第35話 感情の波に溺れる
「ラファエル!」
メインフレーム室に戻った反乱のリーダーを待ち構えていたのは、いまにも噛みつかんばかりの形相をしたリリスであった。
「話は後だ。地上の連中がまた行動を起こしたみたいだ」
味気のない言葉を投げかけたヴァンパイヤは中央コンソールのシートに着席すると、機動歩兵の情報を伝達する映像の山に目を向けた。
「ラファエル…私はいま説明して欲しいのよ」
アンドロイドの次は生身の人間が突入してくる…、と予測していた彼には機動歩兵の登場は意外であった。
正確にいえば地下研究所の世界しか知らない彼にとっては機動歩兵というものを目にするのはこれが初めてであったのだ。それゆえに彼は機動歩兵を巨大なアンドロイドと勘違いしていた。
メインフレームが表示する機動歩兵の情報をラファエルは素早く読み取った。
「…なるほど人間の操縦する兵器、か」
リリスは中央コンソールのスペースに腰を下ろすと人差し指を伸ばして映像機能をオフにするボタンを押した。対処を考える思考を中断されたラファエルの顔は自然とリリスに向けられる。
「お願いだから私を本気で怒らせないで」
ラファエルはリリス寄りにシートを少し回転させると彼女と対峙する体勢で顔を見上げた。いまにも感情を爆発させかねないリリスと、それとは対照的にあくまでも冷静なラファエル。
「おまえの欠点は感情の波に溺れるところだ」生徒を諭す教師のような口調でラファエルは告げた。「あの女は高等弁務官…地上の統治者だ。我々が地上へと出るのに必ず役に立つ。だからおまえに殺すなと指示をした。これで納得したか?」
「………」
ラファエルの言っていることは間違ってはいないだろうし、彼が生け捕りにした女に個人的な感情を抱いてないこともわかっていた。
しかしリリスの理性が納得していても感情は納得していない。なぜならばいかなる理由であれ自分以外の女がラファエルの興味を引くこと自体が許しがたいのだ。
「私とおまえが感情を楽しむのは地上に出た後でだ。前にも言った通りおまえに対する私の気持に偽りはない。だがいまは地上へ出ることにのみ専念すべきだ。それがわからぬおまえでもなかろう」
「…地上に出た後はあの女を殺してもいいのね?」
それがいまのリリスの嘘偽ざる関心事であった。
「おまえの好きにすればいい。だが頼むから感情の波に溺れて時間の無駄遣いをするのはやめて欲しい。これ以上私を失望させるな」
リリスは視線をそむけ沈黙が二人の間を訪れる。
彼女にとって最大の恐怖とは自分に対するラファエルの想いを失うことであり、いましがた彼が口にしたセリフはその可能性を示唆しているようにも受け取れた。
「あなたを失望させないと約束するから…」リリスは視線を戻してラファエルの瞳を見つめた。「…その代わりにあの言葉を私に言って欲しいの」
「言葉?」
「前に一度だけ私に言ってくれた言葉」
リリスの思いつめたような視線にラファエルの脳裏には過去の記憶が蘇った。あのときはお互いが自己を認めてくれる他人を必要としていた。無表情であるはずのラファエルの口元に微笑が浮かぶ。
「愛してる」
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