第28話 屍山血河

 少し、時間を巻き戻そう。

 シフとエイセイの兄であるヒョウヨウは、エルフたちを率いて自ら前線への救援に向かっていた。


「シフとエイセイの奴は上手くやっているな……我らもやるぞ!」


 ヒョウヨウが連れているエルフはたった十人である。だが、たった十人の寡兵と侮るなかれ。彼らはいずれも強力な魔術を扱う一騎当千の強者たちなのである。


 ――だが、重要なのは個の強さではない。


 ヒョウヨウは他の誰よりも早く、そのことに気づいていた。魔族の軍隊は組織化されていて、新しい技術なども貪欲に取り入れている。翻って自分たちはどうか。一度魔族相手に大勝したことに胡坐あぐらをかき、身を守るための努力を怠っていたのではないか……。


 ――魔族は努力し、研究したが、自分たちはしなかった。


 それが、この惨状をもたらした。他の者たちがどう考えているかは分からないが、少なくともヒョウヨウはそう思っている。


「突出した戦車に攻撃を集中せよ!」


 ヒョウヨウの指示で、この部隊は後方から魔術攻撃で支援射撃を加えた。この時、勝ちに乗じたエン国の戦車部隊が、後続の歩兵部隊を置き去りにして突出していた。土煙と、馬蹄が地面を叩く音。それらを発しながら、戦車部隊が戦場を縦横無尽に動き回っている。そこに、エルフの発した雷撃が降り注いだ。馬蹄の音が、雷鳴によって上塗りされた。

 ヒョウヨウの指示は的確であった。突出した戦車へ攻撃を集中させることは、その他の敵を牽制する効果もあった。攻撃の手は、確実に緩んでいった。

 だが、もうすでに、ドワーフたちが形成していた前線は崩壊してしまっていた。ヒョウヨウたちの部隊を守るものは何もない。たちまち、この部隊は最も危険であると目を付けられた。


「奴らだ! 奴らを一人残らず殺せ!」


 戦車が、歩兵が、ヒョウヨウの部隊に集まり始めた。すぐさまこの十人は、数十倍の敵に包囲されてしまった。


「まずい……包囲されたか……の魔術、王の長城グレート・ウォール!」


 ヒョウヨウの魔術によって、部隊の周囲の地面が持ち上がり、やがてそれは円形をした分厚い土の壁となった。敵の弩兵が矢を射かけるが、それらは全て土の壁によって防がれた。

 ヒョウヨウの部隊は、土の壁の中に籠城しながら、雷撃を敵陣に降らせて攻撃した。土の壁を破壊するために傀儡兵が近寄ろうとすると、たちまち激しい雷撃に晒され黒焦げとなってしまう。今、戦場のど真ん中に、強固な防御陣地が出現したのである。


「床弩を使う!」


 土壁を包囲する部隊に、床弩が運び込まれた。装填された大型の矢が、土の壁に向けられる。床弩はエイセイとシフによって投石機とともに重要な破壊目標とされていたが、それでも戦場から完全に排除するには至っていないのである。


「放て!」


 下級武官の指示で、床弩から矢が発射された。すでに戦場でその威力の高さを見せつけているこの床弩は、ここでも威力を発揮した。矢は轟音を立てて土の壁を貫徹し、その内側にいるエルフ二名の体を肉塊に変え、そのまま向こう側の土壁を貫いて飛んでいった。元々攻城戦で用いるような兵器だ。このような威力があるのは当然のことてまある。エルフたちも、隊長たるヒョウヨウも、皆言葉を失ってしまった。


「怯むな! 耐えれば勝機はある!」


 ヒョウヨウは味方を鼓舞しながら、土壁の外に雷撃を放った。どんな状況になろうとも、もう戦うより他はなかった。


 ヒョウヨウの部隊の戦いは、その日の日没までずっと続いた。土壁が破壊され、十人いたエルフの内七人は戦死してしまった。それでも自分たちを包囲している敵が減っている気配はない。

 弩の斉射が、ヒョウヨウに襲い掛かる。彼が指揮を執っていることを敵が察したのか、先程からずっと攻撃がヒョウヨウに集中している。


光障壁バリア!」


 ヒョウヨウの体の周りに、白く光る壁が現れた。魔術障壁だ。矢は光る壁に弾かれ、空しく地面に落ちた。けれども、矢の斉射は尚も続く。ヒョウヨウの体にも限界が来ており、障壁を維持できなくなってしまった。障壁が消えると、ヒョウヨウの体に何本もの矢が突き刺さった。


「が……」


 矢そのものと、それに塗られた毒。その二つが、ヒョウヨウを襲った。立っているのがやっとのヒョウヨウは、それでも敵を狙って雷撃を放った。一気に複数体の敵兵が、まとめて炭に変えられる。

 いよいよヒョウヨウが地面に倒れようとしていたその時、突然、敵が撤収を始めた。包囲陣が解かれ、東の方へ敵がぞろぞろと退いていくのが見える。ヒョウヨウの部下の三人のエルフはそれを見て喜色を浮かべたが、満身創痍のヒョウヨウを見ると、流石に声を上げて喜ぶわけにはいかなかった。けれども、危機を脱することができたのは確かであった。




「駄目だ……内臓へのダメージが大きい……」


 本陣に戻ったスウエンは自らの内臓に回復魔術を施し続けていた。完全に回復しきるまでは、暫く他の魔術は使えないであろうと思われる。


「そうか……ゲキシンは死んだか……」


 自分が山に向かった後でゲキシンが敵の長距離攻撃魔術の犠牲になって死んだということを、スウエンは聞かされた。

 トモエの一撃を食らったスウエンは、傀儡兵を差し向けている間に、転移魔術を使用して本陣まで戻った。転移魔術は制御が難しく、実用性の高さに反してあまり人気のない魔術である。スウエン自身も習得はしているがあまり積極的には使いたがらない。それでも敢えて使用した所に、スウエンの抱いた危機感が見て取れる。

 しかも、負傷した体で転移魔術を使用したことで、さらなる負担が身体にかかった。暫くは休養に努めなければならないような身体の損傷ぶりである。

 総大将スウエンは負傷し、副将ゲキシンは戦死した。このことによって、エン国軍はこれ以上の作戦続行は困難となり、撤収していったのである。

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