黒と白の激突
笑い声を発しながら、実に楽しそうに戦い合う2人……アムルとカレン。
今や対極の位置に立つ2人は、それでも反発ではなく惹かれ合うように、その剣と拳を交錯させる。
「ふふ……うふふふっ……」
「くくく……はははっ……」
アムルの鋭い爪がカレンの腕に赤い線を引き、カレンの剣閃がアムルの頬に血華を咲かせる。
双方、一撃必殺と思える様な攻撃を繰り出しつつ尚、その顔には恐怖ではなく笑みが湛えられていた。
それは、決して強がっている訳では無い。
心底楽しそうに、嬉しそうにしている事は、誰が見ても……傍で見ていたバトラキールでさえ分かることであった。
「……やれやれ。お二人とも……お若い」
半ば呆れながらも、この見通しの良くなった魔王の間で、ただ1人この攻防を至近距離で見守っていたバトラキールは、思わずそう声を漏らしてしまっていたのだった。
それでも、この拮抗した状況を双方ともに望んではいない。
もしかすれば、本当に永遠の戦いを切望していたかも知れないのだが、彼らに課せられた代償と、それを使い続けられるだけの時間が許してはくれなかった。
互いに、その事を痛感しているのだろう。
黒と白の交わりは、時を置かずに、そして双方申し合せたように距離を置くことで終わりを迎えたのだった。
「……凄いわね、魔王。ここまで今の私と互角に渡り合えた者は、人界のどこにもいなかったわ」
感心……と言うよりも、驚嘆に近い声音で、カレンはその素直な胸の内を言葉にした。
カレンの言い様に偽りがない事は、相対しているアムルが誰よりも理解している。
だから、ともすれば上からの物言いに聞こえなくもない彼女の台詞も、素直に受け取る事が出来たのだった。
「そういうお前も、今の俺にここまで付いてこれるんだ。大した勇者だよ……まったく」
そしてアムルもまた、最大の賛辞を込めてそう口にしたのだ。
それに対してカレンは、にっこりと優しい微笑みで答えた。
彼女もまた、アムルの語りにはなんら含むところがないと察する事が出来たのだった。
互いに、至高ともいえる力を手にし、それを全力と言って良い状態で相手にぶつけ、それでもなお呼応してくれているのだ。これほどに嬉しい事は無いのだろう。
「……でも」
「……ああ」
そんな、ある意味で至福である時間。
だが、至上の幸福であるからこそ、永遠に続かない……続けてはいけない事を、2人とも分かっていたのだ。
そしてこの2人の台詞には、決着をつけるという意味合いが込められている事もまた、違うことなく理解していた。
ほとんど同時に、両者は各々に内在する魔力、そして精霊力を高めだした。
力を籠めるでもなく、気合を入れるでもない。
ただ静かに目を閉じ、瞑想でもするかのように呼吸を整え出したのだ。
先ほどとは異なり、動ではなく静の対峙。
しかしそれが、これまでの戦いよりもより高次であることは、その場にいる者ならば十分に理解出来る事であった。
その証左は、膨れ上がるアムルの黒、そしてカレンの白が物語っている。
極大……そう言って差し支えない程、各々が纏う魔力、そして精霊力が大きく、そして濃密になって行く。
先に動き出したのは、白の勇者カレンであった。
白よりも更に目を覆うような白色の光を発し、カレンは今度は両掌をアムルへと向けて掲げた。
「グ……グフッ!」
その直後、アムルの身体に、まるで上方から抑えつけるように強大な力が加えられたのだ。……いや、足元から引かれる力か。
それは、先に戦った鬼神像に組み込まれたトラップと同じ、重力に訴えかける魔法であった。
先ほどアムルはその強大な魔力をもって、カレンの放つ精霊の力を借りた魔法でさえ耐えきった。
そんな彼に、属性を付与した精霊魔法は効果が薄いと、そうカレンは考えた。
そして彼女の選んだ魔法は、分かっていても防御のしようがない……精霊の加護を借りなければ逃れようのない魔法であったのだ。
そして、その試みは見事に功を奏していた。
アムルは、これまでに感じた事の無い超重力を上方より受け、地に圧し潰されんほどの圧を受けていたのだった。
「グ……グオオオッ!」
それでも魔神と化しているアムルは、その極限まで凝縮した己の魔力をもって、カレンの魔法に対抗していた。
カレンが精霊に命じて干渉させて圧し掛かってくる重力場を、彼はその魔力で中和させているのだ。
今やアムルを中心とした一帯で、重力場が正常なのは彼の周囲だけだ。
それでも、その状態を維持する為に、アムルはより魔力を濃密とする必要があった。
彼が形成する魔力フィールドは黒よりもなお暗い闇色を発し、周囲の光を吸収し侵食していた。
精魂を込め、全精力を注ぎ込みこの場に臨んでいるのは、何も術を受けているアムルだけではない。
「……くっ」
仕掛けているカレンの方も、その労力は相当なものであったのだ。
精霊をその配下に置き、魔法では考えられないような威力の現象を実行できる今の彼女であっても、現在使用している重力を制御する事は簡単な事ではなかった。
重力……と言う、この世界では実証も証明さえされていない、理論上の現象。だが勿論、この事象は実在する。
人が大地に足をつけて過ごせているのは、偏にこの重力のお陰なのだ。
誰が文言をもって説明しなくとも、実感として全ての者がその恩恵を受けている。
それでも、その効力を目にし体感している……と認識出来る者は少ない。
水に潜れば、空気を吸えない事を感じ得る。
目を瞑れば、光が閉ざされている事を理解出来る。
そういった、ハッキリと分かる事柄であれば、文章に書き連ねる事も出来、魔法として実現する事も難しくない。
だが実際にあるが説明出来ない事柄……と言うものは、魔法として使用する事も困難であるし、その精霊を認識し、使役する事など更に難しい。
そして、精霊としての「重力」を司る存在は、一般に識ることの出来るそれとは大きく異なっていた。
位階としては上位精霊に相当するのだが、その立ち位置はどうにも曖昧でハッキリせず、今のカレンとてその力を行使させるのは簡単ではなかった。
何せ、カレンにしても「重力」について詳しく理解している訳じゃあないのだ。
疑似的に魔法で作り出したものなら、然程強く力を行使しなくとも、その効力を無効化出来る。
それこそ、下階で鬼神像が使ったような魔法程度であったならば、苦も無く対処が可能なのだ。
だが、現在カレンがアムルに対して使用している魔法は、鬼神像の使ったそれの比ではない。
聖王剣の恩恵を受けて、重力を司る精霊に強く力を借りて行使している、魔法では再現不能な現象なのだ。
これを御す為には、カレンもそれ相応の力を注ぎ込む必要があったのだった。
カレンが、アムルを圧殺せんとする程の力を込めて仕掛け、対するアムルはその魔法に只管耐えている。
この攻防は、カレンがアムルを屈服させるか、それとも彼女が力尽きるまでアムルが耐えきるか……そういった様相を呈している。
「は……はあぁっ!」
「ググ……クククッ!」
更に力を籠めるカレンの攻撃は、超重力となってアムルへとより強く圧し掛かる。
そしてアムルもまた、それに耐える為により魔力の密度を上げて対抗していた。
このままでは、勝敗が決するまでにまだ時間が掛かりそうにも思われたのだが。
「……なっ!?」
それを良しとしないアムルが、動きを開始した。
そしてその兆候を指したカレンは、信じられないと言った表情で絶句したのだ。
アムルは、動くこともままならに筈の自身を取り囲む空間で、カレンの方へと向けて歩を進めだしたのだ。
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