第83話 ミーナの薬草畑(1)


「これがソルトさんの農園で採れたりんご……ですか」


 ミーナは綺麗な緑色のりんごをまじまじと眺めた。


「ええ、毒がないものを厳選してます。もちろん、これも検査済みですよ」


 主にぶどうばっかりでワインが収入源になりそうだが……。りんごに関しては卸すか、それともくろねこ亭で加工して売るかだ。

 果汁を絞ってあいすくりーむに加工すると美味しいとウツタが言っていたが俺の口には正直合わなかった。


「薬草の栽培は考えていませんか?」


「うちは薬師がいませんし、それに薬草は専門外ですので……」


 ミーナはがっかりしたようで短くため息をついた。


「薬師部の畑にも十分にあるけれど、やっぱり自分で育てたいっていうのが薬師の性なのよねぇ」


 エリーが入れた緑茶を飲みながら頬杖をついて、ミーナがまたため息をつく。極東で一件以来、流通部には閑古鳥が鳴いている。

 暇になるとこうやって薬師として何がしたいとかどうしたいとか言い出すのだ。


「うちの一角をお貸しするんでやって見ますか? 栽培」


「もちろん、俺かリアが立ち会って一緒に……ですけど」


 ミーナは久々に輝く笑顔になった。

 そんなにやりたかったんだな……薬草栽培。


「ただ、薬草ってなると成長水を使えないですから時間がかかりますね」


「いいじゃない、のんびり。ね?」


 じゃあ、午後少し農場によりましょうか。なんて話しながら焼き菓子を食って簡単な書類に目を通した。

 タケルの活躍によって初級者用のダンジョンの突然変異や中級者ダンジョンの変異体などはだいたい片付いたらしい。

 

「そうだ、うちへ寄っていかない? 持って行きたい薬草がたくさんあるの」


***


 少し高い集合住宅の最上階、ミーナの部屋はまさに「薬師」の部屋だった。部屋中に色とりどりの薬草のプランターやおしゃれなドライフラワーなどが飾られている。

 珍しいものやなかなか栽培が難しそうなものでたくさん。


「すごいっすね」


「この部屋に男性が入るのなんて何年ぶりかしら」


 ミーナはうふふと笑うといくつかのプランターを選び、栽培する薬草を外へと出した。エリーが台車にそれらを積み込んで、また部屋に戻って薬草を選ぶを繰り返す。


 女の人の部屋ってこんなに綺麗なもんなんだな……うちの女連中ときたら。

 リアとゾーイの部屋は牧場の管理小屋にあるがなんとも毒々しい感じになっているし、フィオーネの部屋はとにかく何もない。

 クシナダとウツタはまだましな方だが色気ってのは存在しないし……。

 サングリエなんてまるで図書館のような部屋になってしまっている。そして汚い。


「ソルトさんは結婚のご予定とかあるの?」


「ないっすよ。相手もいないですからねー」


 ミーナほどの年の人からそれを言われるとちょっとドキッとする。

 やめてくれ。

 俺は親父に育てられてきたわけだし、結婚生活なんてのは全く想像がつかない。そりゃ、自分の子供がいたら可愛いだろうが……。


「あら、あんなに女の子に囲まれて?」


「そうですけど……奴らはなんというか仲間って感じですね」


 嫁かぁ……。嫁といえば顔をあわせるたびに孫をせびってくるバカ親父もいるし、俺もそろそろ考えなくちゃならんのか。

 

「さて、そろそろ行きますよ」


 ナイスエリー。

 本当に彼女は俺の気持ちをわかってくれる優秀な秘書だ。きっと俺の顔色を見てこの話題が嫌いだと判断したんだろう。


「私、実はちょっと興味があったのよね、農場」


 ミーナは嬉しそうに先を歩いて行った。

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