第11話 「私は一体どれでしょう?」

「様々だが。私の知っている範囲では、その一として」

「その一……」


 確かに冷静である。


「引き取って令嬢の遊び相手にする。勉強相手でもいいな。とにかく令嬢のためだ。この場合は頭のいい子や気だてのいい子が選ばれるな。見目形はいっそ逆に良くないくらいの方がいい」

「どうして?」

「そりゃそうだろう。令嬢に付き添って出たパーティなんぞで人形の方がもてはやされたら令嬢は普通怒らないか?」


 確かにそうである。


「その二。令息の遊び相手にする。まあつまりは将来の妾を確保しておこうというところかな。だから頭はどうだっていい。顔と身体だな。そういう点で将来有望な少女が引き取られる」

「まだあるのかい?」

「その三。貴族本人の遊び相手にする場合」

「少女でもか?」

「嗜好は人それぞれだろう?」

「まあそうだが」

「それこそ本当に小さい小さい少女趣味の馬鹿野郎も居るし、私の見かけ位の年齢程度を引き取る場合もある。まあ年齢はどっちでもいいか。つまりはその貴族自身の欲望の対象という奴だ」

「君、結構凄いことをさらさら言うねえ」


 ところどころにきつい一言が入っているのは、本人は気がついているのかどうか。


「そうか? まあそうだろうな。ではここで質問です」

「はい」

「私は一体どれでしょう?」


 ナギは本当にあっさりと問う。彼は非常に困ってしまった。


「答えられませんか?」

「少し考えさせてくれないか?」


 そうですね、と彼女は言うと、立ち上がった。


「私ちょっと本見てきます。しばらく考えていて下さい。私は私であなたに質問したいことを整理しなくてはなりませんから」


 そしてふわり、と黒い服の裾と白いふわふわしたタイを翻して、彼女は閲覧室の方へと早足で歩いて行った。

 あ、あのスカートは間があるのか。そんなことにようやく気がついた自分に苦笑する。スカートというより、広がったズボンである。

 「人形」ね。彼は頭の中で繰り返す。その類の話はあまり考えたくはないことではあった。


   *

 

 本妻と、愛人。

 そういうものが存在する家庭が実はそう多くはないことに彼が気がついたのは、デカダの本宅に引き取られてからもしばらくしてからだった。

 十の歳で初めて入ったヴォータル・デカダ氏の本宅は、大きかった。それまで住んでいた所もフラット一つの一般家庭に比べれば大きかったが、その今まで住んでいた所が犬小屋程度に感じられる程、その家――― 屋敷は大きかった。

 そしてそれまで住んでいた家ぐらいの大きさの「自室」を彼は与えられた。

 だがそこは異様に広く感じられた。何と言っても、まだ、本が無いのだ。

 その屋敷に住むことになっていたのは、彼だけではなかった。

 最初の日の食卓で、顔合わせが行われた。

 父親とも会うのも初めてだった。母親よりはずいぶん歳がいった人だなあ、とまず彼は思った。

 だが歳がいっているのは、父親だけではなかった。

 食卓には、総勢八名がついていた。

 父親であるヴォータル氏。

 中年の女性が一人。

 それよりはやや若い女性が二人。

 彼女達よりはやや歳が離れているが、それでも自分よりはずいぶん歳のいった青年が一人。

 そしてあとは自分と同じか、それよりやや小さい少年少女一人づつである。


「さて」


 その席の一番上座についている父親はこう言った。


「そろそろ食事をはじめようか」


 それだけだった。そして彼はさっさと食事を始めてしまった。

 ちょっと待って下さい、と言ったのは、青年だった。


「紹介はして下さらないのですか?父上」

「今は何の時間だ?」

「食事です」

「では食事だ。自己紹介は、したいようにそれぞれがすればいい」


 そういうものか。

 シルベスタは案外驚いていない自分に気付いていた。何せ母親が母親である。「父親」の対応は彼女の対応と何やら大差ないような気がしていた。

 そして青年はやや仏頂面になりつつ、食事を始めた。中年女性は青年をやや心配気に眺めていたような気が――― した。

 そして食事の後でお互いに自己紹介をした。

 一番歳上に見えた中年女性は、父親の正妻だと言う。

 その近くに座っていたやや歳下の女性二人は、一人は愛人であり、もう一人は正妻の娘のプラティーナだという。

 青年は二番目の子にあたり、ゴールディンと言った。確かにプラティーナとゴールディンはやや似ていた。

 自分より歳下らしい少年少女は、少年の方が自分と同じ十歳でスティルと言い、少女の方はそれより二つ歳下で、アルミーナと言った。

 名前は前から聞いていたが、実際に会うのは皆始めてだった。


「この子の母親はいらっしゃらないのですか?」


 正妻は父親に訊ねた。


「一応呼んだのだがな。あれはそういう女だ」

「そうですか」

「シルベスタ、寂しいか?」


 彼はあっさりと首を横に振った。

 何だ薄情な奴だな、と父親は言った。

 別に薄情な訳ではない。そんな気は、彼にもしていたのだ。呼んだとしても、たとえ自分に愛情があったとしても、この初めて会った父親というひとを愛していたとしても、彼女は来ないだろう。

 それに彼は、母親がこの屋敷に居る光景は似合わない、と感じていた。彼女はあの本だらけの風景の中にいてこそ彼女なのだ。

 まあいい、と父親は言った。そしてきょうだい仲良くやれ、とも。

 実際きょうだい関係は彼らは良かった。

 それだけではない。正妻と、スティルとアルミーナの母親である彼女も、また平穏に過ごしていたのだ。

 まあ確かに時には小さな波風も立った――― が、それは決して大きなものにはならなかったのだ。

 不思議なものだった。


 尤も、それが「不思議」であると知ったのは、彼が外の学校へ行くようになってからである。シルベスタ自身はそういったことには気が回る人間ではなかったのだ。

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