第21話 襲い来るは凶矢の雨
エン国軍の油壺投射は効果てきめんであった。炎が、まるで一つの軍隊のように森を蹂躙していく。そしてこの軍隊には、矢も刃も通用しないのだ。
「クソッ! あれを止めねば!」
「こうなりゃ突撃だ! 奴らを斬って斬って斬りまくってやる!」
業を煮やしたドワーフたちが、必死の消火活動を行うエルフたちを尻目に打って出たのだ。戦斧や弓などを手にしたドワーフたちが、森を出て敵に向かい突っ走っていく。だが、普段は集落の単位で暮らしており村同士の連携があまりないドワーフたちは、てんてんばらばらに突撃していった。彼らの目標は油壺を投擲している投石機の破壊である。これを打ち壊してしまわない限り、自分たちは一方的な攻撃に晒されるのみなのだから。
「よし、来たな。
魔族の前線隊長はこれを見ると、傀儡兵たちに命令を下した。エン国軍は台車に固定された大型の弩を並べている。その発射台に装填された矢が、ドワーフたちの方を向いていた。この床弩と呼ばれる大型の弩は、元々攻城兵器として作られたとされる弩であり、その射程は長く、飛ばす矢も大型で高威力である。
「放て!」
床弩の斉射が、ドワーフたちを襲った。これの直撃を食らったドワーフは、文字通り原形を留めない肉塊と化した。エン国軍はドワーフたちの突撃タイミングがばらばらなのを見て、突出している方に矢を集中させ、順番に叩いていった。ドワーフの突撃が殆ど無為無策であったのに対して、エン国軍の邀撃は至極効率的である。
床弩の斉射を潜り抜けてきたドワーフに対しては、弩兵隊を並べて通常の弩による射撃を食らわせた。この距離での射撃戦になると強弓を引くドワーフもようやく傀儡兵を射抜くことができるようになるが、何しろ数が違いすぎる。弩兵を集中運用するエン国軍に対して、ドワーフ側の散発的な弓射はまるで相手にならない。ドワーフの弓兵が矢を一本射かければ、傀儡兵はその数十倍、数百倍の矢を返してくるのだ。
さらに悪質なことに、傀儡兵の扱う矢には毒が塗られていた。様々な材料を調合して作られた特製の毒薬に浸してある矢は、かすめただけでも傷口から毒が染みてそこから徐々に体を腐らせてしまう。弩の威力は高いため、通常では毒を塗る必然性はそこまでないのであるが、これはエルフの回復魔術を想定に入れての施策であった。矢による物理的な創傷と毒による害という二段攻撃で、これに対処しようとする回復魔術の術者に負担をかけることができる。勿論ここまでしなくとも弩は十分強力な武器ではあるが、念には念を入れよ、ということである。
もはやこの戦いは戦闘ではなかった。まるで虎が兎を狩るかのような、一方的な狩猟とも言うべきものであった。
「奴ら、この神聖な森に火をかけて来やがった! 許さネェ!」
護衛部隊の隊長、ラーテは視線の向こうから上がっている火の手を見て憤激していた。
「どうする!? このままだと火が来ちまいやすぜ!」
「ワシらには何もできん。このままこのエルフを例の場所まで連れて行くだけダ。急ぐぞ! 早くしネェと火に焼かれるゾ!」
ラーテの一言で、ドワーフたちの足が早まった。置いていかれないよう、トモエとリコウ、それからエイセイとシフも歩調を合わせた。もたもたしていると、自分たちの方まで火が回ってきてしまう。
「シフちゃん、例の場所まで後どのくらい?」
「ええと……夜も動けばここからだとあと二日とちょっとかな……」
「ありがとう」
「うん。それと……お姉さんとお兄さんごめんね……シフたちのことに巻き込んじゃって……全部終わったらヒョウヨウお兄ちゃんにはちゃんと謝らせるから……」
「あ、ヒョウヨウくんってシフちゃんのお兄さんなんだ。道理でエイセイくんもシフちゃんもヒョウヨウくんに似てると思った……」
「うん、そうなの。本当に……ごめんねお姉さんとお兄さん……」
シフ曰く、ヒョウヨウは大賢者の予言を賜ったことで危機感を増し、それを打開するために森を出て活動していたのだという。そこで彼の目に留まったのが、トモエとリコウであった。ヒョウヨウはエルフ族の中でもかなり力が強い。二人を連れ去ることなど造作もないのである。
「そりゃオレも村や砦は心配だし、連れてこられた時は怒ったけど……でもやっぱり魔族のせいで困ってる人は放っておけないって思った。森に付け火するような卑怯者をのさばらせていいはずがない」
かつてリコウも一度自分の住む村を焼かれ、移り住んだロブ村もあわや滅亡の危機に陥った。自分と同じような苦しみを、エルフたちにも味わってほしくはない。そう思ったのである。
やがて、日が没し、夜になった。空が暗くなり夜闇に覆われても、一行は足を止めなかった。普通、夜に森の中を迷わず動き回るのは困難である。けれどもこういった場合にシフの持つ「夜目」の能力が役に立った。シフは夜であっても明かりに照らされているかのように周囲を見ることができる。その能力で、一行は足を止めることなく行軍を続けることができた。途中で一度食事のための休憩を取った後は、再び歩き出した。
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