第3部:燃え上がる大地 第13章:エピローグ 前半

 三日間にわたって燃え盛った炎がようやく下火になったとき、アルデガンは変わり果てていた。


 結界の源だった宝玉を収めたラーダ寺院の尖塔は崩れ、魔物を封じていた岩山は完全に姿を消していた。炎が振り注いだ城壁や建物にはいまだに燃えているものも煙を立ち登らせているものもあった。結界を失い魔物が解き放たれたアルデガンはもはや封魔の城塞ではなかった。こじ開けられ焼け焦げた空の檻だった。

 とはいえ金色の翼の魔物が炎をかなり吸い上げたために見かけよりは被害が少なく、人的な被害はさらに少なかった。死者はゴルツとアザリア以外に運悪く炎の直撃を受けた者が数名。大きな火傷や傷などを負った者もそういなかった。火災の規模を思えば奇跡的とさえいえた。


 しかし人々の心に残された爪跡は深刻だった。その荒みようは焼け跡など足下にも及ばぬものだった。


 アザリアの書状を直接目にした者は砂地の四人だけだったが、城壁にいた者たちはリアの訴えやゴルツの叫びから事情を悟っていた。なにより外界から襲いかかったあの凄まじい火の玉の姿を見た者ならアルデガンが外からの力で破られたとしか思いようがなかった。裏切られ背後から襲われたものと誰もが感じた。

 しかも追い討ちをかけるようにもたらされた戦禍の知らせは、アルデガンの人々、ことにノールド出身の者にとってあまりにも残酷なものだった。



 焼け跡と化したアルデガンには王城リガンからきた小隊の姿があった。火の玉の標的となったアルデガンの状況を把握し、もし生き残りがいたなら緒戦で失われたノールドの兵力に組み入れることが目的だった。

「わずか二日でこれだけの村々が焼かれ滅ぼされた! 生存者も確認されていない!」

 読み上げられた村の名前を聞いた人々の悲鳴や怒声に負けじと小柄な小隊長は声を張り上げた。

「この地を襲ったあの火の玉もレドラスが放ったものと確認されておる。レドラス許すまじ! レドラス討つべし! 我と思う者は遠征隊に志願せよ!」

「レドラス許すまじ!」洞門前の砂地に集まった人々の叫びは地鳴りのようだったが、野太い声がその響きを突き抜けた。

「遠征隊? おかしいではないか。今聞いた村の名前ならば敵はノールド領内深く攻め入ったはず」

 大熊のようにボルドフが立ち上がった。

「領内の迎撃なのになぜ遠征隊なんだ。何か隠しているな!」


 あたりの空気が変わった。怒鳴り返そうとした小隊長は自分が猜疑の視線の只中にいることに気づいた。

「じゃあ、おれたちの村が焼かれたのも嘘か?」

「嘘なんだろう!」「嘘だといって!」

「ま、待ってくれ! 嘘じゃない、嘘じゃないんだ!」

 殺気だった人々に詰め寄られた小隊長は悲鳴をあげた。

「レドラス軍が南部平野一帯を焼き払ったのは本当なんだ。だが我が軍が迎撃に向かったときには、なぜかレドラス軍はもう壊走していたんだ」

「どういうことだ? なにかわからないのか!」

 ボルドフの巨体に威圧された小隊長は後じさった。


「……捕虜を何人か捕まえたんだが信じられないことばかりいうんだ。魔物の大軍に蹴散らされたとか、王が吸血鬼に吸い殺されたとか……」

「吸血鬼だって?」

 人垣から跳び出した赤毛の若者が小隊長に掴みかかった。勢い余った自分の手が相手の首筋を絞め上げているのにも気づかず、彼は小隊長をゆさぶった。

「本当なのか? どうなんだっ!」

「やめろ、アラード! 手を放せ」

 ボルドフがアラードを引き離したおかげで小隊長はやっと声が出せるようになった。

「……捕虜にした将軍がそういったんだ。小娘の姿をした吸血鬼が王を襲ったと、大剣で串刺しにされても全くひるまずたちまち王を吸い尽くしたと。

 でも、本当かどうかもわからないんだ。王の死骸らしきものは見つからなかった。逃げた王をかばうために嘘をいっているだけかもしれないんだ」

「魔物がいた痕跡は?」

 蒼白になり立ち尽くすアラードを押しのけボルドフが低い声で訊ねると、小隊長ははっきりとうろたえた。

「あったんだな! ならばなぜレドラス軍の壊走を隠した!」

「理由なんか知らない、ただいうなと命令されただけなんだ」

「王宮の意志か……」苦々しげにボルドフが呟いた。

「レドラス軍が統制を失い壊走したのを好機と見て遠征隊を組織しようという気か。村を焼かれた者の憎しみを煽って……」


 ボルドフは仲間たちに向き直った。

「レドラス軍の狼藉は事実だ。それは疑いない。だが遠征隊には参加するな。それでは今度は我らがレドラスの民を殺めることになるぞ!」

「でも、レドラスは断じて許せない!」

 一人が叫ぶと、砂地はたちまち怒号のるつぼと化した。

「冷静になれ! 我らは人々を守るために魔物たちと戦ってきたのではないか。おまえたちはその誇りも忘れて人間に刃を向けるつもりか!」

「やつらは人間なんかじゃないっ」「あいつら悪魔だ!」

 同調する者、反論する者の怒声や悲泣が入り乱れたが、裏切られたという思いに加え故郷の無残な最後を知らされた者たちの怒りは、憎しみはもはや誰にもとどめようがなかった。

 結局、午後になるとノールド出身の者の大多数が小隊とともに王城リガンに向けてアルデガンを出ていった。



「あの金ぴかの化物の説教が正しかったというのか!」悔しさを隠せずボルドフは吐き捨てた。

「これでは西部地域の愚行の二の舞だというのに……」

「隊長はこれからどうなさるおつもりですか?」

「アルデガンを出た魔物を追うつもりだ」

 背後から訊ねるアラードの声にボルドフは即座に答えた。

「南下して国境を越えたというがそんなことはかまわん。どこの民であれ魔物の餌食になる者を一人でも多く救いたい。今までと同じことを続けるだけだ。

 それより俺はもう隊長ではないぞ、アラード」

 苦笑しつつ振り返った巨漢の表情が引きしめられた。

「私もいっしょに連れていってください!」

「……かまわんが、なにをそんなに思い詰めている?」

 若き戦士は剛剣の師に魔物たちと去ったリアとの誓いのことを打ちあけた。


「それで魔物たちを追うつもりか。だが解呪の技はどうする? 俺にはあんなもの教えようがないぞ」

「それは、あの方にお願いするしかありません」

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