第6話 反乱勃発

「なんてことだ…」


 監視装置が映し出す映像にはセキュリティーと人工生命体との交戦が明確に中継されていた。


 まるで野菜か何かを切断するかのように警備員の首が次々と切断されるその光景はもはや現実離れした出来事にしか思えなかった。


 切断された首の動脈から吹き出る血潮は通路を赤い塗装で染めている。


「アンドロイドはどうした?」


 自分を呼び出した所員にスタブロフは訊ねた。


「それが…」


 所員は別の中継映像を指さし、そこには次々と魔法を放つエルフが警備アンドロイドの一隊を相手に奮戦していた。


「なんてことだ…」スタブロフは同じ言葉を繰り返した。「他には何体が逃走したんだ?」


 この研究所には高等知性体の彼ら以外にも、下等な魔物と合成したレベルの低い生物が存在していた。もちろん高等知性体もヴァンパイアとエルフ以外にも…。


「詳細は不明ですが相当数が我々のコントロールを…」


 映像群のなかには犬と魔物を遺伝子合成した生物が研究員に襲撃する様が映し出されていた。その生物の醜さ故にかあるいは研究員の襲撃される光景を直視できないのかスタブロフは目をそむけた。


「…なぜ、こういう事態が発生した?」


「メインフレームがウィルスに感染して約30%の機能が我々のコントロールを受け付けなくなりました。それで彼らに対する監視システムが無効化したのが原因です。おそらく彼らが端末からウィルスをダウンロードしたものと思われます」


「馬鹿な!」そしてスタブロフはあながち有り得ないことを思い出した。「奴らはそこまで進化していたのか…」


 先日のエルフの逃走劇とは異なり、今回のは大々的な逃走劇…いや反乱といってもいい。


「AIはどう対処法を提示している?」


「地上への緊急連絡と軍の出動要請を案として提示しています。いかがしましょうか?」


 AIの提示する対処法を実行すれば、軍に研究所内を踏み荒らされ研究内容が白日のものとなる。それだけは避けなければいけない。


「ここのセキュリティーだけで対処できないのか?」


「メインフレームが100%正常であれば…それにウィルス感染はいまも拡大中です」


 スタブロフは腕を組んで何か良い対処法がないものか思考をめぐらせる。しかし彼はこういう事態に対処するための専門家ではないので、AIが提示する以上の案は何も思いつかない。


「所長…」


 半ば怯え気味の声にスタブロフの思考が中断された。


「何だ?」


 所員は呆然とした顔で映像群のひとつを示した。


 そこには高等知性体のヴァンパイアが血まみれになった顔を監視装置に向けていた。


「所長、次はあなたの番だ」


 装置は破壊され映像が途切れる。


 コントロールルームが静寂に包まれ皆がスタブロフを見つめた。皆の心中に共通してあった思いは『ここにいれば殺される』…というもの。


「地上への出口をすべて封鎖しろ…いますぐにだ。最上層の防護扉は閉鎖後に内部起爆装置でロック制御を破壊するんだ」


 スタブロフは所長としての理性的な決断をくだした。


「しかし…それでは我々が地上に出られなくなりますよ」


 コントロールに居合わせた警備主任がスタブロフの指示に動揺を隠しきれないでいた。


「奴らが地上に出ることの方が問題だろうが…メインフレームへの通用口もすべて閉鎖するんだ。奴らにメインフレームを占拠されれば、最悪の場合ここの防御システムが我々に襲いかかってくるぞ」


 映像から伝わるガラスの破砕音。そして何かが派手に飛び散る音。スタブロフの背筋に寒気が走る。


「封鎖を実行後、高等弁務官に軍の出動を要請する」


 彼は事態に混乱するあまり高等弁務官がこの研究所内にいることをすっかり忘れていた。

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