CHAIN_60 エンチャント
「そういえばお前……いや、やっぱりやめた」
中性的な顔立ちのエルマ。どちらかと言えば女の子寄りのかわいい顔をしている。聞きたかったことというのはその性別。
この百年間で男女以外の性別もたくさん追加された。個々の性的指向や性自認に合わせて自由に選択ができる。けれどお手洗いや更衣室などの身体的特徴に依存する公的選択肢は男女その他の三つだけだった。
そのためか外見的特徴のみで性別を問うのは社会的にあまりよろしくない行為とされている。ツナグが途中でやめたのもそれが頭によぎったからだ。
「なんですか? お兄さん」と小動物のように顔を覗き込むエルマ。
「別に。なんでもない」
性別が何であろうがこの際関係ない。だからツナグはただ面倒なやつが増えたと思うことにした。
「お兄さん、名前はなんて言うんですか?」
「望美ツナグ」
「私はリンよっ」
「いい名前ですね」
「分かるのかよ」
「でしょでしょ。ミツルの代わりにツナグが名付けてくれたのよ」
リンが受け答えをしているふうに話すのでややこしくなっている。
「これからどこへ行くんですか?」
「とりあえず適当に。急ぐ必要もないしな」
「そうですね。お兄さんはどのくらい倒したんですか?」
「倒した人数のことか? それなら四人だけど」
「も、もう四人もっ!? と思ったけどそれってすごいんですか?」
「さあ。正直俺も初めてだからみんながどれくらい倒してるか分からないんだよな」
「あ、お兄さんも初参加だったんですね。なんか一気に親近感湧きました」
エルマは目を輝かせて距離を詰めてきた。
「待て。静かにしろ」
ツナグはそれを手で制して立ち止まった。
「くそッ……。やっちまった……!」
遠くから手負いのプレイヤーが文句を言いながらやってきた。
「さっきのアレできるか?」
「え、あっ、はい」
相手に聞こえないように小声で会話をする。
「力の付与 《パワーエンチャント》」
エルマはさきほどと同じようにスキルを使った。
じわりと温かくなった感覚とともにツナグは木陰から飛びだした。
「――鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」
相手が驚くより前。振り上げた固い拳を出会い頭に振り切った。
「――がッ!」
驚きの感情が追いついた頃には男の体力ゲージはすでに限界寸前まで減っていた。
「もう一発!」
削り切れなかったぶんを手早く次の攻撃で仕留める。ちょうどそこでスキルの効果が途切れた。
「……つ、ついてねえ……」
男は深いため息をつきながら消えていった。
これで倒した人数は五人目。不意打ちによるいいとこ取りだがこれもルールの内。
「意外と悪くないな」
瞬間的な強化だが効果は実感できる程度にあった。
「でしょ! 僕って役に立つんですよ。攻撃のほうはてんでダメですけど」
「他にも強化スキルを持ってるのか?」
「はいっ。力の付与 《パワーエンチャント》以外にも速さの付与 《スピードエンチャント》や守りの付与 《ディフェンスエンチャント》があります」
「いいものを持ってるな。もしかして他にも使えるのか?」
「はい。オブジェクトにも使えますし自分にも使えます。けど僕自身に使っても元が弱いのであまり効果は……」
過去の団体戦では身体能力を強化するプレイヤーがいた。しかしそのスキル範囲は自身のみで他には作用しなかった。
だからエルマのような対象を選ばない強化スキルの持ち主は貴重と言える。
アビリティを単純な当たり外れで判断していた頃ならまず当たりの部類に入れていただろうとツナグは思った。でも今は違う。当時は外れだと考えていた鎖の能力にも様々な活用法があることを知ってからは俄然愛着が湧いてきた。
「あっ! なんか落ちてますよ」
足もとに転がっていた光るキューブ状のアイテムをエルマが拾った。直前に倒した男のものだ。
「えっと……リフレクションシールドっていうアイテムみたいですね。なんでも数秒間無敵になって攻撃を反射するとか」
「それってかなり強くないか?」
「そ、そうですね。ど、どうしよう……。お兄さんはもうこれ以上持てないし」
「お前が持っとけよ。いざという時のために」
「い、いいんですか?」
「タッグプレイだろ。お前が持たなくて誰が持つんだよ」
「そ、そうでした。ごめんなさい。じゃあ僕が持っておきますね」
エルマは申し訳なさそうにアイテム『リフレクションシールド』を所有した。
これでお互いに使用しない限りは便利アイテムを保有できなくなった。
「エルマ。マップを確認してくれるか」
「はい。今確認しますね」
歩けども歩けども景色は変わらないし、あれ以降別のプレイヤーとも遭遇していない。
「えっとですね……今僕たちは森林エリアと街エリアの境目付近を歩いています」
「ああ、どうりで」
ツナグは納得した。適当に歩いていけばそのうち他のエリアにたどり着くだろうと考えていたのだ。
「じゃあ方向転換すれば街エリアのほうへ出るんだな」
「そうですね。そっちに行きますか?」
「ああ。ここはなんかこう、息苦しくなってきた」
喉もとを手で押さえるツナグ。視覚的な閉塞感にだんだん気が滅入ってきたようだ。
「確かに言われてみればなんだか息苦しい感じがしますね」
限りなくリアルに近い視覚情報は時として人を酔わせる。これがいわゆる電脳酔いというものだ。
「街エリアならここよりも開けてると思います。僕についてきてください」
「任せる」
エルマが先導してツナグはあとについていく。
境目付近を歩いていただけあってそれほど時間はかからずに二人は街エリア側へとたどり着いた。のだが、
「――お、やっぱりな。ここで張ってれば鴨どもがやってくると思ったぜ」
向こう側には五人組の男がいた。
「あっ、
「お前は……エルマ」
立ち位置的に五人組のリーダーと思われる男とエルマは顔見知りだった。
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