197. 注意とエール


 外の空気を吸ってから後輩とともに戻ったパーティー会場に並んでいたのは、視覚的にも嗅覚的にも食欲を刺激してくる種々の料理たち。バイキング形式というのか、ビュッフェというのか、そのあたりの知識が乏しい俺にはよく分からないものの、先ほどまでの心配を余所に空腹感が湧き上がってきてしまえばどうでもいいことに思えた。


 ただ、それらはけっこうな量が用意されていて、パーティー参加者は俺を除いて女性ばかりなので残ってしまうのではないかと思ってすみれに尋ねてみたところ、余った場合は使用人たちでいただくということらしい。


 持ち帰りが出来るなら夕飯の準備もしなくていいし楽だなぁ、などと貧乏性な考えも浮かんでしまったが、流石にそれは自重して目の前の料理に舌鼓を打った。


 もっとも、「今はメイドですから」と言ってお世話をしてくれたすみれが料理を取りに行くというちょっとした楽しみをさせてくれなかったのは残念なことだろうか。


 そんなこんなで、用意をしてくれた料理人の方々に心の内で感謝をしつつ大満足の昼食を終えてからはまったりとした雑談タイムが始まった。


 ただそれから程なくして、お腹を満たして上がった体温が一気に下がっていく錯覚を覚えるほどの視線に射貫かれているのは、いったい何故だろうか。


 「――――大也くんってすぐに女の子と仲良くなるよね」


 「そ、そうかな・・・・・・」


 いや、ジト目でこちらを見つめている菜月のチクッと棘のある言葉を聞けばだいたい察することが出来る。現状を鑑みればそれはごもっともな意見であり、俺としても言いたいことがないわけではないものの、言い訳にしかならないことは明白である。


 「アルバイトで鍛えられているのでしょう」


 「・・・・・・確かにそれはあるかもしれません」


 肯定するしかない理由付けをしてくれた瑠璃さんの場合、視線にも言葉にも棘はない。ただ多少不満げに見えるのは俺の気のせいだろうか。


 「大也さんが仲良くなるのは女性ばかりなのですか?」


 「まあうん、そうかも・・・・・・」


 続く雪華の問いかけには、あまり認めたくないとは思いつつ素直に回答した。サファイアのような蒼い瞳からは純粋な興味しかなさそうだし、俺が女たらしだと暗に言いたいわけではないと思っておく。


 「いえ、大也さまは男女問わず籠絡する才能があるかと思いますよ」


 「・・・・・・え?」


 もっとも、俺の肯定は楽しげに微笑むマリーによって否定された。言葉のチョイスはからかいを含んでいるようにも思うが、それよりもそういう印象を持たれていることが意外で頭に疑問符を浮かべてしまう。


 「ご友人の久世さんは大也さまのことをとても大切な友人だと思っておられるようでしたし、琥珀お兄様も大也さまのことをいたく気に入っておられますから」


 「嬉しいことなのになんか複雑なんだけど・・・・・・」


 返ってきた説明の内容自体はとても光栄なことだし言葉の通り嬉しい。ただ、やはり先ほどの籠絡という言葉が引っかかって素直に喜べない自分がいた。マリーの思い通りかと思うと悔しい部分もありつつ、けれど若干感じるプレッシャーが小さくなった気もする。


 「うちの爺やも大也さんのこと気にかけていました。つまり大也さんは老若男女から好まれる人ということですね」


 「・・・・・・自分では認めづらいかな、それは」


 自分のことのように嬉しそうな様子で褒めてくれた雪華の愛らしさに癒やされたものの、その言葉に迷いなく頷けるほど俺は自信というものを持っていない。苦笑いそうで返すと、今度は瑠璃さんから優しい言葉をかけられる。


 「この場の中心となっていますし、ここにいる全員から好意的に思われているわけですから、そういうことだと思ってもいいのではないでしょうか」


 「ありがとうございます・・・・・・」


 微笑みの裏側にはもっと自信を持てという叱咤も含まれているような気がして、これからも教師として導いてもらいたいと改めて思った。とはいえ、こうしてみんなの優しさにいつまでも甘えているわけにもいかない。


 「こんなに人たらしじゃ今後が心配というか、どれだけ涙を流す女の子が出てくることか・・・・・・」


 「・・・・・・そうならないように努力するよ」


 ため息をつきそうな雰囲気の菜月からチクチクと口撃されるのも、俺が苦労する未来が見えているからこそのものだと思えばありがたいしそんな少し素直じゃないところも愛らしいと思う。


 ただ、この場で俺の肩身が狭いこともまた事実。周囲からは責められているように見えてもおかしくはない。


 「大也にい、怒られてるの?」


 「違う。大也兄さんは、修羅場ってる、だけ」


 両隣にピタッとくっついて甘えてくる双子姉妹の紅葉と蒼葉がそういう感想を抱くのも当然と言えるだろう。断じて修羅場ではないと言いたいところだが、まずそんな言葉をどこで覚えたのかというちょっとした心配の方が強い。


 「大也先輩が困っているのはお二人がべったりくっついているからですよ」


 「いやいや、藤森も同じだからね。まるで恋人みたいな距離感で甲斐甲斐しくお世話しちゃって」


 後ろに控えていたすみれがこの雰囲気を作りだした発端は双子姉妹だと注意したかと思えば、すぐさま姉の藍葉さんがツッコミを入れた。すみれのやってくれすぎな行動はたしかに俺も気になっていた部分であり、今後の懸念事項だと思っている。しかしながら、俺としては何の報酬を出すわけでもないのに手伝いをしてくれる後輩に強く言えることではないので、ここは藍葉さんに任せて黙っておく。


 「そ、そのようなつもりは!」


 「ご主人様からうっとうしがられないように気をつけてね」


 「・・・・・・はい。以後注意いたします」


 「俺は別に―――――」


 遠慮のない藍葉さんの言葉がクリティカルヒットしたのか、すみれはしゅんとなって頷いた。少し可哀想になって、鬱陶しいとは思っていないとフォローしようとしたのだが、そこを狙ったのかは分からない藍葉さんによって遮られる。


 「さて、と。面白い光景も楽しめたし、そろそろお開きにしましょうか。みんな明日は朝から学校だろうし、私も色々やることができたからさ」


 色々というのが、パーティーが始まる前に伝えたことを言っているのだと、すぐに分かった。弟分という俺に対する態度は若干酷い部分もあるが、基本的には頼りになる人だと分かったため心配はしていない。


 「えぇー、もう終わり? もっと色々遊びたかったのに」


 「楽しい時間は、あっという間」


 「また今度遊びにくるから」


 残念そうにしている双子姉妹のこともそれなりに分かってきた。これからもっと二人のことを知るためにも、また機会を作ろうと思う。


 「約束だからね!」


 「楽しみに、してる」


 「俺も楽しみにしとくよ」


 表情への感情の乗っかり方はまったく違うものの、同じ気持ちを向けてくれている二人。似ていないようで似ている妹たちを微笑ましく思っていると、今後は姉の立場である藍葉から声をかけられる。


 「あ、そういえば大也くん」


 「・・・・・・何ですか?」


 これまでのことがあるので少しイヤな予感がして、若干身構えてから要件を尋ねた。


 「藤森のことよろしくね。今日から」


 「え? 今日から?」


 特に俺をイジるようなことではなかったものの、まさかの言葉に驚かされる。確認のため問いかけたところ、藍葉さんは普通のことだと言わんばかりの様子で答えた。


 「もう隣の部屋を契約して引っ越しの手配もしてるから、このまま一緒に帰ってあげてくれる?」


 「・・・・・・仕事早すぎませんか?」


 「このくらい普通よ、普通。それに、今日中に全部終わるわけじゃないからさ。色々揃わないから今晩だけ泊めてあげてね!」


 一人暮らしに必要なものは多く、この後すぐに環境を整えることはできないだろう。部屋はすぐに契約できても電気やガス、水道といったインフラは業者とのやり取りもあるのだから。


 だったら準備ができてからすみれを住まわせれば良いのに、とは思ったものの、この人が言い出したことをひっくり返すとは思えないため、とりあえずすみれの意見を聞こうと考えて答える。


 「俺はかまいませんけど――――」


 「いや、そこはかまうところだからっ! 二人きりになっちゃうじゃん!」


 焦ったように会話へ入ってきたのは菜月。その理由は分からなくもないが、お世話になるとなれば母さんが入院中の今二人きりになる機会はどうしたって発生するし、俺にこれ以上の器量はないと思うのでおかしなことにはならないはずだ。


 「えっと菜月? 特に問題は――――」


 「そのつもりはないのかもしれませんが、心配なので私も大人として一緒に泊まります」


 「は、はい。瑠璃さんがいてくれると俺も心強いです」


 「・・・・・・まあそれなら、うん。瑠璃お姉ちゃん、頼んだからね」


 俺がそれを伝えたところで納得しないと分かっていたらしい瑠璃さんがフォローしてくれたことにより早急な解決を見せたすみれのお泊まり案件。ただ、この話題にセンシティブなご令嬢がお一人。


 「私だけまだお泊まりできてないです・・・・・・」


 「雪華が泊まりに来てくれるの待ってるから、また今度日程を考えようか」


 「はいっ!」


 母さんは一切考えることなくオッケーを出すはずなので、あとは一華さんの許可をもらわなくては。今は手術のことで手一杯だと思われるため、そのあとにでも話をしようと思う。


 モノクロの白雪姫の面影などもうないその愛らしい笑顔に癒やされていると、おそらく同じ気持ちを持っているマリーからお願いされた。


 「マリーは橙宝院の屋敷に大也さまをお招きしたいです」


 「うん、マリーがどんなところに暮らしてるのか俺も知りたいし、琥珀さんにも挨拶したいから」


 「では、お兄様と準備を進めておきますね」


 嬉しそうに微笑むマリーへと、雪華が「ずるいです」と言いながら可愛く抗議する様子を見守りながら、姉妹のような二人のご令嬢の様子に改めてホッとしていた俺に、申し訳なさそうな様子のすみれが声をかけてくる。


 「・・・・・・あの、ご迷惑であれば引っ越しの日を改めても――――」


 「大丈夫だから気にしなくていいよ。藍葉さんの言うことだから覆らないだろうし。あ、でも一番大変なのはすみれか。不安なら藍葉さんに日程変更お願いしてみるけど」


 「い、いえ。わたしは大丈夫です!」


 突然生活環境が変わるというのは大変なはずだが、本人が無理をしているわけでもなく問題ないというのであればとやかく言えないだろう。生活に慣れるまでは俺も後輩をサポートしようと考えているところに、今度は藍葉さんが不思議なものを見るような目をしておかしなことを言ってきた。


 「大也くんのこと、尊敬を通り越してちょっと怖いかも」


 「いきなりなんですか」


 まったく意味の分からないその感想の真意を尋ねると、からっと晴れやかな表情で返答がある。


 「ううん、なんでもない。応援してるから頑張って」


 「もちろんです。みんなを幸せにしたいので」


 自分がやろうとしていることの大変さ、難しさは分かっているつもりだ。それでも雪華、菜月、瑠璃さん、マリーの四人はもちろん、他にもたくさんの人が俺たちのことを支えてくれている。


 みんなが幸せな未来のために。感謝の心を忘れずに、一歩一歩前進していこう。


 誓いを胸に抱きながら、大切な人たちが笑っている様子をもう一度眺めたのであった。

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