4.食事と体質
濡れたタオルで汚れた体を拭いた。
傷を広げないように少しずつだったため時間がかかった。
消毒液や軟膏を身体中に塗られた。
今まで気づかなかった傷まで見つかって、当然すごく染みる。
けれどその痛みは辛くなく、少し心地よい。
治療が終わり見れば体は包帯と絆創膏のオンパレード。
よくもここまで傷を増やしたものだ。
よくもここまで……耐えたものだ。
今はその包帯達も貸してもらった服で大半は隠れている。
申し訳なさそうな顔で差し出されたぶかぶかなTシャツ一枚で。
その姿を見た男は何か気まずそうな顔をしていたが話を切り出した。
「それじゃひとまず聞きたいことが……」
話を切り出した……のだが遮られることとなった。
私の出した音、大きな大きなお腹の音によって。
けれど取り乱すことはしない。
空腹など常のことだった。今さら恥じるはずもなく、気にすることでもない。
すると男は切り替えるように言った。
「……先にご飯にしましょうか。と言ってもコンビニ弁当ですが」
男は台所の上の袋から二つの弁当をちゃぶ台に広げる。
座り込み一つの弁当を開けて割り箸を割る。
「いただきます」
男は咀嚼を始める。
私は特にやることもなくその姿を見ながら立ち尽くしていた。
「あの……食べませんか?」
「……え、私ですか?」
「ここには僕以外にあなたしかいませんよ」
「……いいんですか?」
「むしろ食べないといけません。しっかり栄養取らないと傷も治りませんから」
言われて恐る恐る座り弁当の蓋をあける。
何の変哲もない幕の内弁当。だが実は何か入っているのではないかといろんな角度からその弁当を見る。
「えっと……何か食べれないものとかありましたか?」
「……ビニールとプラスチックはちょっと」
「容器まで食べろなんて言ってませんよ!?」
一通り見終わり異物などは見つからず箸に手を伸ばす。
目に見えない何かが入っていることも考えたがそれならそれで無理矢理食べさせて来るのだろう。
疑いすぎても無駄な怒りを買うかもしれないと思い一口食べる。
「……おいしい」
「ただのコンビニ弁当ですよ」
「こんなにちゃんとしたご飯……久しぶりです」
「え……ただのコンビニ弁当ですよ? 普段は何を?」
「非常食の乾パンを隠れて貰ってて……けど先月無くなりました。水も止められてたので公園の水を持ち帰るようにして」
「……給食は?」
「いつも泥や絵の具が入ってるから。見た目が良くてもお腹下したり体が暑くなる薬を入れられてたり。けど全部食べないといけなくて……」
「……分かりました。嫌なこと思い出させてしまってすみません」
「……大丈夫です」
「明日からは学校にも行かなくて大丈夫です。できれば家からも出ないでください」
「…………」
それはどう取るべきなのだろう。
私が家から出ればこの犯罪が明るみに出るリスクは大きいだろう。
しかしそれならばなぜ「できれば」なのか。
やむを得ない事情なら出てもいいということか?
私が警察に駆け込めば一貫の終わりだと言うのにこの人は警戒していない。
まさか自分が犯罪を犯しているという自覚すらないというのか。
……どちらにせよ確認はしたい。
「あの……」
「はい? なんでしょう」
しかしそこで思いとどまる。
もしも目的が私の想像の及ばないほど酷いものだったら?
それを聞いて私はこれからどうなる?
何も聞かなければ彼はただの優しい誘拐犯。だが聞けば何かが変わるかもしれない。
「……いえ、何でもないです」
「そうですか? 聞きたいことがあればいつでもどうぞ」
聞きたい。けれどそれ以上に怖い、この安らぎが失われるのが。
「明日からは」ということはしばらくここで生活するのだろう。
あの地獄に戻らなくていい。このまま何も知らなければ幸せのままだ。
少しの不安が残るだけ、それだけでしばらくは今まで以上の生活が約束される。
それを自分から手放すなんてできるわけがない。
今は大人しく従おう、この見返りがあるうちは。
私は黙々と目の前のご馳走に手を伸ばした。
その後、米粒一つ残らず平らげられた容器を片しつつ、男は台所から戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
自然にお礼の言葉を口にして差し出された湯呑みを受けとる。
そのまま湯呑みを口まで運び大きく傾けた。
「気をつけてくださいね、沸かしたばかりなの……で……ぇぇ……?」
男の言葉が途絶えていったのが気になり飲み終えて空になった湯呑みを置いて顔を向ける。
「え? あの口、大丈夫なんですか?」
「……ヒリヒリします」
「ですよね!? これ、水、口に含んで冷やしてください!」
普通なら火傷するほどの温度だったらしい。
油断していた、傷の処置もして空腹も消えたからこっちも治っていると考えてしてしまった。
冷たい水をゆっくり口に流す。
「無理せず冷ましてからでよかったんですが……」
「……無理はしてません。熱さを感じないんです」
「……え? 感じないってどういう……」
「去年くらいからですね、火に炙られても熱くなくて。あと冬に川に浸かっても寒くなかったんです。何かの病気……かもしれないです」
「……熱を、感じないと」
「はい」
少し饒舌になってしまった。完全に信用したわけではないけれど、それでも話したのはちょうどいい機会だと思ったからだ。
先ほど外傷の治療はしてしまったが体の内側は確認しようがない。
これが何かの病気なら何とかしてくれるかもしれない。
逆に男が私の体を完全に治療したいなら黙っている方が危険だとも言える。
そんな理由付けをして男の返事を待った。
「病気……いえ、すみませんが僕も分かりません」
「そう……ですか」
「見つかるか分かりませんが少し調べておきます。それと次からは僕も気をつけます。特にお湯などは」
「……はい」
少し申し訳ないことをしただろうか。
私が話してなかったばっかりに勝手に火傷して、それで罪悪感を感じさせてしまっている。
今まで辛さを減らせる便利な体質だと思っていたが、このときばかりは少し憎く思えた。
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