『宇宙戦争/撃沈戦記』 第一話/駆逐艦〈くろはえ〉

幸塚良寛

1.Far Contact-1

 重力震をキャッチしたとの報告に、高橋少佐は顔をしかめた。

 告げられたことの内容と、報告してきた部下の上ずった声の両方にだ。

「見つかったか……」

 ちいさく呟く。

(ツイてない)という一語は、うなり声といっしょに喉の奥底で噛み殺した。

 指揮官が不運を口にしたりすれば、それが未来の事実になりかねない(と部下たちが懸念する)からだ。新兵も同然の部下たちを浮き足立たせるような真似は、指揮官として厳に慎まねばならなかった。

「周辺警戒、厳にせよ。旗艦命令に着目。フォーメーション変更待機」

 淡々とした口調を意識的にたもって指示を出す。

 重力震――宇宙空間のどこか一点に起因し、虚空を伝播拡散してゆく重力波の揺れは、天体現象でなければ、航宙船の遷移時に発生するのがほとんどだった。

 光の速さを超えるため、自分たちが往来しているこの宇宙――常空間から、別の宇宙へ跳び込む際に、時空を波うたせる、いわば衝撃波が発生するのである。

 つまり、現在の高橋少佐、彼女の部下たち、指揮下にある駆逐艦フネ、そして僚艦と、それらのフネが護衛している他艦艇群からすると、進路前方の何処かに伏在していたのだろう『敵』が、自分たちを発見し、それを自分の『本隊』に通報するため、持ち場から移動していったと推察できるのだ。

 広漠無辺たる恒星間空間にあって、しかし、星から星へと渡る、もっとも経済的な航路は限られている。ことさらムダに時間や燃料を浪費し、冒さなくても良い危険を甘受する必要などないから当然のことだ。

 が、そうはいっても、そうそう不意の遭遇などは起こらない。

 そうした意味では、(ツイてない)――まったく、その通りなのではあった。


 高橋少佐が指揮する駆逐艦〈くろはえ〉は、大倭皇国連邦宇宙軍護衛艦隊に所属している一艦である。

 護衛艦隊は、宇宙軍実戦部隊を四つの大艦隊に区分するうち、恒星間空間をわたる非戦闘航宙船舶の護衛を任とする戦闘組織だ。

 母国たる大倭皇国連邦が、〈ホロカ=ウェル〉銀河系最大最強の超大国、〈USSR〉(United Stars & Systems Reunion)――〈大銀河帝国〉から故無き戦争を仕掛けられて既にいくとせ

 宣戦なき奇襲によってはじまった戦争は、緒戦……、いや開戦前の段階において、の国に対する防塞であった星系、〈砂痒〉を失陥せられはしたものの、後の〈央路〉星系における戦いで敵主力艦を多数撃破し、その勢いをおおきくぐことに成功。

 現在は、大倭皇国連邦南方星域群への侵攻をこころみつづける敵と対峙し、戦況は膠着こうちゃく状態となっていた。

〈USSR〉、大倭皇国連邦ともに一歩も退くことなく干戈かんかを交え、前線に対する支援もまた同じ。

 駆逐艦〈くろはえ〉を含む輸送船団は、こうした状況のもと、前線星系、また部隊への補給を実行すべく、内地を発して航路を消化している途中であった。


――すぐには敵襲はない。

 自分に言い聞かせるように、高橋少佐は思った。

 移動はともかく、通信技術に光速を越えるすべは無い。

 つまり、情報を最速で伝える手段は、敵味方とも、現時点においては航宙船による『伝令』あるのみ。

 であれば、敵が複数放っていたのであろう偵察通報艦の一隻――自分たちを見つけたその一隻が、所属している本隊のもとへ遷移し、司令部に報告をあげ、そこで検討がおこなわれて、本隊艦艇群の移動準備が完了するまで、敵艦隊が遷移でこちらに跳び戻り、襲いかかってくることはありえない。

 だから、時間的な余裕は、幾ばくかなりとも有るには有るのだ。

(可能であれば、その間にこっちも『跳んで』逃げられれば良いんだが……)

 そう思うが、同時に、(無理だろうな)と苦くかぶりを振らざるを得ないのも、また自明であった。

〈くろはえ〉、そして〈くろはえ〉を含む駆逐隊が護衛している輸送船団は、そこまで迅速に遷移を実行できまい。

 民間の輸送船舶は、なにより経済原則に支配された運行をなされるものであり、航行規範マニュアルには基本、アドリブ対応は含まれてない。軍用のそれと較べて船舶性能自体も劣っているし、そもそも、その乗員たちからして船団を組む事に慣れてないのである。

 いたずらにスケジュール外の遷移を実行したりすれば、多数の迷子をだしかねなかった。

 なんとか敵のあぎとを脱せても、遷移後、何処にバラけたものやら見当も付かぬ無数の独航船をあてなく探し回ることになりかねない。急を凌げたように見えてその実、かえって目も当てられない結果となってしまうことだろう。

 そうなれば、直接手をくだしてこちらを撃破するまでもなく、前線に対する補給の邪魔をするという目標を敵は達成することとなる。

 高橋少佐は、(部下たちにバレないようにソッと)溜め息をついた。

 と、

「旗艦より通信」

 船務長が言った。

「『航行序列『へい』ヲトレ』とのことです」

 指向性の鋭利なレーザー通信にて達せられてきた符丁を伝えてきた。

「了解。――航法長、航行序列、『丙』と為せ。船務長、第二種戦闘配置、発令せよ。主計長は、ただちに全乗員チェックを実行」

 旗艦からの指示に、高橋少佐は一瞬息を呑んだ後、部下たちにむかって対応命令を発していった。心の中では、ますます舌打ちしたい思いが強まっている。

 航行序列『丙』は、事前に決められてあった船団航行隊形のうち、もっとも危機的な状況に備えるものとされていたからだ。

(旗艦は、敵の戦力をそれほどのものと考えているのか……)

 高橋少佐は、そこに息を呑み、

(これは死ぬ、かな……)

 目の前の制御卓コンソール――ディスプレイ上に、自分の指示に応じて準備がととのっていく様を見つめながら、そう思った。

 貧乏くじを引かされたとの思いもつよくなる。

 この輸送船団において、航行序列『丙』は、高橋少佐が指揮する駆逐艦〈くろはえ〉に、もっとも大きな負担を強いるものだったからである。

(船団司令は、艦隊駆逐艦を過大評価しすぎなのではないか)

 知らず知らずのうちに、口がへの字にまがっていた。

 大倭皇国連邦宇宙軍において、駆逐艦という艦種は大別すると二種のタイプに分けられる。

 一つは個艦性能重視の艦隊駆逐艦、そして、もう一つは量産効率重視の護衛駆逐艦である。

 このうち艦隊駆逐艦は、戦艦、空母等の主力艦群からなる艦隊に随伴し、これら艦艇のガード、また対敵ぜんげん戦闘を担う。

 設計上重視される要素は、攻撃力、及び機動性の主に二点。

 護衛駆逐艦の方は、その名の通り、軍民問わず恒星間空間を航行する輸送船団の航路の啓開、および、その保全が役割だ。

 重要視される要素は、建造コストと航続性能の二点である。

 それぞれが護衛対象とみなす船舶が違っているから、要求される仕様が異なっているのも当然だった。

 しかし、これまた当然ながら、どちらのタイプの駆逐艦が、より強そうで、見栄えがするかと問われれば、まず間違いなく勝利の軍配は艦隊駆逐艦の側にあがった。

 俗に、艦隊駆逐艦を一等駆逐艦、護衛駆逐艦を二等駆逐艦とまま呼ぶ風潮も、ここからきているものと言えるだろう。

〈くろはえ〉は、、艦隊駆逐艦として建造されたフネであり、その艦名――〈黒南風くろはえ〉は、彼女が〈かみかぜ〉型駆逐艦シリーズの一員であると証すものだった。(正確には、〈かみかぜ〉型後期第四シリーズ、〈改Ⅲ・かみかぜ〉型、もしくは、〈しらはえ〉型二番艦となる)

 しかし、それは〈くろはえ〉が建造された当初のことだ。

 艦齢をかさね、〈くろはえ〉は老いた。

 今では姉妹の〈かみかぜ〉同型艦たちは、そのほとんどが廃艦となるか、任務を解かれ、別の用途に転用されるかしているのである。

〈くろはえ〉もまた同様に、その旧式化にともない聯合艦隊から除籍、護衛艦隊へと転籍してきたフネなのだ。いささかの改装工事は施されているが、艦そのものが旧式という事実は変わらない。

 しかし、現今、戦時急造型のフネが多数を占めるようになった護衛艦隊にあって、〈くろはえ〉のを船団司令は重視しているのだろう。

 もっとも面倒な――もっとも戦闘力の要求されるポジションに、だから、〈くろはえ〉は指定をされたと思えて仕方ないのである。

(仕方ない……)

 高橋少佐は、また(コッソリと)溜め息をつく。

、駆逐艦の本分を果たすまでだわ)

 と、覚悟を決めた。

――駆逐艦の本分。

 艦隊駆逐艦も護衛駆逐艦も関係ない。

 その、いずれにも共通している役割。

 味方艦艇群――己の護衛対象を敵の攻撃から最終的には我が身をもってでも護る、被害担任艦たらんこと。

 それ、であった。

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