最強格闘お姉さんの人間解放戦線――ショタと剣と魔術を添えて
武州人也
第1部 エン国編 人間解放戦線
第1話 格闘家お姉さん現る
薄暮の空の下、山間の村落で、一人の少年が針葉樹の幹に手をつき肩で息をしていた。
「くそっ……あいつらめ……」
少年は腰に剣を
その少年の目の前に、人影が幾つかちらついた。
「新手か……来やがったな……」
少年は敵影を認めると、素早く体を横に
少年の目に前に姿を現したのは、弩を持ち、黄色い皮甲を身に纏った兵士であった。兵士の顔は白く、目に当たる部分には宝石のような赤く輝く石がはめ込まれている。
「
傀儡兵というのは、指揮する者の命令に忠実に動く、自律行動が可能な人形の兵士である。人間大の木製の人形に魔鉱石という魔力のこもった石を動力として埋め込むことで製造されるこの兵士は、半永久的に活動することが可能であり、ボディを完全に破壊されるか胸に埋め込まれた内部の魔鉱石を砕かれない限りは動き続けることができる。
少年の住む村は、南にあるエン国という国家に軍隊を送り込まれ侵略を受けていた。少年は母と弟妹を先に逃がし、自分は弓矢と剣で敵と戦いこれを食い止めようと、敢然と敵に立ち向かったのである。
この少年は常日頃から戦闘訓練に明け暮れており、武器を振るうこと自体には慣れていた。少年はこちらに向かってきた敵兵数人を、針葉樹の林を利用してたちまちに打ち倒したのであるが、それでも敵の後方からは続々と傀儡兵が集まってくる。
少年は傀儡兵が次の矢を装填している隙をついて矢を放ち、敵兵の一体を射抜いた。少年の体躯は決して大きいものではないが、張りの強い弓を引ける程度には鍛え上げられている。矢は胸を貫通して深々と突き刺さり、傀儡兵の動きを止めた。動力となる魔鉱石を砕いたのだ。
装填を終えた弩兵が再び矢を射かけてくる。少年は樹木を盾にそれを防ぎ、再びお返しとばかりに矢を放った。それによって敵を一体仕留めたが、それを見た傀儡兵は左右に散ってしまった。その後方から、今度は槍と盾を構えた傀儡兵が姿を現した。
「ちきしょう! かかってこい!」
もう、やけくそだった。少年は弓に矢を
少年に向かって、槍が振り下ろされる。少年はそれを躱すと、一体の槍兵の懐に潜り込んでその胸に剣を突き刺した。何か硬いものが内側で砕ける感触が少年の手に響くと、槍兵は槍を取り落として動きを止めた。その要領でもう一人の兵に肉薄し、その腕を斬り落とした。
本来であれば人間の兵士と傀儡兵のキルレシオは二対一と言われる。つまり、傀儡兵一体を倒す間に人間の兵士は二人が死ぬ計算になるのである。恐れを知らず、半永久的に動くことのできる傀儡兵に対して、空腹や怪我、病気や疲労などで戦闘能力が著しく低下する上に恐怖心を抱くこともある人間では、どちらが兵士として優れているかは言うまでもないことである。
それを考えれば、この少年の活躍ぶりはまさしく獅子奮迅と言えるものであった。だが、もうこの少年の決して大きくない体には、もう限界まで疲労が蓄積されてしまっている。
後ろから繰り出した槍兵が、再び槍を突き出し攻撃を仕掛けてくる。疲労からか少年は一瞬、回避が遅れ、槍の切っ先が左腕を切り裂いた。
「いった……」
傷は浅かったが、自らの腕から流れる血を見て、途端に少年は悲観的な感情に心を支配され始めた。
――ああ、自分はもう、ここで死ぬより他はないのではないか。
少年はここにきて、先程以上により鮮明に、自らの死を意識するようになった。後ずさる少年に対して、槍兵はじりじりと距離を詰めてくる。絶体絶命の危機であった。
その時である。
「ちぇすとお!」
突然、女性のものと思しき甲高い声と共に、何かが空から降ってきた。
地響きが鳴り、巻き上がる砂塵と共に、一瞬で、密集した槍兵たちが砕け散った。
「なっ……何なんだ……!?」
何が起こったのか、少年には理解不能であった。隕石でも降って来たのだとしか思えないが、それでは女性のものらしき声に説明がつかない。
「さぁ、お姉さんが来たからにはもう大丈夫だよ、少年」
「え……女の人……?」
空から降ってきたものの正体は、若い女性であった。紺のショートパンツに灰色のタンクトップという身軽で涼し気な格好をしたその女が、傀儡兵を一撃で粉砕してしまったのだ。
だが、傀儡兵は恐れを知らない。すぐに別の槍兵が後方より襲い来る。
「はああっ!」
女は飛び上がり、突き出された槍を足場代わりに踏み付け、蹴りを入れて傀儡兵の頭部を粉砕し、その勢いで槍を奪い取った。その槍で立て続けに二体の傀儡兵を突き通し動作を停止させた。結い上げた黒いサイドテールを揺らしながら、流れるような動きで傀儡兵を仕留めていく。その様は、とても普通の人間、それも女性がなせる業とは思えない。
あっという間に、その場から傀儡兵が一掃されようとしていた。だがその時、樹木の影から弩兵が狙いをつけていたのを、少年は発見した。
「危ない! 弩だ!」
少年が叫ぶ。しかし、もう遅かった。弩兵はすでに引き金を引いており、矢が女目掛けて放たれる。
「こんなもの! お見通しよ!」
何と、女は槍を放り投げると、矢を手で掴んでそのまま投げ返したのだ。返された矢は弩兵の胸に刺さり、弩兵はがくりと倒れ伏した。
反対方向から、またしても弩兵が現れ矢を放った。だが、これも同じ末路を辿った。弩兵の放った矢は投げ返され、胸を貫かれた弩兵は動きを止めて倒れてしまった。
そうしてこの場に展開していた傀儡兵は、その全てが破壊、もしくは機能停止状態にされた。
「あの……お姉さん……」
「あたしはトモエ。よろしくね、少年」
散らばる傀儡兵の残骸のど真ん中で、女は少年に微笑みかけた。
その夜、二人は夜空の下で火を囲い、先程仕留めた鹿の肉を焼いて腹ごしらえをしていた。
「猪とか鹿なら食べられるけど、傀儡兵じゃあいくら倒しても腹は膨れないのが難点よね。あーあ、敵さんも美味しいお肉になるような兵隊を差し向けてくれればいいのに。牛とか」
「でも、牛が突進してきたらトモエさんならともかく他の人たちじゃ逃げちゃいますよ」
「それもそうかぁ……そういや火のついた牛を使った武将とかいたなぁ……」
夜空の下には、二人だけの世界が出来上がっていた。他の村民は避難してしまっているため、ここには少年とトモエの二人しかいない。熾烈な死闘を敵と繰り広げた後とは思えない程、二人の会話は何処か気の抜けたものであった。
「そういえば、まだオレの名前を名乗っていませんでした。オレの名前はリコウといいます」
「なるほど……リコウくんかぁ……」
トモエの視線が、手に持った肉からリコウの方に移った。その視線は下から上へ、這い回るように移動する。
「もうちょっと細身で小柄だったらなぁ……」
「え、何ですか?」
「あ、まずい。今の忘れて」
それきり、トモエは押し黙ってしまった。
リコウは、横目でちらりとトモエの方を見た。拳や蹴りの一撃で傀儡兵を破壊してしまえるような怪物である。さぞ筋骨隆々としているのだろうと思ったが、意外にもその腕は細く、筋張った感じには見えない。全体的にどちらかと言えばスレンダーな方で、その割に胸は豊かな方であった。それに、自分の村では見たことがないような美人だ。リコウは自分が女性の胸を見つめていることに気がついて、顔を赤らめると共に目を逸らした。
夜空には、雲一つなかった。星々が輝き、丸い月が懸かっている。
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