第27話 夜襲作戦と、セイ国軍の対策

 この時、エイセイ、リコウ、シフは城壁の上に登り、犬人族兵を手伝っていた。リコウは矢を射かけ、エイセイはシフと共同で魔術攻撃を投射していた。城壁に群がる敵兵は暗黒雷電ダークサンダーボルトで一気に駆逐し、遠巻きから岩石を投げ込んでくる投石機は暗黒重榴弾ダークハンドグレネードで破壊した。特に、エイセイの戦果は目覚ましいものがあった。彼の魔術攻撃は、守城戦において無類の強さを発揮する。


 そして、最初の夜を迎えた。


「よし、いっちょやってやりますかぁ……」

「ぼくもやってやるのだ……」


 昼間は休んでいたトモエとトウケン、この二人が、こっそり城壁から外へ飛び出した。ヤタハン砦の攻防戦において行い、勝負を決定づけた夜襲。それを、トモエはまたしても仕掛けたのである。今度は、隠密行動を得意とするトウケンも一緒であった。


 城壁の外に降り立ち、敵地へ向かうトモエ。しかし、その彼女の右足の裏に、突如激痛が走った。


「いった……あれ、何これ……」


 痛む右足裏を見ると、獣皮製の靴に何かが刺さっていた。手で触ってみると、竹材で作られたものだと分かる。トモエはその物の形状に、見覚えがあった。


「これもしかして……撒きびし?」


 撒き菱。忍者が用いることで有名な、あのトラップである。道にばら撒くことで相手の足を負傷させたり、除去に手間をかけさせたりして逃走の時間を稼ぐあの兵器だ。

 撒き菱には忍者のイメージが付きまとうが、実際には戦国時代の中国からすでに用いられた大変歴史のある兵器であり、魏・呉・蜀が争った三国時代の古戦場からも大量に出土している。攻めてくる敵を防ぐために城壁や堀、防御陣地の周囲に撒いたり、退却中の軍が敵の追撃の足を鈍らせるために撒いたりと、その用途は多岐に渡るが、殆どの場合に共通して言えることは、敵を防ぐという防御的な用いられ方をすることだ。

 昼間に撒くと、自軍の足を止めてしまう。痛覚がなく血を流したり病気になったりしない傀儡兵はともかく、傀儡兵を統率する武官たちには無視できない障害物となろう。だから、恐らく日没で撤退した際の去り際に撒いたのだと思われる。


「あいつら……夜襲を知ってたかのようなのだ……」

「ああ……前にあたしがさんざん叩きのめしたからかな」


 セイ国は以前、トモエの夜襲に辛酸を舐めさせられた経験がある。トモエが敵側にいると分かって何の対策もしないようなセイ国軍ではなかった、ということだ。

 靴のお陰で傷は深くなく、戦えないというほどではない。だがたった二人で万の敵を相手にするということを忘れてはいけない。万全でない状況で危険を冒すのは愚であろう。それに、傷口から菌が入り、命に関わるような感染症に罹ってしまう可能性も否定できない。


「今日は一旦退いて、シフちゃんに治してもらおっか……」

「それがいいと思うのだ」


 結局、トモエとトウケンは縄を登って城壁の内側へと戻っていった。


***


 城内に設けられた軍病院で、トモエはシフに出迎えられた。シフはこれから眠る所であったが、病院にトモエがやってきたのを聞いて素早く診察室に馳せ参じた。


「今回復魔術をかけるね。足の裏を見せて?」


 軍病院の寝台の上で、トモエはシフに言われた通り右足の裏を見せた。血はすでに固まっていたが、化膿してしまっていた。シフが手をかざすと、あっという間に足の裏は元通りとなった。

 

「ありがとうシフちゃん。いつも思うけど……本当にすごいよね」

「えへへ、トモエお姉さんに褒められるととっても嬉しい!」


 シフはにっこりと、朗らかに笑った。太陽のように眩しい笑顔というのは、このことを言うのであろう。厳しい戦いの中にある、一輪のひまわりのようであった。


 二日目の攻防が始まった。


「衝車、来ます!」


 敵軍の陣中から、衝車が姿を現した。城門を力でぶち破ろうというのである。


「そんなもの、夜叉檑で破壊してしまえ!」


 夜叉檑の用途は敵兵を圧し潰すためだけではない。こういった重量兵器は、矢の斉射で破壊できないような大型兵器の破壊に向いている。

 城門に取り付いた衝車に、夜叉檑が投げ落とされる。当然、直撃を受けた衝車は粉々に粉砕されてしまった。だが、敵も学習したのであろう。夜叉檑が巻き上げられる前に、短兵が接近して剣で縄を切断してしまったのである。それをされると、再利用が不可能になってしまう。

 それでも、この日は何とか城内に兵を入れることなく、無事に攻防を終えることができた。


 味方が戦っている間、トモエとトウケンはヤユウの靴職人からを受け取っていた。


「これで大丈夫かな……」

「何か……足元が不安定なのだ……」


 作っていたのは、分厚い底の靴であった。撒き菱対策である。履いてみたが、どうも足元が不安定で、履き心地にも違和感がある。けれども、持ち帰った竹製の撒き菱を突き刺して実験してみた所、それは靴底を貫通しなかった。


 そうして、夜を迎えた。トモエとトウケンの両名は、縄を使って城壁の外へと降り立った。


「どっせい!」


 セイ国軍を相手に、トモエが吼える。集まってくる敵兵を、彼女は片っ端から破壊していった。ヤタハン砦で夜襲を経験しただけあって、夜間戦闘はお手の物である。


「ぼくも忘れてもらっちゃ困るのだ」


 トモエが突き崩した後を、トウケンが攻めた。突き崩された敵兵の群れに飛び込み、一体一体確実に刈り取ってゆく。元々野盗であった彼もまた、夜間の奇襲攻撃を大得意としていた。


 敵陣をいい具合に荒らして回った後、日が昇るより前に、トモエたちはこそこそと城内へ戻っていった。

 二日目の夜襲は、一定の成果を収めたのであった。



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