8.罪を犯す理由
帰り際に男が「少し待って貰っていいですか?」といって車を止めて出ていった。
こちらには逃げるつもりも一切ないので大人しく待っていた。
30分ほど待つと男は車に戻ってきて車を走らせた。
男のアパートに到着しいつもの如くコートの内側に入らされ男の部屋へと帰宅する。
「ふう、今日は連れ回してしまってすみません」
「いえ、服買ってくれてありがとうございます」
人に物を買ってもらえるのも久々だ。
喜びを噛み締めつつ男から服の入った袋を受けとりタグの取り外しを始める。
すると男が私に寄って何やら紙袋から取り出して渡してきた。
「それからこれ、持っててください」
「……これは?」
「スマートフォンです」
「……誰のですか?」
「今日からあなたのものです。さっき買ってきました」
「受け取れません」
「遠慮なさらず」
「こんな高価なもの受け取りたくありません」
服などは無いと困ることは分かる。
だから拒むことはしなかったがこれは話が別だ。
詳しい値段は知らないが服よりずっと高価で、さらに生活する上で必需なものでもない。
だから断固として受け取らないつもりでいた。
「……今日つぼみさんが居なくなってかなり焦りました。ずっと側に連れていなかったことを少し後悔しました。けれどあなたの自由を縛ることだけはしたくなかった。だから逃げられても仕方ないとも思っていました」
「…………」
「けれどあなたは逃げていませんでした。むしろ危険な状況にあったとも言えた。連絡手段があればこういったすれ違いも無いと思います。それに……それがあればどこにいてもあなたの助けに応じられる。せめて自分の元にいる間だけでも持っていてくれませんか?」
「……使い方分かりません」
「教えます」
「他にも分からないことあります」
「教えます。なんでも聞いてください」
「じゃあなんで私を誘拐したんですか?」
昨夜聞けなかったことを口にした。
あのときは男の目的がまるで分からなかった。
けれど今日で少し男のことが分かった。
「何故だと思いますか?」
「……誘拐の目的なんてお金か身体くらいしかないと思います。けれど少し調べれば私を拐ってもお金が手に入らないことくらい分かると思います。だからただの変態かなと思ってました。私を選んだのは世間から見放されていて警察も動かないと判断したから、もしくは虐められ慣れていてどんな暴力にも耐えられそうだからかと」
「おう……そんな酷い人だと思われていましたか……」
「けどお兄さんは手を上げることはなく、むしろその手を差しのべてくれた。その手は救いの手でしかなかった。それに私に差し伸べてもなにも返ってこないことくらい分かっててやってますよね。それが分からないんです。なんで私なんかにこんなに優しくしてくれるんですか?」
どれだけ考えても男にメリットがない状況。
ならばなぜ男は誘拐なんてしたのか。
男は私になにかをさせようとしているんじゃないかと不安が募った。
男が優しくすればするほどその不安は恐怖にも近づいた。
だから考えずにいられなかったが結局答えにはたどり着かなかった。
「……そんなに考させてしまって申し訳ない。けれどそんなに難しいことではありません。単純な話です」
またも申し訳ないなどと優しい言葉を使う。
その言葉の裏には一体どんな企みが潜んでいるのか。
そんな思考を彼は軽々しく裏切った。
「助けたいと思った。だから助けただけです」
男はすごく簡単で、けれどとても理解し難い答えをさらりと答えた。
「……なんですかそれ」
予想の斜め上を越える偽善者じみた答えに聞き返してしまう。
「偽善者だと思いますか? けれど本心です」
「意味が分かりません……。誘拐は立派な犯罪ですよ、分かってるんですか……!」
そう、相手は犯罪者。こんな刺激するようなこと言ってはいけないのに。
けれど彼が逆上することはないともう分かってしまったから。
「もちろん。けれどそれ以外につぼみさんを助ける方法はありませんでしたから」
「赤の他人のためにどうしてそこまでできるんですか! そんな理由で普通犯罪にまで手を染めますか!?」
違う、彼に怒りをぶつけたいわけじゃない。
けれど彼の言葉は私の2年間で学んだ人間と言うものを根底から覆すようなことばかりで抑えきれない。
「では助けないことが普通だと言うことですか?」
「はい、私の周りはそんな人しか居ませんでしたから」
認めたくないけれどそれが普通なんだ。
私を虐げることこそが人間のあるべき姿なんだ。
そう、ずっと思っていたのに。
「だったら僕は普通じゃなくていい」
「は……?」
「あなたを助けられるなら普通なんて僕はいりません」
「…………理解できません」
「できなくて当然です。僕は普通じゃありませんから」
「っ……」
意味が分からなかった。
助けたい、それだけで彼は動いていると言う。
自分になんのメリットもないその行動がしたくてやっていると。
それが普通じゃないことを簡単に受け止めて。
「……世の中の人間がお兄さんみたいな人ばかりだったらいいのに」
「そうですね……これが普通になったらと僕も思います」
もう何も言えない。
私にはもう分からない。
この男のことも、私のことも。
私は何が聞きたかったんだろう。
私はこの男になんと答えてほしかったのだろう。
もしかしたら男は私の理想の解答を出してくれたのかもしれない。
けれど理想だからこそ、それは人間には届き得ないものだと思っていた。
だから私は信じられなかった。
疑いは余計に深まった。
でも、それでも……。
「ご飯にしましょうか」
「……はい」
その言葉が本当だったらいいのにと思っている自分がいるのも、事実だ。
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