第47話 いままでのこと

 崩壊から逃げる旅の終点は世界の終わり。何もない北極点。

 視界の端からじわじわと「無」が浸食する。最後に残ったのは私一匹。

 私もまた、消えてしまうのだろうか。里の■■■たちのように。

 思えば逃げてばかりの獣生だった。里を出て、ヒト社会に交じって、旅をして、色々なことがあった。嫌なこと、嫌なこと、嫌なこと。嫌なことしかない。

 そんなことはいいんだ。

 でも、私だって満足に生きてみたかった。一度だけでいい、理想の「私」になって、大切な友達と二匹で生きて、喋って、一緒に旅をして、こんな孤独なんて消えてしまって、たわいない日常を送って、いつかくる終わりだって怖くなくなって。

 でも私は悲観的な生き物だから、その友達にも迷惑をかけてしまうかもしれないな。

 そうだ、その友達には最初から、私は君を嫌わないって言ってみよう。そうすれば、相手も私を嫌わないかもしれないし。名案だ。

 終わってしまう。終わってしまう。夢想するうちに終わってしまう。じわじわと、じわじわと、侵食、侵食、


>>


 浮上。

 私は海にいた。

 終わったはずではなかったのか?

 いや、違う。

 終わったのだ。

 身の内に力を感じる。終わった世界の残滓。

 世界を背負った■■■は一度だけ、何かに「成れる」力を得る。

 視界に入る、髪は金色。

 これは――。そうか、私は―—になったのか。

 里にいたとき、ある日の一日、ふらりとやってきて少しだけ優しくしてくれた旅獣。

 そう思い入れはなかったつもりだが、無意識に強く思い描いていたのかもしれないな。

 私はもう■■■ではない。

 僕。そう、あの旅獣は僕と言っていた。

 もう一度生きることが許されるなら、理想の「僕」になれたなら。

 それでも世界は怖いけど、一度だけならやってみてもいいのだろうか。


>>


 新たな場所に来たからってそう簡単に変われるわけでもなかった。

 交わろうとしても僕は旅獣。■■■は異邦人。出自が違う後ろめたさが邪魔をして、どこにも混じれない。誰とも交われない。これでは前と同じじゃないか。

 努力はした。

 それなりに楽しみもしたと思う。

 だけどどうしても違う。何かが違う。埋まらない。埋められない。所詮は一匹。■■■は孤独。

 あの旅獣も、こんな孤独を抱えていたのだろうか。


>>


 崩壊が始まった。

 この場所にもいられなくなる。

 今度こそ僕も終わりなのかもしれない。

 全てが絶望だったわけじゃない。けれど、どんなことをしたって結局何もうまくはいかなかったって、僕を本当に受け入れる者はいなかったって、そういう孤独、どこかのっぺりとした、広く大きな絶望。

 それで終わるくらいなら最後にあの里、■■■の里を、一度くらい見てやってもいいかもしれない。


>>>


 ―—無。

 ここに来て「役割」をやっと理解する。

 遅すぎたんだ。

 もっと早くに来られていたら。

 来られていたら、何だっていうの?

 途方に暮れて辺りを見渡す。人影が一つ。生き残った■■■か? でもあれは、


◆◆◆


 ふ、とビジョンの洪水が終わって、

 俺は瞬きをする。

 ああ、これがきつねの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る