第222話

俺の問いに都丸さんは「ああ」と一言呟いて、懐から書類を取り出した。

スケジュールでも書いてあるのだろうか。


ちょっとそのスケジュールほしいんですけど。


「ほれ」


……英語で書かれてるじゃん。いらんわっ。


「10階までは直通だそうだ」


「おー……それ以降は?」


なるほど。

事前にアマツにネゴってたのかな?

イベントがあった時にはアメリカから話きてそうだったし、それより前の事だろう。


まあ、ショートカット出来るのならありがたい話だね。


問題は10階についてからだけど、極大ダンジョンって確か広いんだよな。

どこに次の階へと続く道があるか分からないし、俺だけ先行も出来ないしなあ。


てか、置いてったら今回集まった意味がないし、やっぱ米軍と足並み揃えて行くしかないんだろうけどさ。徒歩はちょっと面倒よね? かと言って車とかだとねえ……。


「車で移動だそうだ」


なんだって。


「大丈夫なんです? そっこうで大破しそうな予感がしますけど」


10階以降の敵と接敵すると、車なんて破壊されそうな予感しかしない。

たぶん牛さんでも破壊出来そうだし、極大ダンジョンの敵ならもっと楽勝で車をスクラップにしてくれる事だろう。どうせなら飛行機だそうよ飛行機。俺が操縦しても良いしさ。墜落するけど。


俺がだいじょぶかいなーと疑いの視線を向けると、都丸さんは顎をさすり、ふむと呟く。


「道中の安全は米軍が確保するそうだ」


資料に書いてあったんかね?


安全確保するって、道中の敵を全て排除してるとかだろうか。

相当広い範囲になると思うけど、いけるんかなー。


いや、でも自衛隊と比べてずっと人数多いだろうし、いけるのかな?


「が、それなりの率で壊されるだろうな」


「ダメじゃんっ」


安全確保出来てないじゃんかよう。

書類に書いておいてそりゃないぜ。思わず突っ込んだ俺は悪くないはずだ。


「なに、壊れたら走れば良い」


「えー……」


徒歩で行軍とかつらたん。


「道路が整備されてる訳じゃないんだ、どう考えても走ったほうが早いだろう」


「……まあ、確かにそうっすね」


整備されてない道を車でかっ飛ばすとか、地獄かな?

酔いそうで嫌だ。


それに、悪路だと車はあまり速度出せないしね。


車で酔う上に遅いとか、そら歩いた方がいいわ。歩くというか、この場合は走るだけど。

ポーションあればスタミナは問題ないし……うん、走ったほうが良いな。


「……いっそ壊しちゃいます?」


「うおい」


思わず口走った俺のセリフに、都丸さんが少し焦る。

珍しいこともあるもんだ……いやね、むしろ始めから徒歩の方が良いんじゃないか? って思ってしまった訳ですよ。

車をちょっと壊して、慣れない装備で躓いちゃって……とか言い訳すれば……都丸さんの目が怖いのでやらんけどなっ。


「じょーだんですって!」


ジロリとこちらを見る都丸さんに、笑顔でごまかす俺。

眉間をおさえて黙ったので、きっと誤魔化されてくれたに違いない。



さてさて、冗談はさておき。

そろそろ時間だし、行く準備しますかね?


とりあえず床で転がってるクロを回収せねばいかん。


「ほりゃ、クロいくよー?」


未だにちょっと機嫌が悪いのか、声をかけても尻尾を少し振るだけで、動く気配がない。


しょうがない……と思いながら、クロを抱えようとするが……。


「ちょっ」


にょろんとまるで液体のように、クロが俺の手から抜け出してしまう。

そしてやはり動く気配はない……まったく、クロってばしょうが無いなあ。



「え、ク、クロさん? クロさん???」


何度やってもにゅるりと逃げていくクロ。

しまいには床をすーっと滑って俺から離れて行ってしまう。


あれ、重力操作で浮かんでやがりますよ??




「疲れた……」


結局5分ぐらいクロは逃げ続けた。


疲れた俺を余所に、クロは実に機嫌が良さそうだ。

クロとしては俺と遊んでいるつもりだったのだろう……まあ、良いのだけどね。膝の上でまるくなったクロを見れば疲れも吹っ飛ぶというものだ……なんか、まわりの俺を見る視線がどこか微笑ましいというか、生暖かいというか、そんな感じがする。あと、こんなところまで撮影するんじゃねーですよ。



まあ、とにかく出発だ。

もう俺も含めて皆、車に乗り込んでるしね。


ゲートキーパーは米軍が引き受けてくれるそうだ。何事もなければ今日中に目的の階層につくらしい。今日中に一度は例のスライム? 山羊? を見ておきたいところだ。




んで、その日の夕方頃。

巨大な扉を開き、中に足を踏み入れる俺とクロ。その後を続く隊員さん達。


「おお、確かに山羊だ」


眼前には色がちょっと……黒の強い玉虫色って感じで、どう考えても山羊の色では無いけれど、確かに山羊らしき生物が蠢いていた。

……いや、あれを眼前というのはちとおかしいか。ちょっと距離がありすぎる。あの山羊くっそデカいなっ。


「極大ダンジョンだけはあるなあ」


ちなみに俺たちがいるのは、ゲートキーパーの居る部屋だ。広すぎて部屋って言えない気もするけどねー。


予定よりも早く到着したらしく、夕飯前に一度戦ってみようってことになったのだ。


「それじゃ、荷物はそこにまとめて置いておくか。」


「うぃっす」


都丸さん指示に従って、俺たちは背負っていた荷物を下ろして、一箇所にまとめていく……うん、背負ってた荷物なんだ。車に積んでおいた荷物では無い。


車はどうしたかって? もちろん壊れましたとも。


やっぱさ、不整地をあの速度で走るのは無理があるんだって。

俺とクロ、それに北上さんは後部座席に乗っていたんだけど車が岩に乗り上げた反動で、体が浮いて車から落ちそうになったし。


あ、乗ってたのは屋根が無いタイプね。


んで、落ちそうになったもんで、思わず反射的に鉈を床に突き刺した訳なんですよね。そしたらね、切れ味良すぎて床を突き抜けて、地面にぶっささった訳でして……まあ、なにが起きたかというと。


鉈で車を地面に縫い付けた形になって、車が前後で泣き別れになった。

不可抗力だよ……わざとじゃないもん。車が脆すぎたんだ。


幸いにして俺とクロは勿論、隊員さんも米軍も車で事故ったぐらいじゃ、ダメージらしいダメージはないので、そこは助かった。


ただ、クロと北上さんが座席からスポーンと射出されたのは本気で焦ったけどな!


全力ダッシュして、地面につく前にキャッチ出来たから良かったものの、これが間に合ってなかったら……丸一日ぐらい構ってくれなくなっていたかも知れない。


あ、クロの話しね。北上さんはキャッチしたあと、ツボに入ったのかしばらく笑ってたよ。楽しそうでよかった……まあ、罰としてここに付くまで北上さんの車変わりをすることになったけどね。ようは荷物もって北上さん背負って走ったってことだよ。クロは頭の上に乗ってた。


そんなんご褒美じゃんって? 鎧がゴツゴツしててわかんねーですよ。ハハハ!



……はあ。


まあ、それは過ぎたことである。

とりあえず今はこちらに迫ってきているあのくそでっかい山羊に集中する時だ。


「おいしいのかな?」


「あれは食べちゃダメやつでしょー」


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