CHAIN_52 特訓と追跡者

「……よし。ちょっと走り込みしてきます」


 お茶を飲み干してから立ち上がったツナグ。するとリコルも腰を上げた。


「私も行く」

「あ、じゃあ一緒に行きましょう」


 二人は部室を出て校外へ。走るのは比較的人通りの少ない河川敷側。


 デントの練習をするにもお金がかかる。学校側は援助してくれないので必然的に活動費用は自腹。限られたリソースの中で他にできることといえば、ヘッドギアをつけておこなう脳力トレーニングや運動で身体機能を高める筋力トレーニングくらいのものだ。


「先輩。調子はどうですか?」

「悪くない。苦手なジャンルじゃなければまずいける」


 隣で走りながらリコルは答える。


「苦手なジャンル?」

「……クイズ方式とか」とリコルは言い淀む。

「ははっ。ダイナと同じですね」

「あのバカと一緒にすんじゃねえよ!」


 リコルは笑うツナグを肘で小突いた。


「あいつはただ勉強ができないだけ。私は面倒なのが嫌いなだけだ。とりあえず目の前のやつをぶっ飛ばせばいいサバイバルや障害物レースのほうが単純明快でいい」

「俺は結構クイズ好きですけど、がっつり出題されたら厳しいですね。正直そんなに勉強できるほうでもないので」と言うとツナグの中から突如リンが飛びだした。

「この私に任せなさいっ!」


 確かにリンの力を借りればどんなクイズが来ても答えられるかもしれない。けれど今回は個人戦。勝っても負けても責任は自分のもの。


 それに予選ではその行動に応じてポイントが加算されるので明確な勝ち負けがあるわけでもない。なのでツナグは自力でなんとかするつもりでいた。


 他にも理由があるとすればリンの助力は脳に負担がかかるので常用を避けたいということだろうか。


「……なら、教えてやるよ」

「え? 何か言いました?」

「……今度、私の家で勉強教えてやるよ」


 一度目が小さすぎたのでリコルはもう一度言い直した。


「先輩の家で……ですか?」


 ツナグはごくりと生唾を飲み込んだ。年頃になってから異性の家にお邪魔する機会はほとんどない。幼馴染みのアイサですらもう呼ばなくなった。


「嫌なら別にいいけど」

「……い、嫌だなんてことは」


 頭に幼馴染みの姿が浮かぶ。二人に教えてもらえれば勉強の効率も上がって試験でも苦労しなくなる、と言うのは建前で本音はやましい気持ちが少なからずあった。


「先輩。その時はぜひよろしくお願いします」


 漢、望美ツナグ。自分に素直になってしかと聞き入れた。


「……私だって教えられるのにっ」


 その頭上でリンは不満そうに頬を膨らましていた。


 §§§


 次の日の放課後はダイナと特訓。根性を試すようなトレーニングに四苦八苦しながらもツナグはなんとかついていく。


「この程度でもう音を上げるのか」

「うるせえ。まだまだ余裕だっつうの」


 神社の階段を走って何度も上り下りする二人。


「やりすぎると非効率的よ」とリンは言っているが意地の問題でずっと続けている。

「……ああ、きつい」


 基礎体力がそもそも違うので当然の如くツナグが先にへばった。息を切らして階段に横たわる。それをまだ余裕そうに通り過ぎていくダイナ。


 階段の上り下りが終わったら今度は河川敷で戦闘訓練。実はボクシング経験者だったことが発覚したダイナと一戦を交える。


「どうりで強いわけだよ」

「お前こそ強さにむらがありすぎだろ」

「まあ、あの時は……」


 リンのおかげで強かったと言えるはずもなく。


「とにかく本気でかかってこい。こっちも手加減しねえからな」


 ダイナは静かに構えた。


「おう。あとで吠え面かくんじゃねえぞ」


 とは言ったものの、このあとツナグはボコボコにされた。やっぱりこちらの世界ではまだまだ力不足。


 けれどこうしたトレーニングの中で確かな戦いのセンスを身につけていった。それは決して大きなものではないが、間違いなくデントのプレイにも良い影響をもたらすこととなる。


 §§§


 階段の上り下りならぬ太陽の沈み昇りを経た翌日。この日の放課後はコムギとデントセンターで実戦練習。


 バトルフィールドは何のオブジェクトもないドーム状のシンプルな闘技場。純粋に力の差を測ることができるので環境に影響されない練習ができる。


 しんと静かなその空間でツナグは目を凝らす。すると奇妙なことに膝から下の足だけが動いていた。それは天狗の隠れ蓑と言うコムギのスキル。透過状態になりその身を隠すことができるが、どうしても膝下だけは丸見えになってしまう。


「――鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」

「きゃっ!」


 鎖を巻いた拳がコムギに直撃した。次の動作に移る直前で体力ゲージはゼロに。


 コムギは隠れ蓑から姿を表してその場にへたり込んだ。


「ツナグ君、やっぱり強いなあ。私何もできなかったよ……」

「うーん。遮蔽物がないとやっぱり不利かもね。この何もない空間じゃ隠れ蓑もすぐにばれちゃうしさ」

「そうだよねー……。でも私の赤鬼さんや兵隊さんはみんなみたいにポンポン出せないからまずは隠れ蓑で安全なところへ逃げないといけないし……」


 コムギのアビリティ『イマジナリーブックス』は手持ちの絵本から想像上の何かを呼びだして戦う。スキルは強力だが、使用までの待機時間キャストタイムや再使用までの待機時間クールタイムが彼女の処理能力ではどうしても長くなる。


「ちゃんと脳トレも筋トレもやってるんだけどなあ……」

「とりあえず一旦切り上げて休憩入れようか」

「うん。そうだね」


 二人は電脳空間からログアウトして現実世界へ戻った。


 デントセンター周辺で落ち着けそうなカフェを探して二人は歩き回る。


 その二人を遠くからじっと見つめている男の影があった。それは物陰に隠れながらじわりじわりとあとについていく。


「……?」


 その人影は自分に似た気配が近くにあることに気づいた。道を挟んだ向こう側にもう一つの人影が。体格からして女性。それは間違いなく自分と同じ目標を追っている。


「……そこの君。何をしている」


 男は確認のために声をかけにいった。そうすると、


「ひゃっ!」


 女は驚いて飛び上がった。


「やだ、私ったら。なんてはしたない声を」と口もとを押さえる彼女を見て、

「君は……炎帝」


 男はぽつりと言った。


「その声と雰囲気は……まさか氷帝?」


 互いに変装用の帽子とサングラスを外した。


「どうして君がこんなところに」

「どうしてあなたがこんなところに」

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