207. 姉妹と主従
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広いリビングに置かれた大きなソファの上で眠る部屋着姿の菜月と、もう一つのソファに腰掛けてそんな妹が起きるのを待ちながらスマホで何か調べ物をする風莉。
寝ぼけた菜月に下着姿で迫られた大也はギリギリのところで風莉によって窮地を脱し、色々と気恥ずかしさもあったのか急いで帰路についた。姉妹の両親はまだ帰宅していないため、夕食の支度をさっと終わらせた風莉は妹が目を覚ましたらどうやって発破を掛けてやろうかと思考を巡らせながら一人の時間を過ごす。
「―――――ん、ううん・・・・・・」
「やっと起きたのね。菜月」
そうこうしてどれほど時間が経っただろう。風莉が無理矢理でも起こしてやろうかと思い始めてまもなく、ソファの上で身じろぎした菜月が目を覚ました。
「・・・・・・ふぁぁ。って、あれ? おねえちゃん?」
「ホントよく寝てたけど、何も覚えてないの?」
ゆっくりと身体を起こし、欠伸をしてから眠たそうに目元をこすっている菜月へと、どこか呆れた様子の風莉が問いかけたところ、寝ぼけ眼の妹は記憶を辿るように頭をひねってからゆっくり答えを紡ぎ始める。
「雪華ちゃんの家の車で送ってもらってたのは覚えてるけど・・・・・・。車内が快適すぎてうっかり寝ちゃったのかな」
「まあ欲求不満で寝不足だったなら仕方ないんじゃない?」
当然のように事情を把握している姉が意地悪な笑顔で返すと、妹は知らないふりをしようとした。
「な、なんのこと!?」
「いやぁ、本気で隠してるつもりなの? バレバレよ」
もっとも、焦りと動揺を隠しきれないままになってしまったため意味はない。それがなくとも風莉にはすべて明らかなことで、姉のことをよく理解している菜月は誤魔化しても意味がないと諦める。
「・・・・・・しょうがないじゃん。さっきも大也くんとイチャイチャする夢見てたくらい、感情が抑えられなくなってきてるんだから」
「そういうのはちゃんと伝えないと」
夢だと思っているのかあ、と楽しくなった風莉は、笑顔になるのを抑えながら真面目に妹の相談へと答えた。
「はしたないって思われたくないもん・・・・・・」
「大也くんはそんなこと思わないって。私から説明しておいたけど申し訳なさそうにしてたくらいだし」
「・・・・・・え? えっ?」
アタシが寝てる間に何があったの? というか、アタシどうやって帰ってきたの? お姉ちゃんが大也くんの名前を出したってことは送ってくれたのかな? そ、そんなことよりお姉ちゃん大也くんに言っちゃったの!?
姉の言葉によって混乱した菜月は、次々と浮かび上がってくる疑問を言葉にできないまま大きな瞳を白黒させることしかできない。
「それに、夢の中じゃなくてちゃんと菜月は大也くんとイチャイチャしてたわよ。エロい下着姿で抱きついて積極的に愛を求めてたじゃない。ほら」
大也を助ける交換条件として撮影した、寝ぼけた妹の過激なスキンシップ映像。黒の下着だけを身に着けた状態で抱きつき、愛の言葉を呟きながら頬にキスまでしている。
「・・・・・・こ、これアタシ?」
「どこからどう見てもそうでしょ」
唖然とした表情で、まさに絶句という状態になっている菜月へと風莉は冷静に頷く。
「とんでもないことしちゃった・・・・・・」
「大変そうだけどまんざらでもなさそうだよね、大也くん。ちゃんと興奮もしてたし少しはステップアップしたんじゃない」
これくらいやらないとダメだと言わんばかりに、そして予想通りの反応を見せてくれたことへの面白さで笑顔になりながら、姉は菜月の肩に手を置いた。
「・・・・・・ねえ、お姉ちゃん?」
「ん?」
下を向き表情が読み取れない妹に呼ばれた風莉が続きを促すと、小さな声で菜月が呟き始める。
「アタシが寝不足な原因、全部話したんだよね?」
「うん」
悪びれる様子もなく当然のようにイエスと答える姉。言いたいことはあるのかもしれないが、菜月が最も気にしたのはそこではなかった。
「恥ずかしいけど、アタシのためだって分かるからそれはまだいいよ。でもね・・・・・・こんな動画撮ってる間にどうして一刻も早く止めてくれなかったの!?」
「二人とも幸せそうなんだから止める理由ないじゃん」
最後は怒ったように大きな声で詰め寄った菜月に対し、それを意に介さず楽しげな笑顔で即答する風莉。
「そ、それはそうかもしれないけど、どう見ても大也くん困ってるじゃん!」
大也も幸せそう、という部分に一瞬だけ嬉しくなった菜月であったが、意識のない状態でおかしな真似はできないと我慢していることもなんとなく分かったため、早くどうにかしてほしかったと姉に抗議をする。
「困らせた本人に言われてもなぁ。寝ぼけてるときみたいにもっと素直になった方がいいわよ。だいやくんしゅきー、って言ってみたら?」
「お、お姉ちゃんのバカッ!」
正論で返されてこれ以上何も言えなくなったら、できることは一つしかない。感情を爆発させて逃げる、それだけだ。自分の醜態をバカにしたような言い方で再現する姉への怒りを言葉にして、菜月は自身の部屋へと勢いよく駆け上がっていった。
「ありゃりゃ。これはまたいじけモードに入ったかな。状況も確認せずに、大也くんと明日どんな顔で話すつもりなのやら。まあ、全部話したら私がもっと怒られるだけなんだろうけど・・・・・・。それでもやっぱ世話が焼きたくなっちゃうんだよなぁ」
何故下着姿なのか、という重大な点をスルーして引きこもってしまった菜月にすべてを伝えたなら、きっとまた要らないことをしたと怒られるのだろう。それが分かっていても、風莉は自身の行動が二人のためになると信じているため、これからも色々手を出していこうと心に決める。
本人が楽しむため、という目的もあるのかもしれないが、そればかりは風莉自身しかあずかり知らぬことである。
ところは代わり、白宮守家の別邸へと到着した白塗りの高級車内にて。
車を停めて後部座席のドアを開いた執事が、どこか上の空といった雰囲気の主人へと声を掛ける。
「――――雪華お嬢様。到着いたしました」
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
ぼーっとしていたもののきちんと声は聞こえていたらしい雪の妖精のようなお嬢様は返事をしてからきれいな所作で立ち上がり車の外へと出た。
「落ち着かれましたか?」
「だ、大丈夫です。でもあれは反則だと思いませんか? 爺や」
老執事が主人の状態を確認すると、いまだに先ほど受けた衝撃の余韻が残っているのか顔を赤くしながらも大丈夫だと答える雪華。続けて大也の言動を反則だと言い同意を求めたが、老執事は冷静に自身の考えを述べる。
「私からはコメントできかねますが、お嬢様がとてもそう思われるのであればその通りなのでしょう」
「そ、そういえばきちんと録画はしていましたか?」
そんな老執事とは対象的にそわそわしたような様子で確認を取る雪華。その大きな蒼い瞳は期待に満ちた輝きを纏っていた。
「・・・・・・お嬢様のご要望通りに。しかしながら、やはりこういった行為はいかがなものかと」
「大也さんはイヤでしょうか」
実はネット環境を整備するために車内を改装している際、雪華はカメラの導入についても老執事へと求めていたのである。翔斗を使い大也を隠し撮りしている茉梨衣を羨ましく思った結果なのかもしれないと事情は把握しつつも、老執事の気が進まなかったことは想像に難くない。
主人に強くお願いされて仕方なくやったとはいえ、改めて苦言を呈しているあたりからもそれは明らかだろう。雪華もそのことに気がついたため、その是非について考えようと相談したのかもしれない。
「ご自身が同じ立場でしたらどのように思われますか?」
「・・・・・・興味をもっていただけるのは嬉しいですけど、少し恥ずかしいかもしれません」
うーんと頭を悩ませながら、自分に置き換えて感情を想像した雪華は、それを素直に言葉へと変換した。忠言を受けて自身の行動を省みることが出来る点を評価しつつ、老執事はいまだ成長途中の主へと意見を伝える。
「では黒菱様に一度確認された方がよろしいでしょう」
「えっと、マリーお姉様も似たようなことをされていますけど・・・・・・」
ただ、雪華としてはあまり気の乗らないことだったらしく、茉梨衣の名前を出して自分だけが大也に聞くのかとちょっとした抵抗を見せた。
「他家は関係ございませんよ」
「でもダメと言われたら―――」
「そのときは潔く諦めてくださいませ」
学校が違うため普段はあまり会えないのだから、顔を合わせたときにその記録を取るくらい許してもらいたいというのが主の本心なのだが、教育係でもある老執事はただ雪華の言うことを聞くだけの従者ではない。
「爺やが厳しいです・・・・・・」
シュンとなって落ち込む雪華を優しく見つめながら、老執事はそれが自身の仕事だとはっきり伝える。
「お嬢様が誤った道へと進まないよう正すことが、私の務めでございますので」
「分かりました。でも、その・・・・・・先ほどの映像はスマホに入れてくれますか?」
もっとも、期待に満ちた瞳でどうしてもという雰囲気を醸し出しながらお願いされてしまえば、老執事とて簡単にあしらうことはできない。
「・・・・・・承知いたしました。くれぐれも取り扱いにはご注意を」
「はいっ!」
注意を付け加えつつ、老執事は要求に従って雪華のスマホへとデータを移したのであった。
平日帰宅してからは食事・入浴・勉強など一連のことを終わらせてからスマホを使うというルールを一華から定められている雪華は、きちんとその言いつけを守って就寝前まで我慢し、ようやく撮影した動画を視聴できたのは就寝前の時間帯。
高級な白いパジャマに身を包んだ雪の妖精は、菜月に教えてもらい老執事に用意してもらったイヤホンを慣れない手つきで耳へとつけ、高画質かつ高音質の動画を再生する。
『――――じゃあ俺しか見えないようにしようか』
「イヤホンというもので聞くと本当に耳元で囁かれているようで・・・・・・永遠に再生してしまいそうです。菜月さんが寝不足になってしまったのも頷けますね・・・・・・」
何度も何度も繰り返し再生して、いつの間にか普段就寝している時間を大幅に超過してしまったことに気がついた雪華は、慌てて明かりを消しベッドへと入るのだった。
しばらく眠りに就けなかったことは言うまでもない。
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