CHAIN_47 クラック&スポーン

 日本エリアのポータルゲートから姿を現した二人。現実世界とほとんど変わらぬ格好。その昔は好き放題にアバターを変更できたが、法整備により一部区画を除いては実名・実体で表示される。つまらない世の中になったと嘆く人々もいた。


 それでもここには現実世界では体験できないようなことがたくさんある。


 国境がないからパスポートはいらない。言語は自動翻訳されるので国を問わず気軽にコミュニケーションが取れる。物の売買は当たり前で、好きな時に好きな場所へテレポートもできる。それ自体で経済活動が成り立っているからここで生計を立てることもできる。


「今はこんな感じになってるんだね」

「俺もこっちに来るのは久しぶりだな」


 目の前に広がる電脳仕掛けの世界を見上げるアイサとツナグ。現実よりも色鮮やかで人や物が飛び交う夢想的な空間にしばし見惚れていた。


 世界規模の電脳危機『GCC』グローバルサイバークライシスが起きる前は現実世界を捨てたいわゆる電脳定住者が膨大で世界中がゴーストタウン化していた。


 しかしながら電脳依存による地獄を経験した人類はそれを機に現実世界へ回帰。両世界のライフバランスを上手く取れるように国家主導で取り組んでいた。


「どうだ。体の感覚は?」

「なんか変な感じ。リアルなんだけどリアルじゃない違和感が確かにあって」


 不思議そうに手を開いては閉じる。それを何度も繰り返すアイサ。


「そのうち慣れるさ」

「そうだね。周りの子たちもそう言ってたし。で、どうするのこれから?」

「とりあえずはぶらぶらと散歩かな。どこか行きたいところはある?」

「任せるよ。こっちには詳しくないし」

「じゃあ適当に」と言ってツナグは小声でリンを呼びだした。体の中から颯爽と電脳の妖精が現れる。

「オススメの場所ならこの私に任せなさいっ」


 うるさいけど頼りになる彼女は検索をしていくつかの場所を勧めてくれた。


「まずはここへ行こう」


 ツナグは座標を指定してアイサの手を握るとテレポートした。


 そこはこの世に存在する全てのスポーツが楽しめるアミューズメント施設兼ミュージアム。歴史を学びながら気軽に体験できる老若男女問わず人気の場所。


「なんだかデートみたいだね」

「恋人同士ならそうかもな」

「じゃあ試してみない?」

「何バカなこと言ってんだよ。行くぞほら」


 ツナグは気に留めない態度で一足先に施設に入った。アイサは不満そうに頬を膨らませてあとに続いた。


 空の下閉塞感がないその屋外施設は広々としていて人で賑わっていた。種別ごとに分けられたスポーツエリアとそれに付随する歴史展示エリア。ツナグの親友センイチも雨天の時はここへ部活動の練習に来ている。


「何をしようか」

「うーん。なんでもいいよ」

「じゃあテニスとか。今度センイチの試合もあるし」

「いいよ、それで。向こうみたいに上手くやれるか自信ないけど」


 ツナグは明後日の新人戦に出場する親友を応援にいく約束をしていた。


「慣れだ慣れ。これでつまずくようならデントなんて絶対に無理だぞ」

「そうだよね。頑張ってみる」


 アイサは気合を入れてツナグとともにテニスゾーンへ飛んだ。


 §§§


「もうっ! ちょっとは手加減してよ!」


 アイサが声を上げる。


「してるっての」


 ツナグは困った顔でテニスラケットを地面につけた。


 結論から言うとアイサは電脳運動音痴だった。勉強ができて身体能力も平均値より上の彼女も勝手の違いに苦労している。


「なんで思ったようにちゃんと動かないのよ」

「現実世界と同じように体で動こうとするからだろ。こっちはなんていうか頭で動くんだよ。意識してはっきりと『動け』って命令する感じだ」

「頭で動くって言われてもいつも無意識にやってるから……」


 なかなか感覚が掴めずにアイサは少し落ち込んだ。


「うーん。そうだなあ。レトロゲームで遊ぶ時に画面の中のキャラクターをコントローラーで操作するだろ。あれにちょっと似てるかもしれない」

「私あまりゲームしないからその例えもよく分からないよ。それが通じるのはセンイチとかでしょ?」

「確かにそうだな。悪かった。でも他に例えが見つからないしな。まあ、やってりゃそのうちどうにかなるだろ。練習再開だ」


 そう言ってツナグは虚空に出現させたボールをラケットで打った。


 §§§


 そのまましばらく続けていると施設内放送で高負荷による不具合が生じているとの連絡があった。そのためか館内にあるオブジェクトのテクスチャが所々乱れている。


 続く放送で緊急メンテナンスに入ると正式に発表された。自主的な退去を促していて周りは残念そうに次々とログアウトしていった。


「えー。せっかくいいところだったのに!」

「しょうがないないだろ。俺たちも引き揚げるか」

「どうせ強制的にログアウトさせられるんだし、それまで続けようよ」

「あのなあ……」

「もうちょっとだけだから。お願い! この日をずっと楽しみにしてたの」


 両手を合わせて真剣に頼み込む幼馴染みにツナグは「もう少しだけだからな」とため息交じりに声を返した。


 §§§


 それでも強制退去の時はあっという間に訪れてアイサはその場から姿を消した。当然次は自分の番だろうと思っていたツナグ。


 だがいつになってもログアウトさせられない。そのことを不思議に思って自らログアウトを試みたが、


「……あれ」


 拒否された。正常に機能しなかったと言ったほうがいいかもしれない。


「おかしいな」


 繰り返しログアウトを試みるもやはり機能しない。


「なあ、リン」と声をかけたその時、

「――ツナグ。何か来る」


 リンが体から飛びだしてどこか遠くの空を見上げた。


「何かってなんだよ」


 ツナグが振り向いたその時、地震のように空間が大きく振動した。


 視線の先の虚空に突如として亀裂が走る。


 膨張による空間の屈曲が始まり、割れ目から細長い枝のような腕が突きだした。


 ぬるりと押しだされるようにして顔を出したのは、奇怪な化け物。


 飛びでた目がぎょろりと動いてツナグを捉えた。

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