手際がよく、料理慣れしていた。

 それはモテるわな~などと思いながら蓮見は料理が出来ていく風景を見ていた。


「はい。できたわよ」

 美紀が作ってくれたクリームオムライスとシーフードサラダが空腹で弱った蓮見の前に置かれる。オムライスのいい匂いが蓮見の鼻孔をくすぐる。

 待ってましたと言わんばかりに目をキラキラさせて美紀の準備が終わるのを待っていると正面の椅子に腰を降ろす美紀。


「食べていいよ」


「いただきまーす」

 早速食べる蓮見。


 あまりの美味しさに手が止まらない。

 そのまま勢いよく食べていく。


 そんな蓮見を見て嬉しそうに笑みを浮かべる美紀。

「どう? 美味しい?」


「あぁ、めっちゃ美味しい! これは将来いいお嫁さんになれると思うぞ」


 美紀が唇を尖らせる。

「そんな他人事みたいに言わないで欲しいけど……相手は私が決めるわよ……」

 食べる事に夢中の蓮見には小さく呟かれた美紀の言葉は聞こえなかった。


 だけど美味しそうに食べる蓮見を見てすぐに美紀が笑顔に戻る。 

「まぁいいわ」

「うん?」

「何でもない。それより早く食べなさい」

「なぁ、美紀?」

「なに?」

「ご飯作ってくれてありがとう。美紀が幼馴染で本当に良かった」


 美紀の目が大きく見開かれる。

 そして、顔を赤面させながら満面の笑みで答える。


「うん。私も蓮見が幼馴染で良かった」



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