第66話 ドッグタグ(1)


 ミーナの執務室は緑茶の香り。ネルに勧められたらしいが、これが美容にいいとかなんとか。

 くろねこ亭からの差し入れであるまんじゅうを食いながら書類に目を通す。

 すっかり、ギルドでの顧問……いやちょっと昇進して特別顧問になったんだっけか。


「極東ブーム、随分交流が進んでギルドの冒険者たちのレベルも向上していますし。私たちの仕事は増えましたけれど……」


 びっくりするくらい増えた。

 最近じゃ、リアとフィオーネに採集は任せてギルドで仕事をすることも多かったし、親父が幹部になったせいで鑑定士部からの仕事の依頼もくる。

 リア曰く、親父は超スパルタ。鑑定士部の鑑定士たちはヒーヒーいいながら仕事をする羽目になったらしい。

 ま、あんな毒物騒ぎもあったわけで親父は正しいだろう。


「ミーナさん、俺も秘書欲しいっす」


「あら、ならあなたの家の子たちの誰かをつれてきたらいかが?」


 棘のある言い方だ。

 

「いや、奴らには奴らの仕事があるんで……。案内部の方で誰かいませんかね」


 受付嬢をやるのが疲れちゃったからゆっくりデスクワークがやりたいとか。そんな子いないかな。


「かわいい女の子ですか」


 俺なんか怒らせるようなこと言ったか? 

 ミーナは少しふくれっ面だ。そんな顔する年齢じゃないだろ? でもなんかかわいい。


「まぁ……まだいいか」


 ミーナは納得したのか視線を書類へと戻した。


——コンコン


「シャーリャです。よろしいでしょうか」


 ミーナは短く「どうぞ」と言った。シャーリャはみるたび可愛くなっていく。初めて出会った時のウブな感じはなくなってしまったが随分垢抜けてきた。


「これ、ヴァネッサさんからです」


「報告書……ですか。あら、ソルトさん宛ですよ」


 ミーナがニコニコと笑う。怖い。

 俺はとりあえずシャーリャをソファーに座らせると彼女のためにお茶を入れた。シャーリャはにっこりと微笑んでくれる。


「なんで研究部から俺に来るんだよ、えっと……魔物のグレードアップについて」


 クシナダが生まれたダンジョン、それから変異種がいたコボルトのダンジョン。

 俺が出会ったのはその2つだけだったが、何件か報告されたらしい。


「私の担当の冒険者も随分被害に遭いました。以前、原因はわからなかったのですが……」


 シャーリャの話によれば初心者ダンジョンに中級ダンジョンや上級ダンジョンに現れるような魔物が出る事件が多発しているらしい。


「その系統の上位互換……か」


 やはり、何か魔物をグレードアップさせるなにか。

 親父のおとぎ話が現実味を帯びて来たか。とはいえ、未発見のそれを例の鑑定士たちが発見してばらまいている可能性があるとすれば大問題である。

 ダンジョンの秩序が乱れれば冒険者たちは食っていけない。

 

「例の2人組でしょうか」


「今までの事件を考えると、あいつらは金で動いている。マリアの時もアダムの時もだ。つまり、もしも魔物がグレードアップしている件もあいつらの仕業だとすれば……黒幕が別にいるってことだ」


 となるとドラッグスムージーの件は説明がつかないんだよな……と思いつつも俺は仮説を唱える。

 こんなことをして得をしているやつか、そもそもダンジョンへ冒険者が行くことを反対しているやつか。

 はたまた知能を持つ魔物か。


「魔物愛護団体……でしょうか」


 シャーリャの言葉にミーナはごくりと生唾を飲んだ。

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