第32話 ヤユウ陥落

「奴は……あのお尋ね者のトモエとかいう……!」

「傀儡兵を配置につかせろ! 迎え討つぞ!」

「弩兵! 連弩兵! 奴らを射殺せ!」


 セイ国下級武官の野太い声が、ヤユウの城外に響き渡る。下級武官たちは皆年嵩の容姿をしているが、声帯の方もそれは同じである。国王や三公クラスの魔族たちは皆声変わり前の声帯をしているが、下級の小役人になるような魔族たちは見た目だけでなく声も年を重ねたようなものになる。

 トモエたちとセイ国軍が、とうとう接敵した。弩兵や連弩兵が繰り出し、矢弾の斉射を浴びせてくる。


光障壁バリア!」


 シフの貼った光障壁バリアが、降り注ぐ矢弾を一本も漏らさず叩き落とす。


「……蹴散らすよ。暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」


 エイセイの暗黒重榴弾ダークハンドグレネードが投射され、着弾地点の傀儡兵を爆発によって跡形もなく吹き飛ばした。


「はあっ!」


 乱れた隊列に躍りかかったのは、他ならぬトモエその人である。跳躍した彼女に向かって、弩兵と連弩兵は矢を放とうとした。

 だが、矢弾の射撃よりも先に、トモエの蹴りが届いた。トモエの一撃を食らって無事でいる兵は一体もなかった。首を飛ばされ、胴体を打ち砕かれるのみである。

 シフの光障壁バリアに守られながらエイセイが魔術攻撃で敵を蹴散らし、そこに最強戦力であるトモエが突っ込む。射撃兵の斉射が厄介なのは変わらないが、その対処も手慣れたものである。


 そうして、トモエたち一行はさほど時間をかけずにセイ国軍の一部隊を打ち破り、ヤユウの城壁へと近づいていった。

 その城門は開け放たれており、内部の様子はそこから見えた。城門を通してその内部のヤユウ市街を見た一行は絶句した。


 城内のあちこちからは火の手があがり、その中央の庁舎はすでに黒く焼け焦げていた。内部には地面に臥せった犬人族の姿があり、歩いているのは傀儡兵か、青い皮甲を身に着けたセイ国軍の武官だけだ。


 落城。それがヤユウの末路であった。この光景を見れば誰でも分かることだ。


「た、助けてくれ!」


 トモエたちを発見した一人の犬人族が、遠方から走ってきた。武器を持っていないのが遠目からでも分かる。恐らく兵士ではなく役人か民間人であろう。


 だがその犬人族は、トモエたちの所へ辿り着く前に、胸を矢で貫かれた。


「ヒーット。ワン公め、逃げられると思うなよ」


 矢を射たのは、口ひげをたくわえた、青い皮甲の魔族であった。セイ国軍の下級武官であろう。その顔には下卑た嫌らしい笑みが浮かんでいる。

 しかし、その笑顔は、すぐさま苦悶の表情へと変わった。


「なっ……」


 そのひげの男の首にも、矢が刺さっていた。激痛に悶絶しながらも、男は自分を狙って矢を放った敵を探し出そうと視線を左右させている。


「許さない……」


 矢を放ったのはリコウであった。彼の表情は憤怒に満ちている。彼の目には、燃え盛るヤユウの市街と、かつて焼かれた自らの故郷が重なって見えていた。このようにして、自分は父を失い、そして故郷もまた失われたのである。

 魔族たちが今までどれほどの不幸を振りまいてきたのかは計り知れない。北地の人間たちだけではない。このヤユウの犬人族たちも、残虐な魔族がために破壊と殺戮がもたらされているのだ。


 ――とうてい許せるものではない。


「リコウくん」

「うん、トモエさん」


 トモエとリコウは、向き合って頷いた。二人とも、心境は同じである。トモエもまた、魔族がために故郷を追われた身だ。


「皆! 城内のセイ国軍を蹴散らそう! まだ逃げ遅れた犬人族がいるかも知れない!」


 リコウがシフ、エイセイ、トウケンの三人に呼び掛ける。後ろの三人も、黙って首を縦に振った。


「いたぞ! 奴らだ!」

「あのお尋ね者どもだ! 討ち取れば列侯れっこう間違いなしだ!」


 セイ国の下級武官たちが、傀儡兵を引き連れて迫りくる。トモエたちはすでにセイ国軍の間で最重要警戒人物と認定されており、一人でも討ち取って首を持ち帰れば魔族国家の爵位制度において最高位とされる列侯を授けられることとなっている。

 だが、そんな彼らの功名心は、彼らの引き連れている木人形の兵隊たちとともに、無残にも打ち砕かれた。


「な、何だこいつら……うげっ!」


 顎を拳で突き上げられた武官が、上空へ大きく吹き飛ぶ。


「は、速すぎるぞあいつ!」

「囲んで押し潰してしまえ!」


 別の武官たちが、拳を叩き込んだ人間――トモエの方へ、槍兵と短兵を差し向けてきた。突出した敵を、数に任せて押し包み叩く。数的有利にある側の戦い方としては理にかなったやり方だ。


「させるものか! 暗黒雷電ダークサンダーボルト!」


 傀儡兵の携えた槍や剣が、トモエに届くことはなかった。それらの兵隊たちは、頭上の黒雲から落ちてきた黒い稲妻によって焼かれてしまったのである。


「エイセイ! 右の建物の屋根! 弩兵が登ってる!」


 シフはそう叫ぶと、エイセイを守るように光障壁バリアを張った。彼女の言う通り、エイセイの右側にある木造家屋の屋根の上には弩兵三体がおり、エイセイを狙っていた。弩の引き金が引かれ、矢が放たれたが、三本の矢はいずれもシフの光障壁バリアを貫通しなかった。


「……ありがとう」


 エイセイは姉に礼を言うと、手に握った威斗を屋根の上の弩兵に向けた。黒い稲妻が彼らを焼き焦がしたのは、そのすぐ後のことであった。


 その時、シフとエイセイの背後から、新手の敵が迫っていた。短兵四体、槍兵五体の構成の傀儡兵が、がら空きの背を狙おうと突進を仕掛ける。

 しかし、その先頭の短兵の首が、突如胴体から切り離された。傀儡兵たちは立ち止ったが、首を飛ばした者の姿は見えない。そうしている間に、傀儡兵たちは一体、また一体と首を刈り取られていく。


「よぅし、これでいっちょあがり、なのだ」


 トウケンが、透明化の術を解いて姿を現した。このネコ耳の少年こそが、傀儡兵の首を取った者の正体であった。

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