第38話 極東の教え(2)


「石臼……ですか」


「ええ、極東では最近……コメを粉にして異国風に加工するのが流行っていまして」


 白い面をつけたまま、ヒメの使者は言った。彼女には名乗る名前がないらしい。なんでも生まれた時から彼女はヒメの使いの者であり名前などいらないからだという。


「じゃあ、コメを使ってパンを焼いてみるのはどうかしら?」


「左様にございます。ぱん……なるもののように焼けばもちもちに……天ぷらの衣に使えばカリカリに仕上がりますゆえ……ぜひこの地でも広めていただきたいのです」


 石臼で乾燥させた白米を挽いてみる。白い粉が出てくるわけだが……これを小麦と同じように使えと言うのだろうか?

 リアとゾーイは真剣な眼差しでコメコなるものを眺めている。


「そうだ、おもちは作れないのかしら」


 ゾーイが使者に質問すると


「稲の種類が違うので難しいですね」


 と回答が返ってきた。どうやらオモチを作るためにはもち米という種類のコメができる稲でないとダメなようだ。

 やっぱり俺も極東系のダンジョンに潜るべきか……。


「オモチってヒメちゃんが好きなのよね? ってことはこの地の女の子にも人気がでるかも」


 ゾーイがブツブツと言いながら台所へと戻っていった。一方でクシナダにたまごを丸呑みさせながらフィオーネは


「この子にもやはり極東のお料理を食べさせたほうが良いのでしょうか」


 と言った。蛇女なんて滅多にお目にかかれない魔物だし、正直本質は蛇なんだからなんでもいいと思うぞ。

 シューのように人型の時は俺らと同じものを食べて、動物の姿と時はそれなりの物を食べればいい……。


「我が国の蛇女様たちはとても大食らいで……彼女たちが多く食べた分だけその土地は豊穣や豊漁になると言われています。きっとクシナダ様もこの地の女神様と呼ばれるくらいたくさんお食べになるでしょう」


 おいおい……な〜んか嫌な予感がするぞ。

 とんでもない穀潰しが増えたんじゃ……。


「クシナダ殿……ヒメと仲良くしてくださいな」


 ヒメはなんだか嬉しそうにクシナダを抱っこしている。ミーナと使者はわりとヒヤヒヤしているがこの国際交流はいいところにおさまりそうだった。



——きゃああ!!!


 外からの悲鳴に俺は家を飛び出した。そこには剣を構える男と腰を抜かしたリア。あたりには焼きたてのパンが散らばっている。


「リア!」


 俺は瞬時に駆け出すとリアと男の間に割って入った。腰に携えていた剣を握る。なんで今になって……現れやがった。


「タケル……」


「邪魔するものはユルサナイ、あの女をダセ」


 様子がおかしい……タケルは俺めがけて剣を振り下ろした。やっとのことで受け切ったが腕がじんじんするほど重い衝撃で俺の剣はもう限界だった。


 ふわりと香ったのはあの鬼姫薔薇の香り。かなり嫌な予感がする……次の一撃は


「あれ……」


 脇腹に冷たい感触と熱い感触が走り、俺はナイフで刺されていたことに気がついた。タケルはまるで盗賊のような動きで剣を捨てて俺に近づき、ナイフを刺していた。


「ぐっ……」


「喰らえ……ファイアー……」


 タケルの奇怪な技だ。「すきる」とか言ったっけ? やばい……俺死ぬのか。


「目当ては……私でしょ!」


 家の方からハスキーな声が響いた。するとタケルは「すきる」をやめてそちらへ向き直った。


「いいわ。一緒に行ってあげる。こんなとこうんざりだし……それに、こいつらと戦う価値なんてないわよ」


 ゾーイはタケルの剣をおろさせて、タケルと腕を組むようにして歩き出した。


「ゾー……」


 俺の口から血があふれた。多分傷が……内蔵に達している。でも、このままじゃゾーイはあの女に……


「少しの間だけど、楽しかったわ。ありがとう。さようなら」


 リアの手が俺の傷口を抑える。痛くて辛いはずなのに、ゾーイがどこかへ連れて行かれないようにするべきだと思った。

 彼女はこのままでは死ぬ。

 でも、今ここにタケルより強い冒険者は一人もいない。


「ヒメ様!」


「わかっておる……。リア殿、服を切って患部を見せるのじゃ。それからミーナ殿。薬師と言うておったな……痛み止めと化膿止めを」


「あの者……相当な実力者と見た。我が調査部隊で追尾させよ。一宿一飯の恩。あのお嬢さんを死んでも守るゆえ」


 使者はまるで飛ぶようにしてギルドの方へと向かって行った。おそらく彼女は「シノビ」と呼ばれる極東特有の冒険者だ。

 くそっ……痛くて頭がまわんねぇ。


「シビレ薬がないゆえ……少々痛むぞ。ソルト殿」


「ぐあっ!」


 あまりの痛みに体が跳ね、俺は意識を失った。

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