CHAIN_5 氷の男

 翌日の朝のニュースはデント特集だった。


「あ、こいつ知ってる」


 スクリーンに映る氷天架ヒサメは将来のプロ候補生の一人として大々的に扱われていた。そのクールな見た目から女性人気も高いようだ。


「母さん。昨日さ、デントでこいつ倒したんだよ」

「はあ。バカなこと言ってないでさっさとご飯食べて学校に行きなさい。遅れるわよ」

「いや、本当だって。父さん?」

「ツナグ。寝言は寝て言うんだぞ」


 当たり前だがツナグの両親は意に介しない。


「なんでこの二人はツナグのこと信じないのよ!」


 リンが両親の頭をペチペチと叩いているが二人には見えも触れもしないので気づくはずもなく。


「その辺にしとけよ」とツナグが言うと父親が反応した。

「あ、なんでもない」


 リンとの会話は周りからするとただの独り言。気をつけなければ頭のおかしいやつと思われかねない。


 玄関を出るといつものようにアイサが待っていた。


「おっす」

「おはよう」

檜山ひやまアイサ。十五歳。七月七日生まれ。O型。身長百六十三センチ。体重」

「待て待て!」


 急にリンがアイサの個人情報を羅列するので焦ったツナグは待ったをかけた。


「え、待ってるけど」


 アイサはきょとんとしている。


「あ、ごめん。待ってるよな」

「ふーん。この子ツナグの幼馴染ってやつなのよね? 長い間の交友関係となるとすでに性的な関係も持っているのかしら」

「おい!」

「な、なに。急に大声出して」

「悪い悪い」

「今日のツナグ、すごく変だよ」

「ちょっと風邪っぽいかもな。今度病院行くから心配するな」


 ツナグはわざとらしく額に手を当てて言い訳をした。


「そう。ならいいけど。もし何かあったらちゃんと言ってよね。力になるから」

「ああ。分かってる。いつも助かってるよ」


 §§§


 歩いている途中にツナグはそれとなく気になることを聞いてみた。


「なあ、デントプレイヤーの氷天架ヒサメって知ってるか?」

「もちろん知ってるわよ。女の子の間では大人気だし。美形でかっこよくて頭が良くてデントも強くて将来も有望。私たちとは住んでいる世界が違うわよね。で、どうしたの急にそんなこと聞いて。ははーん、さてはモテたくなったとか?」

「ちげえよ。デントやってたらそのうち会うこともあるだろうなって」

「え! ツナグ、デントやってるの?」


 アイサは口元を押さえて信じられないと言わんばかりの顔をしている。


「いや、まあ、ちょっとな。最近また始めて。なかなか楽しくてさ」

「もう二度とやらないって言ってたじゃん」

「昔の話だろ。時間が経てば気も変わるさ」

「へー、そうなんだ。意外。じゃあプロとか目指すの?」

「遊びだよ遊び。今のところは。まあ、俺が本気出したらプロなんてすぐだろうけど」

「むっ! ツナグが強くなったのは私のおかげじゃん!」


 調子に乗るツナグの頭の上でリンは頬を膨らました。


「ツナグ。プロってそんなに簡単じゃないよ。才能のある人でも努力しないとなれないんだから」

「続けていればそのうちなんとかなるって」

「はあ……。まあ、ツナグのそういうとこ嫌いじゃないけど。とりあえずデントの大会に出ることから始めたら?」

「どうやったら出れるんだ?」

「そんなことも知らないのにプロがどうこう言ってたの? まったく。私たちみたいな学生なら民間のクラブか学校の部活動に所属していれば参加権は得られるはずよ」

「うちの学校ってデント部あったっけ? 聞いたことないんだけど」

「あるにはあるけど……」

「けど、なんだよ」

「なんか暴力事件で一時期廃部になってて。また新しくできたんだけど曰く付きっていうか……」

「へー、そうなんだ。とりあえず今日入部しに行ってみるよ」

「ねえ、ちょっと聞いてる!? あまり雰囲気良くないと思うよ。不良みたいな人がいるかもしれないし」 

「あのさあ、そんなの実際に行ってみないと分からないだろ」

「うん、それはそうだけど……」


 ツナグに真っ直ぐ言い負かされてアイサはしゅんとなった。


 §§§


 放課後になってさっそくデント部の部室へと向かったツナグ。暴力事件の煽りからか他の部活動と違って端のほうへ追いやられていた。


「どうもー」と扉を開けて中に入ると、既存のメンバーと一斉に目があった。


「一年の望美ツナグです。入部しにきました」


 部室のメンバー全員がポカンとしている。


「あの、なにか変なこと言いました?」

「い、いや、悪かった。時期的に予想外のことだったから驚いてしまって。もちろん入部大歓迎だよ!」


 そう言って立ち上がったのはとりわけ身長の高い男。部長らしい雰囲気を醸しだしている。


「僕は三年の須磨すまケイタ。一応このデント部の部長をやらせてもらっているよ。そしてこちらが二年の多部たべレイト」

「おいっす」


 髪がぼさぼさで見るからにやる気のなさそうな男。今まさに目の前で大きなあくびをしている。


「で、こちらが同じく二年の能登のとリコル」

「……ふんっ」


 長い黒髪に赤と黄のメッシュが入った女。ちょっと怖い感じ。あまり歓迎されていないのか鼻で笑われた。


「とりあえず座って座って。お茶でも用意するから」

「ありがとうございます」


 部長の言葉に甘えてツナグは空いている席に座る。デント部ということで近代的な内装を予想していたがそれに反して机と本棚と電子ボードくらいしかない。


「はい、お茶。それとこれが入部届のアプリケーションね。記入してもらえるかな」


 机に置かれたお茶とタブレット端末。特に問題もなくツナグが記入していると、


「どうせすぐやめるのに」リコルが愚痴を挟んだ。

「こら! なんてことを言うんだい」

「まあ呪われたデント部っすからね」

「レイト君までそんなことを!」


 部長のケイタは頭を抱えた。どうやら曰く付きというのは間違いないらしい。


「ツナグ! 検索したら色々とヒットしたわよ。なんでも去年、当時の三年生と二年生が大きな暴力事件を起こして大会は全て出場停止。その時多くの部員が抜けて一時期は廃部になっていたって話よ。他にも部費の横領とかいじめとか嫌がらせとか、そういう悪い記事ばっかりね」


 リンの情報精度は定かではないが、このネガティヴな雰囲気を作りだすには十分すぎる材料だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る