66.また裏切られて

 鈍色の刃が血で赤く染まっている。

 血を流しているのは俺だ。

 目の前にはゴブリンが迫っている。

 だけど、後ろにはゴブリンよりも汚い顔をしたかつての仲間が笑っていた。


「ぐっ……な、なんで?」


 ガランは突き刺した剣を抜く。

 俺は口から血を吐きながらよろめき、傷口を押さえて振り返る。

 ガランは剣をおろし、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なんで? わからねーのか?」


「っ……」


「最初からこうするつもりだったんだよ。混乱に乗じて連れ出せたのは幸いだったぜ」


「ガラン……改心したんじゃっ」


「は? あんなもん演技に決まってるんだろ。まさか本気で信じてたのか? つくづく甘い奴だなお前は」


 けらけらと軽率な言葉を並べている。

 こっちが本心で、あの表情が本性だと知っていたはずなのに……

 ガランは切先を俺に向ける。


「改心なんてするかよ。そもそも俺は悪くねーんだから、改めるものなんてないんだよ。悪いのは全部お前だ」


 ガランはハッキリと言い切った。

 自分の言葉を何一つ疑っていない目をしている。

 もはや清々しいと思えるほどに、彼は彼のことしか考えていない。


「だから死んでくれ。お前さえいなければ、全てが上手くいくんだよ」


 ガランは本気で俺を殺そうとしている。

 反対からはゴブリンが迫る。

 挟まれた状態で逃げ場がない。

 このまま戦っても勝ち目は薄いと考えた俺は、バッグから煙だまを取り出し地面に投げる。


「っち、こいつ!」


 周囲が煙に包まれる。

 ガランはイラついた表情を見せたが、すぐにおさめて剣を降ろした。


「まぁいいか、どうせあの傷じゃ長くはもたない」


 そう言って剣をしまい、俺のほうへ背を向ける。


「じゃあなシンク。せいぜい醜く死んでくれ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方、ミアたちの戦いも激化していた。

 ロードの出現によりゴブリンの動きが活性化され、次第に押され始めている。


「くそっ! このままじゃ戦線を維持できない」


 指示を出していた男が焦りを浮かべていた。

 それでも善戦する中、ミレイナがガランの帰還に気付く。

 と同時に、シンクの姿がないことに疑問を抱く。


「ガランさん、シンクさんは?」


「あいつならまだ戦闘中だ。思ったよりも数が多かったんでな。時間がかかるからって、俺を先に戻したんだよ」


「そうです――!」


 ミレイナはガランの表情を見て察する。

 これでもかというくらい悪い顔をしていて、ティアラたちに近づいて呟く。


「上手く行ったぞ」


「そう。せいせいするわね」


 ぼそぼそと話す二人。

 その会話が聞こえてしまったミレイナは、最悪の可能性に気付いてしまう。


「まさか……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はぁ……はぁ……ぐっ、う……」


 傷口を押さえながら俺は走っていた。

 後ろからはゴブリンの一団が追ってきている。

 ガランに裏切られ負傷し、何とか現場からは逃げられたが、ゴブリンには気付かれてしまったようだ。

 

 走れば走るほどに血は流れ、貧血で意識が沈んでいく。

 徐々に走ることすらできなくなって、気付けば立ち止まり倒れていた。


「くそ……こんなことで……」


 俺は激しく後悔していた。

 どうして気付けなかったのか。

 これまでの彼らを知っていれば、改心など嘘だとわかったはずなのに。

 ガランの言う通りだ。

 俺は甘い……甘すぎた。

 なんて今さら後悔しても遅いか。

 何となくわかる。

 俺はもうそろそろ死ぬ。


「……皆……ごめん」


 ミア、キリエ、ユイ……

 脳裏に浮かんでいたのは彼女たちのことだった。

 走馬灯というやつも流れる。

 思い出すのは、ここ数週間の思い出ばかりだ。

 激動のように過ぎて、大変だったけど楽しかった。

 

 死にたくない。


 思い出すほどそう思える。

 願わくば、この先も彼女たちと一緒に冒険をしていたかった。

 そう思いながら、俺は目を閉じる。

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