第1話 復活!マスター・オブ・オーサーズの帰還!

【パラダイス・アンド・オース エキスパートルール】

第1条 総則

1) パラダイス・アンド・オースは対戦カードゲームである。ゲームをプレイするためには、必ず2名以上のプレイヤーの参加を要する。すべてのプレイヤーは相手プレイヤーに最大限のリスペクトを払い、互いを信頼し、ゲームプレイの円滑な進行のため、必ず助け合わなくてはならない。


===


この世には無数の法<ルール>が存在する。

偉大な法<ルール>と猥雑な法<ルール>。

勘違いしないでいただきたい。

我々はあくまで法<ルール>定義上、

自ら自由を放棄した者の集うこの土地を、

楽園と呼んでいるに過ぎません。

▲ 『役場の窓口係』スターターセット2016 ARテキスト


楽園から追放されたということは、

楽園には多分法<ルール>があったんだろう。

楽園に法<ルール>があったということは、

楽園には多分自由は無かったんだろう。

ではそんな場所を楽園と呼ぶことについて、

追放者であるお前自身は一体どう思うね?

▲ 『酒場の面倒な客』スターターセット2016 ARテキスト


===


「一生の不覚でした。あの時は本当に台本を読むのに必死で、まさか舞台裏まで撮影されてるとは思ってなかったんです。それがまさか公式記録として残されて、こんなインタビューまで受けなきゃいけなくなるだなんて、本当に自分で自分が嫌になってきますよ……。こんなの俺が憧れたマスター・オブ・オーサーズじゃない!史上最も情けないオーサーだ、俺は。ああ、また弱音吐いちゃった。失格失格!全国のちびっ子達の憧れマスター・オブ・オーサーズ失格です、本当!」


照れ隠しとも悔しさ混じりともとれる笑みを浮かべて、<マスター・オブ・オーサーズ>マリオネット北条ことアキヒト・ホウジョウは、あの伝説の第28回全国大会<バトル・パラダイム>の開幕における自身の仕事ぶりを、若き日の恥だと語った。


「語ること自体が守秘義務違反にあたるかもしれないんで、今も多くは語れないんですけどね。マスター・オブ・オーサーズの契約って、実はキャラクター設定の条項が物凄く細かいんです。口調からコスチューム、SNSでの発信内容、髪型から趣味から着ている服のブランドまで、大小含めて1200の取り決めがある。そして、そもそもその第一条が『顧客に弱音と受け取られる可能性のある言動及びこれに類する発信を行わない』なんです!なんたって、みんなの兄貴的存在、ですから」


申し訳ない申し訳ないとひたすらに、我々取材陣にまで頭を下げてみせる。ゲームマスターと呼ぶには些か腰が低すぎるその姿からは、確かに、全世界700万のプレイヤーを誇るパラダイス・アンド・オースの統括者たる存在<マスター・オブ・オーサーズ>としての威厳は感じられなかった。


「今になって思えば、『君はできる』にしても『諦めるな』にしても、マスター・オブ・オーサーズとしての私の言葉は自分自身に向けた言葉だったのかもな、とも思います。2038年時点で私はマスター・オブ・オーサーズの職について20年目を迎えていました。しかし全国大会の運営経験で言えば、たったの一回、それも中止に終わった「幻の27回大会」に立ち会ったに過ぎなかった。ちゃんと台本を読めるかどうかすら定かじゃない、文字通りの新米マスターだったんです、当時は」


今は少し色褪せて茶色味がかった<紅蓮>のアンチ・ウイルス・マスクを脱ぐ。その下からあらわれたアキヒト・ホウジョウの素顔は、我々がルールブック・コミックの中に見ていたマスター・オブ・オーサーズの、あの厳しくも気高い姿とはまた違った、優しくも気高い空気を纏った初老の男性だった。


===


2038年5月3日 スマイル・アンド・ハート・サイバー・ビジョン・コロシアム


観客のいない会場には、ただ、秒針の進む音だけが木霊していた。


か細い針も重力に逆らい、一刻一刻と、いつかは頂上にたどり着く。それは今は走り始めたばかりの新米プレイヤーが、一歩一歩と、いつかはチャンピオンシップの頂点へと駆け上がっていくように。


運命のバトルの幕開けは、6時丁度と決められていたはずのことだった。


「見たまえ諸君!」


広い会場の高台から、真っ赤な防護スーツに包まれた男が顔を出す。男が指さすその先を、真っ黒な防護スーツに身を包んだ総勢100名もの人々が眺めていた。


「今この瞬間、PAO大会運営委員会所管バトル標準時計測の針は2038年5月3日6:00:00を指し示した!これより、パラダイス・アンド・オォォス!!!エキスパートルール version 20380401!第11条第1項に従い、パラダイス・アンド・オォォォォス!!!第28回全国大会<バトル・パラダイム>の開場を宣言する!」


「……またそれにあわせ、2038年4月1日告示、国家衛生秩序維持委員会による1000名以上の参加が見込まれる大型イベント管理規定により、第1級大型イベント施設の封鎖解除を行います。開放ゲートウェイはA1及びA2、またB1及びB2。汚染許可指定区域はホールA及びホールBとなります。ゲート開放時、汚染大気が流入します。スタッフは総員、防護スーツ着用を再度ご確認ください」


「それでは気を取り直して、封鎖解除<リリース・ゲート>だ!!!」


第28回全国大会<バトル・パラダイム>運営記録によれば、2038年5月3日6:00:00ちょうど、司会進行マリオネット北条の注釈によれば見事な掛け声とともに、スマイル・アンド・ハート・サイバー・ビジョン・コロシアムの封鎖は解除されるはずだった。しかし十年近く開け閉めされてこなかったシャッターはどうにもオイルがすり減ってしまったようで、ギリギリと音を立てたまま真ん中あたりでモーターが空回りしたらしい。開設当初からコロシアムの維持管理をしてきた技術スタッフたちは手慣れたもので、どこからともなく持ち出してきた鎖で人力でシャッターを引き上げ、スケジュールの遅延自体は5分程度で事なきを得たという。しかし彼らの慣れた手つきそのものが物語る、あれから18年の月日が経ってしまったという揺るぎない事実。それを目の当たりにした北条の戦慄は、今となっても想像に難くはないだろう。


「ちょっとちょっとちょっと……!カンベンしてくださいよパクさん……!オープニングのしょっぱなであんなの見せられちゃ、国家衛生秩序維持委員会の皆々様方の心象悪くなっていただいちゃうでしょ……!これからすぐ滅菌消毒もやってもらわなきゃなんないんで時間もカツカツなんですよ……!」


司会進行用のド派手なアンチ・ウイルス・マスク越しに、マリオネット北条からは早くも弱気な言葉がこぼれ出たという。その一方で、技術スタッフ用の地味な防護マスクからも、こちらも技術主任シンザン・パクお得意の鋭いゲキが飛ばされた。


「そりゃこっちのセリフだボケ!お前みてぇな若造に何言ってもムダだと分かっちゃいるがな、二十年近くも本社が維持費ケチってたせいでコイツ<サイバー・ビジョン・コロシアム>はとっくに老いぼれてやがるんだよ!俺もコイツも老体に鞭打って動いてんだ!今更この程度の粗相でジタバタ騒ぐな!」


「シッ!やめてくださいって!防護スーツ越しでもツバが飛散する!そんなの契約社員の俺に言われても困りますよ!俺はもう、ただ、この第28回全国大会<バトル・パラダイム>が無事に始まって欲しい、本当に、それが心配で心配でたまらないからこうして言ってるだけで……」


「あのなぁ……。お前みてぇな若造が心配することじゃねぇって何度も言ってんだろ!安心しろよ、あのシャッターは旧制度ん時につけられた抗ウイルス機能もクソもないただの旧式シャッターだ。お役所の規定でチクチク突きまわされる封鎖障壁とは何にも関係がねぇ。連中が見るのはその外側の"鉄の壁"サマだよ」


気休めにもならない旧式シャッターが開かれると、その奥に鎮座していたのは我々も良く知るところである、あの重厚な「鉄の壁」だった。2021年の緊急増築によって突貫工事で備え付けられた、外気を遮断する英国ヨーク社製抗ウイルス仕様歯車式封鎖障壁、鋼鉄製の厚さ300mm、重さ9t。その後も新型ウイルスが出回るたびに改良を重ね、これは当時としては国内における大型イベント施設の封鎖障壁では、幕張メッセに次ぐ最高クラスの堅牢性を誇っていたとされる。


『おーい、パクさーん、壁、開けていいッスかー!』


「おう、開けろ!こっちも5分きっかりに封鎖障壁解放のアナウンス出すぞ!お前ら分かってんだろうな!国家衛生秩序維持委員会の皆さんいらっしゃってるからな!今日は全オーサーどもの復活祭だ!ヘマすんな!いつもどおりだぞ!総員防護スーツのステータスを指差し確認で開けろよ!分かったな!いつもどおりだぞ!」


『分かりましたー、壁、開けまーす』


「いつもどおりって……」


「いつもどおりは、いつもどおりだろ?」


「本当カンベンしてくださいよパクさん……」


BEEEEEEEEP!!!BEEEEEEEEP!!! 会場内に割れんばかりの警報音が鳴り響く。重々しい鉄壁は断末魔をあげながら、少しづつ、少しづつ外の光を漏らし始める。過去27回のパラダイス・アンド・オース全国大会を振り返っても、かつてここまで予算のかかった開場演出を施した大会があっただろうか? 人気声優アスナ・アシハラが歌って踊って開場を宣言した第18回大会と比較しても、警報音の騒々しさとはまるで比べ物にならない。伝説のオーサー足利バッドラックが暗闇の中で開場を宣言した第8回大会と比較しても、鉄壁一枚の与える緊張感とはまるで比べ物にならない。たった一点悔やむところがあるとするなら、そんなもの所詮、第28回大会は観客席の全てがビニールテープで封鎖されていた点くらいだろう。


「ああ……、光が……、外の光が少しづつ入ってくる……、扉が開く……」


「なんだよ辛気臭ぇな……。さっきまでは早く開けろ開けろってしつこく息巻いてたのに、いざ開くとなったら途端に怖気づきやがって……。もう大会始まるんだぞ!? 18年たってマスター・オブ・オーサーズのお前がそんな老け込んでたら全国のオーサーたちが悲しむだろうが……、顔上げろよチャンピオン!」


「パクさんには分かんないでしょうよ……。カードゲームってのはね、相手がいなきゃ出来ないんすよ……!それがどれだけクソ野郎で鼻糞ほじってカード触ってんだとしても、相手がいなきゃゲームは成り立たない。あの扉が開いたとき、誰もいなかったらって想像するだけで、俺は本当、吐きそうになって……」


「おいやめろやめろ!滅多なこと言うんじゃねぇよ!エキスパートルール更新項目、国家衛生秩序維持法との整合性の条項読んでねぇのか!?それ以上お前が体調不良を口にするんなら、俺は衛生上の観点からお前を大会運営に報告しなきゃならねぇ。それともお前、本当になんか患って黙ってんじゃねぇんだろうな?」


「心配しなくても、俺が患ってんのは昔からパラダイス・アンド・オース馬鹿だけですよ……。でも、こんなご時勢じゃないすか。馬鹿の俺から見たって、カードゲームの大会なんてどうかしてる。他の連中がこんな馬鹿に付き合ってくれるかどうかは、俺にはもう、なんていうか、あんまり自信なくて……」


「……それはお前、他のプレイヤーを疑ってるってことか?」


「そうじゃないすよ!……そうじゃないすけど。昨日、ニュースでも流れてましたもん。紙のカードで対面でゲーム遊ぶなんて、四半世紀前じゃあるまいし、馬鹿げてるって。役所まで巻き込んで監査入れて、防護スーツ着こんでまで集まって、そこまで理解してるんだったら、あえて対面に固執する理由が分からないって」


「ハハハ、それについちゃ確かに俺だってお前らの気持ちなんてサッパリ分かんねぇよ。でもお前も言ってたじゃねぇか。やっぱりまたもう一度、紙のカード並べて遊びたい、防護スーツ着こもうが、アルコールぶっかけられようが、それでも俺はやるべきだと思ってます、やらせてくださいってよ? 違うのか?」


「だからこそ、誰も来なくたって責められないんじゃないすか……。全身防護スーツに身をくるんで外出許可書発行してもらって、カードをスリーブに入れて、それをアルコール耐性スリーブに入れて、それを抗菌プロテクターに入れて、こんな馬鹿げた遊び、本当にまともに付き合ってくれるやついんのかって話で」


「おい、そろそろやめろ、それ以上言うなら違反だぞ」


「でも、実際そうでしょ? ただでさえパラダイス・アンド・オースは曰くつきですもん。国家衛生秩序維持委員会の皆さんも、初めからずっと本当にやるつもりかの一点張りだった。パクさんだって知ってるじゃないすか。この18年、俺らが会社からどんな扱いを受けてきたか……」


「やめろって言ってんのが分からねぇかな、違反行為なんだって、それ」


「なんすか、まさか疑ってんすか? 国家衛生秩序維持法には人権条項がある、感染履歴は民間業者に報告する義務はないすっよ。でも俺は本当にここ数か月このコロシアム以外の外出記録はないっす、それでも検査に行けっていうんなら、まぁ、ありがたく、行かせてもらいますけど」


「お前なぁ……、俺は国家衛生秩序維持法違反の話なんかしてねぇよ。俺が言ってんのはお前がパラダイス・アンド・オース エキスパートルールに違反してるぞってことだ!お前がそれ以上オーサー精神に反するクソみてぇな泣き言ほざくなら、第1条第1号に基づき、お前は相手プレイヤーへの背信行為で退場だ」


「やられた。まさかパクさんの口から、オーサー精神なんて言葉を聞く日が来るとは、やっぱ今日は記念すべき日になるのかも」


「馬鹿言うな。パラダイス・アンド・オース コンスティチューショナル<楽園と誓約の法規範>。須らく、GAOと記されたカードを手に取ったプレイヤーはそのルールの加護を受け、またそのルールを庇護する責務を負う。こんなことは日雇いでウチ入ったバイトスタッフだって最初に教わることじゃねぇか」


開く鉄壁の向こうから、見事に晴れた5月の日差しが闇へと差し込んだ。それはさながら威光のように技術主任シンザン・パクを背後から照らし、北条の目からは老いたメカニックの表情を覗うことは出来なかった。後の本人の告白によれば、この時パクはいつもの癖でパチリと指を慣らそうとしたが、指先からは防護スーツが擦れる情けない音しか響かなかったらしい。しかし都合が良かったのか悪かったのか、こちらも後の本人の告白によれば、その音もまた鉄壁の開く轟音に紛れ、北条の耳にはまるで"正しくパチリと鳴った"かのように聞こえていたそうだ。


「告示要求!マスター・オブ・オーサーズ!お前自身に、パラダイス・アンド・オース エキスパートルール第1条第1号の告示を求める!」


「……なんすか、それ」


「おいおい、お前の方が冷めてどうすんだよ!いいから答えろよ!ホラ!マスター・オブ・オーサーズ!告示要求!オーサーからの告示要求が出てんぞ!パラダイス・アンド・オースの全ルールを司り、悩めるオーサーたちに正しく道を指し示す、だったかなんだか、それがお前の仕事じゃねぇのか!?」


「パラダイス・アンド・オースを巡る全ての法<ルール>を司り、楽園に住まんと願う悩める誓約者達を導き、常に正しき道のみを指し示す者」


「はぁ?」


「だから、俺の仕事ですよ。<マスター・オブ・オーサーズ>。パラダイス・アンド・オースを巡る全ての法<ルール>を司り、楽園に住まんと願う悩める誓約者達を導き、常に正しき道のみを指し示す者。それが、俺の仕事」


「分かったよ……えー、マスター・オブ・オーサーズ!パラダイス・アンド・オースを巡る全ての法<ルール>を司り、楽園に住まんと願う悩める誓約者達を導き、常に正しき道のみを指し示す者よ!えーと、告示要求!お前自身に、パラダイス・アンド・オース エキスパートルール第1条第1号の告示を求める!」


「承知した!このマスター・オブ・オーサーズ!技術主任シンザン・パクの告示要求を許可しよう!私自身よ、心して聞くがいい!パラダイス・アンド・オォォォス!!!エキスパートルール version 20380401!第1条第1項!告示!パラダイス・アンド・オースはカードゲームである!ゲームを実行するためには、必ず2名以上のプレイヤーの参加を要する!すべてのプレイヤーは相手プレイヤーに最大のリスペクトを払い!互いを信頼し!ゲームプレイの円滑な進行のため!必ず助け合わなくてはならない!他者を信頼せよ!!!以上!!!」


「ほーら、お前だって分かってんじゃねえか。……いちいち手間取らせやがって。まぁ、今だけならオーサー精神に則り、ビギナー<若造>のルール解釈ミスは3回まで不問としてやる。どうだ、なんならジャッジ要求するか?」


「……いや、遠慮しておきます、これでも自分、このゲームのマスター・オブ・オーサーズなんで、ジャッジに自分、裁かせるわけにはいきませんから」


「それでいいんだよ、それで。ようやく調子出てきたじゃねぇか。お前もマスター・オブ・オーサーズなんて御大層な肩書ぶら下げてんなら、いくら実体が安月給の契約社員だろうが、オーサー精神に則り、エキスパートルール第1条第1号の告示結果ってのを一度自分の目で確認してみたらどうだ、なぁ?」


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「見てみろよ、扉、もう開くぞ」


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マスター・オブ・オーサーズことマリオネット北条、本名アキヒト・ホウジョウは、第24回から第26回まで前人未到の大会3連覇を達成した伝説のチャンピオン・オーサーであり、全世界数百万人のプレイヤーに対しパラダイス・アンド・オースの全ルール及びジャッジを司る法の支配人である。18年前、北条は3連覇と共にプレイヤーとしての自らのキャリアに終止符を打ち、華々しい実績を引っ提げて世界的ゲーム・カンパニー株式会社&・'-'・&(スマイルハート)に入社、めでたく全オーサーの代表者とも言えるマスター・オブ・オーサーズに就任した。


それから18年間、世界同時恐慌の最中にあっても、給与契約を十分の一に下げられても、彼がパラダイス・アンド・オース及びそのプレイヤーたちを疑った日はただの一度としてなかった。TCG業界が連鎖倒産の憂き目にあった日も、全てのカードショップが日本から消えた日も、彼はひたむきにパラダイス・アンド・オースのルールの更新情報を告示していた。後に彼を慕う人々が語ったところによれば、世界の全主要都市が往来を制限された日も、外出に防護スーツの着用が義務化された日も、彼はパラダイス・アンド・オースの新弾を確認していたらしい。


マスター・オブ・オーサーズことマリオネット北条が相手プレイヤーをゲームの駆け引き以外で疑ったとされる日は、2019年9月15日以前のプレイヤーとしての戦歴には存在せず、2020年4月1日以降のマスター・オブ・オーサーズとしての活動記録にも存在しない。驚くべきことに、これはSNSでの日常会話等を加味しても、の結果である。第28回全国大会<バトル・パラダイム>は、後に伝説の大会として語り継がれることになった。パラダイス・アンド・オース エキスパートルールに反したチャンピオン経験者が二人同時に生まれた大会。


その伝説の一度目のルール違反を、北条が犯したとされる所以である。


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---開幕以前、「プレイヤー」としてのマリオネット北条は、第28回全国大会<バトル・パラダイム>をどのように見ていましたか。


「外出制限令以降、全国大会規模で考えるパラダイス・アンド・オースのメタゲームは事実上停止していました。リモート・オースでの流行やオンライントーナメントでの結果は数字として表れてはいましたが、第28回大会が対面で行われるとアナウンスが出てからは、カードの流通も若干鈍るようになった。国家衛生秩序維持委員会との調整がバタついたこともあって、大会直前に制限カードが27枚も発表された形になってしまいましたしね。感覚的に、目に見える動きはもう全てトップ・オーサーたちが見せ札をやってる段階なのかな、と思ってはいましたが。ようするに、参加者と同じようなことしか見えていなかった、ということです(笑)」


---なるほど。では実際の結果を見てのご感想はいかがでしょう?今大会からキーカードとなるような存在も複数生まれたように思えましたが。


「それはもしかして、<読む気も起きない分厚い自伝>とか<薄汚い犬>とかのことを言ってます?(笑)まぁ身を切る冗談は抜きにしても、一運営として、やはり全領域で社会変革をデッキに採用してもらえたのは非常に嬉しかったです。社会変革シリーズは、対面での大会を復活させようと決めた段階で、その目玉として、大会に対する我々の覚悟を社会に示す一種のメッセージ・カードとして企画されたシリーズでした。既存のカード効果を読み替えるという法<ルール>解釈変更効果については、マスター・オブ・オーサーズとしてはかなり"暴れる"気がして採用にはちょっと不安もあったのですが、まぁ、結果的には良かったということで」


---それでは……、「マスター・オブ・オーサーズ」としてのマリオネット北条様に、第28回全国大会<バトル・パラダイム>の感想を拝聴したく。


(紅蓮のアンチ・ウイルス・マスクを慌てて装着する北条)「私はパラダイス・アンド・オースを巡る全ての法<ルール>を司り、楽園に住まんと願う悩める誓約者達を導き、常に正しき道のみを指し示す者。全ての勝利は法<ルール>に宿命づけられており、全ての敗北もまた法<ルール>に宿命づけられている。どのような結果も、全てはオーサー<誓約者>たちの進む先に表れた結果の一つだ。その良し悪しを俯瞰するような立場にはない!ただ一言。法<ルール>を司る者として。諦めることも、離れることも、逃げることすら許されたあの場にあって。また再び楽園を目指すと、法<ルール>に恭順するとキミ達が決めてくれたこと、私は、誇りに思う!」


===


大会公式記録によれば、この日スマイル・アンド・ハート・サイバー・ビジョン・コロシアムの外には、6:00時点で既に24名の参加者が待機していた。待機列が集団化するため集合時間に差をつけた大会運営委員会の計画によるものだったが、南はフィリピン、北はサハリンから訪れた参加者たちにとって、これはかなり不満の残る対応であった。それもそのはず、この当時の東京は現在と比較しても外出制限が厳しく、大会運営の指定したオンボロホテルを嫌って独自に行動する者も少なくなかった。いっそ通気が良い分野外の方がまだマシと、彼ら始発組の一部は管理区域である新宿からコロシアムまでコソコソ歩いて移動していたのだ。(これは後に要反省事項として集合場所を分割するシステムへの変更につながっている)


「おいおい、なんや18年ぶりに来てやったのにどいつもこいつもしけた顔しくさってからに!優勝候補サマのご尊顔にド頭から次亜塩素酸ナトリウム吹きかけるのがお前らなりのオモテナシとでも言うんかコラァ!?」


「まったく……。防護スーツ着用済みとはいえ、こんな連中と待機しているだけで空気が澱んでいくかのようだ。さっさと滅菌手続きを進めてもらいたい、私のカード達が外気に触れてしまった、汚らわしい……」


「うわぁ。なんだあの厳重な警備。もしかして申請書類まだ何枚も書かなきゃいけないの!? 勘弁してよー。医者らからも書類、役場からも書類、今度はスマイルハートにも書類?もう俺やだよー!」


『おい!勝手に入場するな!参加者は一人づつ入場手続きを行う!』


「こちとら18年前から待っとったんじゃ!お前こそ無駄口叩く暇あったらとっとと滅菌処理でもなんでもやらんかいアホ!これだけの強豪たちが朝の5時からだだっぴろい広場で距離とって立ち尽くしてたんやぞ!」


「遺憾だが、そこのアホの言うとおりだ。国家衛生秩序維持委員会の職員はどこにいる? いち早く会場内の大気情報の開示を行っていただきたい。アンチ・ウイルス・スーツ着用でのカードバトルなど前代未聞だからな」


「なんで役所って肝心なとこオンライン手続きにせずにいまだに紙の書類で申請させんの? カードの持ち込み許可んときにレアカードの値段書いたら美術品で再申告しろとかさ、あれってもしかしてまたここでもやんの?」


『おい!いっぺんに騒ぐな!防護スーツ越しでもツバが飛散する!』


異常な熱気。異常な密集。異常な気配。今にも崩壊しそうな衛生秩序。まさにその時であった。今にも入場口に詰めかけんとする血気盛んなオーサーたちの前に、あの、懐かしくも古臭い往年の美声が轟き響いたのは。


「血気盛んでなによりだな、若きオーサー諸君!18年間変わらずその熱気を保ち続けていてくれたこと、この私からも礼を言わせていただこう!しかし残念ながら、君たちもかつてほどもう若くはない!防護スーツ越しとは言え、大人として相手プレイヤーとの適切な距離感は保っていただこうか!!!」


「ちっ……このいけすかん声は……」


「奴だな」


「昔からノリがきつかったからなー」


闇に包まれたエントランス・ホールの奥。その一段高い大会運営特設解説席に、彼の姿はあった。以前と変わらぬ紅蓮のオーサー・マスクに身を包み、以前と異なる深紅のアンチ・ウイルス・スーツをその上からさらに身に着けて。


「あえて、あえてこう言わせていただこう!ようこそ!チューズン・オーサーズ<パラダイス・アンド・オース馬鹿>の諸君!この栄誉あるパラダイス・アンド・オォォォォス!!!第28回全国大会<バトル・パラダイム>の舞台へ!!!そう!私こそがマスター・オブ・オーサーズ、マリオネット北条だ!!!」


「ええ加減五月蠅いわボケ!40も超えてギャアギャア騒ぐな!」


「その声は<性根の腐った>クロスガワ!和歌山からはるばるありがとう!第25回大会ぶりだな!相変わらず良いファイティングスピリットだ!」


「な、なんやコイツ気色悪い……」


「北条、貴様も相変わらずでなによりだ」


「その声は<人間不信の>スクイ・アガキ!……キミも来てくれたのか!……いや、キミは必ず来てくれると信じていたぞ!」


「……そう言いたいなら、まずその言葉に詰まるな……」


「これもしかしてトイレも申請方式なの?なら早くしてほしいんだけど」


「その声は<不平不満の>コウミョウジか!?ようこそ、そしてありがとう。キミの華麗なプレイがもう一度見れる日が来るとは、私は思ってもみなかった」


「あ、ああ、相変わらずで調子狂っちゃうなホント……」


===


18年の月日は短くはない。トップ・オーサーたちがどれだけ「相変わらずだ」と口にしたとて、何一つ変わらずにいられるものなどあるはずもなかった。コレクター・オーサーがどれだけカードを大事に扱おうと、スーパー・レアな初版カードが劣化していくのを止められないように、本当はあのころから全てが変わってしまっていた。スマイル・アンド・ハート・サイバー・ビジョン・コロシアムは老朽化が進み、観葉植物にはうっすら埃が積み重なっていた。マスター・オブ・オーサーズの紅蓮のオーサーマスクも、あの頃と比べれば随分色褪せて赤茶けていた。そしてなにより、18歳の年を重ねたマリオネット北条自身が、因縁のライバルたちとの再会に涙をこらえるあまり、少しばかり、声が上擦ってしまっていた。


「ああ、開場のときの映像も残ってたのか……。これきっついなぁ……。いやぁ、やってる時はこんなヤジ飛んでるなんてほとんど気づかなかった……。クロスガワもアガキもコウミョウジも、こいつら公式アカウントにさえこの口調このキャラクターでリプ送ってくるんですよ……?信じられます……? こっちが歳食って必死になってキャラクター守ってるとも知らずに、本当、何一つ変わらず……」


それは当時としても異常な光景だった。何もかもが変わってしまったこの世界で、何もかもが変わってしまったことを理解していながら、何もかもが変わっていないかのように人々が振舞おうとしていたのだ。防護スーツに身を包み、訳の分からないフィルムでカードを保護し、それでもなお対面でカードゲームを遊ばんとして。しかし異常であっても、違法な光景とはまだ言えなかった。場は静かに秩序を湛えていた。この世界には無数のルールが存在する。パラダイス・アンド・オース エキスパートルールもそうした無数のルールの内の一つだ。この世界は無数のルールによって構成されている。国家衛生秩序維持法もまた、そうした無数のルールの内の一つだ。多くの法律によって社会全般のルールが形作られるように、そうして折り重なった無数のルールは、時にそこに新たにルールを生み出すことがある。


「当時はまだ<プロテクティド>なんて言葉は存在しませんでした。だからそもそも第28回大会のレギュレーションは<スタンダード>です。たまたま参加者全員が防護スーツ着てただけ、という建前。PAOプレイヤーズガイドを見てもらえば、おそらく戦績は<スタンダード>にカウントされてますよ。本当に、お役所の指示に違反しないように、かつてあったエキスパートルールに突貫工事で手を加えて、なんとかルール上対面でカードゲームやってもいいように体裁を整えただけだった」


エキスパートルールと国家衛生秩序維持法。一見相反するその二つのルールは、これを同時に守らんとする大人みたいな子供、子供みたいな大人たちの手によって、この世に新たなゲームルールを生み出した。パラダイス・アンド・オース エキスパートルール version 20380401、通称「国家衛生秩序維持法特別対応規定」。全プレイヤーがカードゲーム用に改造された特別アンチ・ウイルス・スーツに身を包み、アルコール除菌に耐性のある特殊スリーブにカードを収納することを義務付けたルールによるマッチ<プロテクティド>のレギュレーションは、この日、東京でか弱い産声を上げた。しかし当時としてはまだ、それは異常な光景であり、また、すぐに違法になりうるかもしれない儚い光景でもあった。


「国家衛生秩序維持法特別対応規定は、カードゲームのルールとしても公衆衛生の管理規定としても、未熟な法<ルール>でした。ゲームルールも法律も、実運用の中で法<ルール>として確立されていくものなんです。40枚のカードの消毒方法は?公衆衛生に違反するプレイヤーへの罰則は?アンチ・ウイルス・スーツの品質は?今皆さんがご存じの<プロテクティド>のレギュレーションは、全てこの大会の実績を踏まえて決められている。つまりは、まぁ、揉めた大会だったってことです」


version 20380401こと国家衛生秩序維持法特別対応規定には、後のエキスパートルールには見られない特殊な条項がある。それは第0条、本来ならパラダイス・アンド・オースのプレイヤー理念を指し示すこの段落に臨時的に差し込まれた一文だ。そこには全プレイヤー、いやおそらくは社会全体にパラダイス・アンド・オースの責務を示すかのように、このような規定が書き込まれていた。『第0条特別条項 マスター・オブ・オーサーズ及びPAO大会運営委員会は、国家衛生秩序維持委員会と協議の上、ゲームルール運営における国家衛生秩序維持法との整合性を図り、その指導勧告の内容を既存のパラダイス・アンド・オース エキスパートルールと等しく扱うものとし、また全プレイヤーにそれを告示する責務を負う』、と。


===


「……もういいからいつものやるか?」


「そうだな、あまり待ちたくない」


「今回大会流石に受付時間早すぎるよ」


「「「告示要求!マスター・オブ・オーサーズ!第0条特別条項により、パラダイス・アンド・オース エキスパートルール第11条第2項の告示を求める!」」」


「フフフフフ!久々だな!だがやはり良いものだ!良かろう!見たまえ諸君!今この瞬間!PAO大会運営委員会所管バトル標準時計測の針は2038年5月3日6:30:00を指し示した!今ここに!パラダイス・アンド・オォォォォス!!!エキスパートルール version 20380401!第11条第2項に従い、パラダイス・アンド・オォォォォス!!!第28回全国大会<バトル・パラダイム>の受付開始を宣言する!!!」


「……またそれにあわせ、2038年4月1日告示、国家衛生秩序維持委員会による1000名以上の参加が見込まれる大型イベント管理規定により、第1級大型イベントの参加者滅菌を行います。受付ゲートウェイはA1及びA2、またB1及びB2。汚染許可指定区域はホールA及びホールBとなります。所定書類の用意を今一度ご確認ください」


===


「……それでは気を取り直して、戦闘開幕<バトル・スタート>だ!!!」


===


<インタビューイ紹介>

マリオネット北条/アキヒト・ホウジョウ

初代マスター・オブ・オーサーズ。<操り人形>の異名で知られる日本を代表するオーサー。黎明期から活躍するベテランプレイヤーの一人で、クリーンプレイを信条にPAOのプレイマナー向上に熱心なことでも知られる。競技人口最多と言われた24回〜26回全国大会にて三連覇を果たし、26回には自身初となる七大陸対抗戦を征した。<操り人形>は相手法治下にある市民のコントロールを奪うトリッキーなプレイスタイルによって付けられた異名だが、オーサーらしからぬ優等生気質、またマスターとしての立場もあり、運営の<操り人形>と揶揄されることも多い。


【主な戦績】

第22回全国大会 ベスト8

第23回全国大会 準優勝

第24回全国大会 優勝

第25回全国大会 優勝

第26回全国大会 優勝

第14回七大陸対抗戦 ベスト8

第15回七大陸対抗戦 準優勝

第16回七大陸対抗戦 優勝

アジアカップ2014 ベスト16

アジアカップ2015 優勝

アジアカップ2016 ベスト4

アジアカップ2017 優勝

ジェノサイド・アイランド・バトルトーナメント ベスト8(生存)

人権争奪シャドウ・インスティチューション   人権剥奪(のち復帰)

オールレアアンティ・サバイバル・ネイション  -11,280,000円(途中離脱)


聞き手/文責:赤野工作

編集:プレイヤーズ・チョイス編集部 2056/04/25

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