CHAIN_98 ブロックノイズのヒト
「カイ……!」
「カイさん……!」
「よう。二人とも。元気そうだな」
顔の半分も剥がれ落ちていて不気味だが辛うじて生きているようだった。
「やつが傍若無人連盟を乗っ取り、犬をけしかけてきやがった。そのせいでこの様だ」
「大丈夫なのか……?」ツナグが聞くと、
「自分でもまだ動けてるのが不思議なくらいだ。片目も見えねえし、左手も感覚がねえ」
カイは自虐的に笑って答えた。
「ともかくこれでこのクソ女には借りを返した」
カイが見やる先、マリアは灰のように白くなり硬直していた。
結果的にはエルマは解放されて自分の手を汚すことなくマリアも討たれた。しかしなぜだかすっきりしない展開にツナグは複雑な心境だった。
「ツナグ君っ!」
うしろからコムギが駆け寄ってきた。
「大丈夫? すごいことになってたけど……」
「大丈夫だよ、俺は……」
そう言って横へ視線を流すツナグ。そこにいるエルマは友人でも失ったかのような顔でマリアの残骸をじっと見下ろしていた。
「なあ、エルマ」
「――待って」
近寄ろうとしたツナグをリンの冷たい声が制した。その直後、データの残骸と化したマリアの背中に亀裂が入り、左右に裂け始めた。
「エルマッ! 離れろッ!」
その声でビクッとしたエルマは両手を胸に当てて後ずさった。
内側から押されるようにして裂けたその背中から出てきたのは……、人の手だった。
周囲が驚く中、さらにもう一本の手が出てきて、脱皮のように他の部位もぬるりと姿を現した。
人、と言ってもいいのだろうか。それは確かに人の形をしているが、顔はブロックノイズで酷く乱れていて認識ができない。体型はおよそ十代のもので、幾何学模様のフルボディスーツに覆われている。
マリアから完全に脱皮したそれは静かに第一声を発した。
「……やはり人間とはつくづく醜い」
老若男女入り混じった声で話すそれは周りを無視して前へ歩いていく。
「――片銃の早撃ち 《ガンズクイック》」
正体不明のそれに先んじて不意打ちを決めるカイ。しかしながら当たる直前で不自然に避けられた。コマ送りのような、それこそ空間ごと切り取って移動したかのように。
「……聞こえる。たくさんの声が。しかと選別せねば」
それは空を見上げてからふっと姿を消した。
その場にいる全員が白昼夢だと思って呆けている。けれど確かに残る脱皮したあとの抜け殻が事実であることを告げた。
何やら城の中が騒がしい。ツナグたちはざわつく気持ちを抑えて、空いた穴から中の様子を窺ってみる。なんと外で行列を作っていたプレイヤーたちが押し寄せていた。
「やっ、やつらが来るっ!」
「殺される……!」
「ちょっ、押さないでよ!」
「お前、向こうに行けよっ!」
「ど、どうしたらいいんだあ……」
彼らはパニック状態で我先に安全な場所を確保しようと躍起になっている。
ツナグはその中から適当な一人を捕まえて事情を聞いた。
「おい、いったい何があった?」
「ま、街のほうに化け物たちが……!」
「なんだと……」
「そのうちこっちにも来る……! いい隠れ場所があったら教えてくれ、頼む……! 俺じゃ、あ、あんなのとは戦えない……!」
「……たぶん地下室なら」
せがまれてツナグがそう答えると彼は「ありがとう……!」と言って走り去った。
「お兄さん」
いつの間にかそばに来ていたエルマが下から顔を覗き見る。
「……エルマ。傷は大丈夫か?」
「はい。まだじんじんしますけど」
エルマは傷口を手で押さえた。現実なら大量出血していてもおかしくない切り口で、彼女が本気で殺そうとしていたことが見て取れた。
「行くんですよね、戦いに」
「ああ」
「なら僕も行きます」
初めて会った頃のなよなよしい姿からは考えられないその勇ましい表情。この短期間でエルマも精神的に成長していた。
「私も行くよ」
うしろからやってきたコムギも加わった。
「面白そうじゃねえか。俺も混ぜろよ」
「カイ。その体でか?」
「文句あるのかよ。まだ体は動く。じっとしてるのは性に合わねえ」
崩れた顔で不敵に笑うカイ。
これで街に赴くメンバーは四人になった。
主を失っておどおどする信者たちをよそに一行は広間を通って城の外に出た。そこから坂道を下って街のほうへ向かった。
§§§
街はマインドイーターの襲撃で大混乱に陥っていた。右往左往する大勢のプレイヤーの中、四人はコムギのスキルを使って移動している。当然のことながらそのケープに全員は入りきらなかったが、敵からすぐに捕捉されないだけでも効果はあった。
「アレはこの先よ」
共振形態は継続中で脳内に響くリンの声。それに従ってあえて街の中心部へと進む四人。
リン曰くマリアから脱皮したアレがみんなを閉じ込めた犯人である可能性が高いとのこと。会場を統合する際に割り込んできたデータ構造体によく似ているようだ。
人間でもなければマインドイーターでもないその特殊なデータ構造に。
敵との戦闘を避けながら中央の広場に到着すると、リンの言う通りアレがいた。何もない宙に座ってじっとしている。台風の目のようにしんと静かで、不可侵領域と言わんばかりにマインドイーターの群れはここだけを意図的に避けていた。
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