6.警戒消えず
2017年12月2日。
11歳になってから迎えた初めての朝。
目が覚めたのは昼だけど。
「……寝すぎた」
「おはようございます。しっかり眠れたみたいでよかったです」
時刻はすでに12時を越えている。
おはようございますというのは嫌みだろうか?
睡眠時間は14時間越えだしこれでは嫌みを言われても仕方ないけれど。
仮にも誘拐犯の拠点でこれだけ眠れるとは……思っていたより私は図太かったらしい。
顔の熱は感じられないけれど赤くなっていることは間違いないだろう。
「……おはようございます」
「気分はどうですか?」
「……気持ち悪い」
聞かれたことに条件反射的に発した言葉だった。
けれど今の体調を感じ取ってみるといつもとは違うことに気づく。
胸の辺りにもやもやした何かがあり胃が収縮を繰り返す感じ。
「えっと……どのくらい」
「吐きそ……うっぷ……」
「あーいやちょっと待ってトイレ……は間に合わないから洗面器を……!」
喉奥をなんとか押さえ男が洗面器を持ってくるまで耐えることはできた。
流石に一式しかないと思われる布団を汚すのは忍びないのでよかった。
……嘔吐する姿を見られ再び羞恥に駆られることとなったけれど。
「収まりましたか?」
「……はい。なんとか」
男は背中を擦る手を止めて今度は私の額に手を当てた。
「熱はそれほどないので問題は胃の方ですかね。今までの食生活で荒れていた胃にいきなりしっかりしたものを食べて拒絶してしまったのかもしれません。今日のところは胃に優しいものにしましょうか。少し待っていてください」
そう言って男は台所の方へ去って行く。
待つといっても出来ることもないので再び横になり布団を被ることにした。
15分ほどだろうか。
男は土鍋の乗った盆を手にして私の横に座った。
「お粥を作ってきました。食べられそうですか」
「はい。大丈夫です」
体を起こし、盆を受け取ろうとする。
しかし男は盆を地面に置いて匙に乗ったお粥に息を吹きかけている。
「では口を開けてもらってもいいですか」
「……え? 嫌です」
男の構えを見て反射的に断ってしまう。
その構えは母が病気の子供にするような、恋人同士でするような所謂「はい、あーん」というやつだった。
今の状況なら明らかに前者の方なのだろうけれど……。
「えっと……」
「いえその……自分で食べれますので」
「けど火傷されては困るので……」
「あ……」
そう言われて思い出すのは昨晩の食後のこと。熱いお茶を一気飲みした後のことだ。
男は「次からは気をつける」と言っていた。その結果がこれだと言うことか。
しかしそれは……心底勘弁願いたい。
「……冷ますくらい自分でできますので」
「……分かりました。ではくれぐれも気をつけて」
シュンとしながら渋々お盆を渡してくれる。
そんなに食べさせたかったのだろうか……いやそれはそれで気持ち悪いので断りたいけど。
けれどそうでなくても食べさせてもらうなんて無理だ。
これ以上恥を重ねるわけにはいかない。
チラチラと見てくる男に見せつけるように5回ほど匙に息を吹きかけてから口に含む。
味は普通のお粥だった。
昨晩のコンビニ弁当から料理はできないかと思っていたが生活力はそれなりにあるらしい。
朝食兼昼食を済ませると男は立ち上がって聞いてきた。
「つぼみさんのご両親はいつほどに通報すると思いますか?」
突飛な質問にドキリとさせられる。
「通報って言うのは……」
「もちろん、つぼみさんが帰ってこないことの警察への通報です」
意味を履き違えてはいなかったらしい。
だからこそ嫌でも警戒してしまう。
この男は自分の行為を犯罪だと理解している。
だが質問の意図は分からない。
この質問に対して真実を述べていいものか。
少しばかり迷った末、答えを言う。
「……家には父しか帰ってきません。以前体育倉庫に監禁され一日帰らなかったときには通報はされず、面倒をかけるなと叱られました。けれど心配していた様子はなかったのでおそらく一週間帰らなくても通報されるかどうか……」
「そうですか……すみません、また嫌なことを聞いてしまって」
「いえ……」
「となるとしばらくは大丈夫ですね……でも長い間通報もせず放置してそれが警察に知られれば親も学校も困るでしょうし……かといって通報して虐待の事実が明るみに出る可能性も考えるはず。だとすれば言い訳の通用する期間も考えて……早くても3日ってところか……?」
「あの……それが何か……?」
ぶつぶつと予測を立てる男に少量の恐怖を感じ、思わず聞いてしまった。
「ああ、知りたかったのは今警察が動いているかどうかです。それによって外に出られるか考えなくてはいけないので」
「外に出るって……私がですか?」
「はい。ということで行きましょうか」
「行くってどこへ……?」
「買い物ですよ」
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