第48話 一念岩をも通す
「リコウ!」
エイセイが、臥せっているリコウに近寄った。倒れたリコウは、微動だにしない。辛うじて息があることをエイセイは確認したが、しかし重傷を負っていることに変わりはないだろう。骨もどれ程折れているか分かったものではない。
このまま放っておけば、本当に死んでしまうかも知れない。また、そうでなくても二度と戦えない体になってしまう可能性もある。
「そんな……リコウ……」
――また、助けられてしまった。
エイセイの胸中には、そういう思いがあった。あの山での会戦の折に弩兵の矢から身を守ってくれたことを、エイセイは思い出したのである。
自分のせいで、彼はこんなにぼろぼろにされてしまった。それを見て胸が痛まないほど、エイセイという少年は酷薄ではない。
「……ボク……助けられっぱなしだ……」
気づくと、目から雫が溢れ出た。自分が彼を思って涙を流していることに、エイセイは気づいたのであった。
その時、シフはちょうど巨人の背後に回り込むような立ち位置に立っていた。相変らず、彼女は何とか打開策を探れないかと巨人をまじまじと観察している。
「そうか……」
巨人の背を眺めたシフは、あることに気がついた。
「後ろの方が、
「え、シフちゃん今何て言った?」
近くに立っていたトモエが尋ねる。
「あのね、背中側だけ
敵と相対する時、敵に向けるのは正面側であり、当然攻撃も背面より正面で受けることの方が圧倒的に多い。であるから、全身に満遍なく防備を施すよりは、全面に集中させた方が効果的だと考えるのは自然な思考だ。
とはいえ、背中側も
「そこでこそこそ何を話してるんだ?」
巨人が、トモエとシフの方を向いた。再び、その岩の拳が振り上げられる。
「
シフは
「ぐわああああ! おのれエルフの分際で!」
エン国王カイは巨人の胸の水晶の中で、耳を両手で押さえ、眉間に皺を寄せながら怒気を発している。
その隙に、トモエは背後に回り込んだ。イチかバチかだ。他に手はなく、やるしかない。そして、巨人の脚を駆け上がり、腰を蹴って大きく跳び上がった。
「はあああああっ!」
トモエは拳に勢いを乗せながら、巨人の背に向かって降下する。
「必殺!」
トモエの拳が、巨人の背を叩いた。流石に、拳の一撃だけではびくともしなかった。寧ろトモエの拳と腕が受けた衝撃の反動の方が、余程大きかったかも知れない。けれども、トモエは諦めなかった。一発で駄目なら二発、それでも駄目なら三発、四発、五発、六発、七発……と、続け様に拳を叩き込んだ。
「百連拳!」
トモエは、ただひたすらに拳を打ち込みまくった。拳から血が流れ出そうと、今のトモエは気にしない。ただ拳の打撃を目の前の敵に食らわせるだけだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
声を振り絞って自身を奮起させながら、拳を打ちまくる。
そして、とうとう、背中の岩にひびが入り、そして砕け散った。
「な、何っ! 拳一つで!?」
「これで拳が届く……!」
岩石が割れたその先には、水晶に包まれたエン国王カイがいた。振り向いた彼のその表情は、驚愕と恐怖がない交ぜになっていた。
トモエの故郷の村は、魔族の軍隊に蹂躙され、地上から消滅した。
リコウの故郷もまた同じように破壊されたという。
リコウの第二の故郷であり、トモエが彼と出会ったロブ村も、魔族の国であるエン国の軍に攻められ虐殺の限りを尽くされた。
シフとエイセイの住んでいたエルフの森も、魔族の侵攻を受けて焼き払われてしまった。
一体どれ程、自分たちは彼らに泣かされ続けたのだろうか。
そういう思いを、トモエは常に抱いていた。
今でも時折、故郷を焼かれ避難した時のことを夢に見る。親と故郷を失った子どもたちのあの表情が、トモエの脳裏に焼き付いていて忘れられない。きっと、死ぬまで忘却することはないであろう。
――もう二度と、子どもたちがああいった顔をするのを見たくはない。
だから、トモエは戦う。力ある者の使命として、戦わねばならないのだ。
トモエの拳が、黄色い水晶を叩き割った。その途端に、巨人の体を形作っていた岩石が、音を立てて崩落し始めた。恐らくこの水晶が核となり、岩石を繋ぎとめて巨人の体を形成していたのであろう。
カイの小さな体が空中に放り出されるとともに、トモエもまた落下していく。崩れ落ちる岩石が土煙を巻き上げ、カイとトモエ、二人の体もその中に隠れてしまった。
土煙が晴れた。その場所には、大量の瓦礫と、俯せになったカイ、そしてその前に仁王立ちするトモエの姿があった。
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