希望、小二。そのに

 ノゾムは、影人間が見えているフリをして、ノゾミを怖がらせている。そして、怯えたノゾミの姿を見て、楽しんでいる。僕は、なんとかノゾムを止めようとしたけれど、その前にノゾミはとうとう泣き出してしまった。必死でクッションにしがみつき、声を押さえようとしている。だが、悲しい事に、声は漏れ聞こえてしまっている。そのノゾミの姿や泣き声が、ノゾムの悪戯に拍車をかけているようだ。外に遊びに行けないストレスを発散させている。ノゾムは、生き生きと、声とそこかしこを叩く力を強めている。僕は大声を上げて、ノゾムに警告した。しかし、遊びに夢中になっているノゾムには、まるで聞こえていない。僕は、ビクビクしながら、玄関の方へと向かった。すると、玄関へ向かう扉が静かに開いた。

 扉の向こう側には、ママが立っていた。リビングの温度が、グッと下がったように感じた。

「ノゾム!!」

 ママの怒声が飛び、一瞬にして、リビング内は静まり返った。ノゾミは、クッションを投げ捨て、ママに抱きついた。それでも、ノゾミは泣き止まず、嗚咽を漏らしている。顔面蒼白のノゾムは、俯いたまま唇を噛んでいた。

「ノゾム! なにやってたの!?」

 鬼の形相のママに、僕まで背筋が凍った。ノゾムは、怯えた表情で、狼狽えている。

「なにをやっていたのかを聞いてるの!?」

 ママは、ノゾミの頭を撫でながら、真っ直ぐにノゾムを見つめている。

「・・・ゆ・・・幽霊を追い出そうと思って・・・」

「本当に、幽霊が見えていたの?」

「・・・うん」

「本当に? 本当に見えていたの?」

「・・・うん」

「その割には、楽しそうに見えたけど? 幽霊が見えて嬉しかったの?」

 ママの問いに、ノゾムはハッとして、俯いた。だから、僕は警告したのに。ノゾムは、遊びに夢中で、ママに見られている事に気が付かなかった。僕には、ママが帰ってくる音が、ちゃんと聞こえていた。

「ノゾム! どうなの!?」

「・・・ごめんなさい」

 突然、ノゾムは泣き出し、その場でへたり込んだ。テレビとソファの間で項垂れているノゾムに、ママは厳しい視線を送る。そして、ノゾミを促して、テーブルの椅子に座らせた。

「いつもいつも、人を嫌な気持ちにさせて、なにがそんなに楽しいのよ! 馬鹿じゃないの!? 自分よりも弱い子ばかりをイジメて、本当にカッコ悪い! あんたまさか、学校でも弱い者イジメしてるんじゃないでしょうね!? そんな最低な奴は、うちの子じゃないからね! そんな奴こそ、追い出してやるわよ!」

 怒りに満ちたママは、本当に怖い。僕は、火の粉が降りかからないように、頭を下げてゆっくりとノゾミの足元にやってきた。ノゾムの事も気になるけど、彼の場合は自業自得だし、今はノゾミの方が心配だ。ノゾミの足元でお座りをして、彼女を見上げる。ノゾミの泣き声が治まりだしたかと思ったら、今度はノゾムの泣き声が響いた。これで少しは反省し、ノゾミや僕に対する嫌がらせを止めて欲しいものだ。

 ママは怒りが治まっていない様子だけど、それでもキッチンへ向かって、夕飯の支度を開始した。包丁でなにかを切っているようだけど、いつもより音が大きい。まるで、食材に怒りをぶつけているように感じた。

 僕が、ノゾミの足元で丸くなっていると、衣擦れの音が聞こえて顔を上げた。すると、ノゾムが目元を擦りながら、玄関へと向かっていく姿が見えた。遊びにでも行くのだろうか? もうすぐ夕飯なのだが。急いで立ち上がって、玄関へと向かった。僕が玄関に着くと、ノゾムが外へ出ていこうとしていた。玄関扉を押していて、薄暗い外が見えた。

「ノゾム! どこ行くの?」

 僕が、声をかけると、ノゾムは驚いた顔をして、慌てて外に飛び出していった。直感的に『これはまずいぞ』と感じた僕は、大急ぎでキッチンへと走った。ママの足元に着くと、ママに報告した。

「ビックリした! 急に吠えないでよ。ホップどうしたの? 吠えちゃダメでしょ?」

 ああ、くそ! どうしたらいいんだ? 僕は、なんとかママに気づいて欲しくて、必死で訴える。ママが眉間に皺を寄せて、僕に近づいてきてしゃがんだ。そのタイミングで、僕はソファの前まで走った。先ほどまで、ノゾムがいた場所だ。そこで振り返って、また大声を出した。

「もう、どうしたのよホップ。遊んで欲しいの? 今ご飯作ってて、手が離せないからまた後でね」

 それでも、僕は声を張り続けた。

「ノゾム! ホップと遊んであげて! ―――ノゾム返事くらいしなさい! はあ、まったく。ノゾミ、ちょっとお願い」 

「うん」

 ノゾミが椅子を引いて、立ち上がる音が聞こえた。ノゾミはソファを、回り込むようにやってきた。目を赤く腫らせたノゾミが、ハッとしたような顔を見せて、キッチンへと振り返った。

「ママ! ノゾムいないよ!」

「え!? 嘘!? あの子、どこいったのよ? 二階?」

「たぶん、行ってないと思う」

 ノゾミは、首を左右に振りながら、僕を見た。このタイミングだ。僕は玄関へと走って行き、玄関扉に向かって叫んだ。後ろには、ノゾミが僕についてきていて、慌ててリビングへと戻った。

「ママ! ノゾム外に行ったんじゃない!?」

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