第17話 合宿最終日の寝釣り
8月5日。安永たちカラーバトン隊は校舎の外をジョギングしていた。
「校長もしんどいこと言うよ。『ウナギの仕掛け場まで走って行け』なんて」
「暑いよ……」
メンバーは不満を言いながら走っていく。
一向がウナギの仕掛け場に着くと、ロビンソンが手を振って待っていた。
「おーい、みんなー!」
夜人一倍動いていたロビンソンだったが、朝から元気だ。
ウナギの仕掛けを不安げに引く一同。
「かかってるかな?」
「大丈夫だよ、カエル餌にしたから」
ロビンソンは自信ある言葉を投げる。仕掛けを引くと、水面から巨大な長いものが見えてきた。
「おお、でかい!ウナギでかっ!」
メンバーたちがウナギの姿に興奮する。
次々と釣り上げられていくウナギ。その姿に安永たちも疲れを忘れていた。
「いやー、予想以上の大漁だ。じゃ、これ持って帰って、ちらし寿司作るから。みんな晩御飯は楽しみにしてよ!」
ロビンソンは上機嫌である。
「おお!」
一同が盛り上がる。
ロビンソンはウナギをバンに乗せて、ロビンソン亭に帰っていった。カラーバトン隊は走って高校へ帰っていく。
「ウナギ、ウナギ、ウナギ」
メンバーたちは変な掛け声をかけながら走っていた。
8月5日13:00。安永拳たちカラーバトン隊は慣れない手つきで大きな旗を持っていた。安永たちの前に立っているのは鈴井校長ではなく、若い男性だ。
「こんちわ。本当の『特別コーチ』のルギーマーチングバンドの羽田です。みんなよろしく」
「よろしくお願いします」
緊張した面持ちのカラーバトン隊。やっとまともな練習ができると期待する一同であった。
「じゃあ、旗持って5キロ行進ね」
「ええ?」
「はい、文句言わない。じゃ、はじめ!」
鈴井校長の時とあまり変わらない練習内容に一同は失望した。男たちの厳しい行進がはじまった。
一方、音楽室ではなっちゃん先輩をはじめとするルギーマーチングバンドのメンバーが吹奏楽部の生徒の指導にあたっていた。三日月モモたち吹奏楽部の部員たちも練習に力が入る。
保健室ではあすか先生がモモのペットミッフィーをじっと見つめている。
「かわいいわね、やっぱり。マロン……いや、ミッフィーちゃん」
終始笑顔のあすか先生。ミッフィーはその笑顔に不気味さを感じ、ベッドの下に転がり込んだ。
「あ、ちょっと待って、ミッフィーちゃん」
あすか先生がベッドの下にもぐりこんだミッフィーを見ると、
「あれ?光ってる」
なんと、ミッフィーがベッドの下で光っていた。
「ミッフィーちゃん、光るんだ。かわいい!」
あすか先生はベッドの下からミッフィーを取り出し抱きしめた。ミッフィーは逃れようともがくが、あすか先生の抱きしめる力が強く、抜け出せない。
夜になり、夕食を食べ終わった後、安永たちはまたロビンソンが来るかもしれないと戦々恐々としていたが、結局ロビンソンはその日現れなかった。一方、モモたちの寝室ではみんなミッフィーを中心におしゃべりをしている。
「かわいいよね。ミッフィー」
「ほんとほんと、モモがうらやましい」
「え、でも結構めんどくさいところもあるよ。重いし、転がることしかできないから遅いし」
「えー、こんなに癒されるのに?」
「そう?別に癒されないけど」
「うそ?!」
おしゃべりが盛り上がっている中、あすか先生が寝室に現れた。
「モモちゃん、今晩ミッフィー借りてもいいかな」
「いいですよ、あすか先生」
「ありがとう、モモちゃん」
ミッフィーを抱きかかえて、部屋を出るあすか先生。モモ以外の女の子たちはうらやましそうな顔をしてあすか先生たちを見送った。
「かわいいかわいい、ミッフィーちゃん」
満面の笑みを浮かべるあすか先生に対し、ミッフィーは少しおびえていた。
8月6日。安永たちカラーバトン隊はなぜかサッカー場にいた。
「俺達、なんでここにいるんだろう?」
「ていうか、サッカー部と練習試合って」
「校長、いままでも無茶なことを言ってたけど、これはあまりにも無茶すぎだって」
口々に不満をいうカラーバトン隊の面々。
「でも、ヤスケンがいるから、ちょっとはマシじゃない」
「そうだ、頼むぞエース」
「おいおい、プレッシャーかけるなよ」
あせる安永。
「じゃ、試合開始!」
鈴井校長が試合開始のホイッスルを鳴らした。
前半から次々と点を入れるサッカー部。カラーバトン隊には安永がいるが、安永までボールが回らない。
「おい、お前ら何やってんだ!しっかりやれ!」
鈴井校長が無茶な檄を飛ばす。
試合終了後、サッカーに翻弄されたカラーバトン隊は疲労困憊であった。
午後になると前日と同様、ルギーマーチングバンドの面々が指導にきた。カラーバトン隊は相変わらず行進をしている。男たちの顔から精気が失われる。
夜は学校の校庭で花火大会。コンビニで買った花火に火をつけ、花火の輝きを楽しむ生徒たち。その中で、サッカー部の菊地萌子が花火になかなか火がつかず苦戦していた。花火の火口を見ようとする菊ちゃん。
「あぶない、菊ちゃん!」
安永が叫んだ瞬間、菊ちゃんの花火に突如火がついた。
「きゃっ!」
尻もちをつく菊ちゃん。その前髪に火がついている。
「菊ちゃん、前髪が燃えてる!」
モモが急いでハンカチで菊ちゃんの前髪についた火の粉を振り払った。
「あ、ありがとうございます」
菊ちゃんは恥ずかしそうにモモに礼を言った。
8月7日。この日は1日中ルギーマーチングバンドが指導に当たっていた。音楽室では吹奏楽部が全体練習を行っていた。
「ダメダメ、全然なってないよ!」
指揮者の玉木が不満を言う。
「玉木くん、今のは君のせいだよ」
音楽室の隅で座っていた眼鏡の男が玉木に注意する。
「俺のどこが悪いんですか、ルギーさん?」
口をとがらせる玉木。
「じゃあ、ルギーさんがやればうまくいくんですか?」
悪態をつく玉木。
「しょうがないな、見てなさい」
ルギーは立ち上がり、指揮を始めた。玉木が指揮していた時と違い見事な演奏をする吹奏楽部の面々。演奏後、うなだれる玉木。
「玉木くん、指揮者は主役じゃないんだよ。みんなで一つにならなきゃ」
「そんなのわかりませんよ。みんな指揮どおりに演奏すればうまく行くはずなんだ」
玉木は自分とルギーの指揮の違いに気付かなかった。
夕方、一人サッカー場でシュート練習をする安永。モモが遠くからその姿をみる。
「ヤスケン……」
合宿も最後の夜。食堂で夕食をとっているところ、一人の男がはいってきた。
「みんな、こんばんは」
「おお、リーダー、おかえり!」
「お帰りリーダー!」
「インターハイはどうだった?」
インターハイに出場していた体操部の城嶋しげるが帰ってきたのだ。しげるの周りに集まる面々。
「ありがとう、まあインターハイの話はまた後で。ところで、港で夜釣りに行かないか?」
「いいね、行こう行こう」
安永が賛同する。そのほかの面々も賛同していった。
1時間後、十数人の男たちが港の波止場に集まっていた。竿はロビンソンが貸してくれた。ロビンソンはいったんロビンソン亭に戻っていった。そして、港には鈴井校長、あすか先生そしてなぜかミッフィーもいた。
「じゃ、夜釣りよ今夜もありがとう!プレイボーイ!」
鈴井校長が夜釣り開始の合図を送る。
「ミッフィー、ライトオン!」
あすか先生が声をかけるとミッフィーが光りだした。絶妙の明るさで光るミッフィーは男たちのいい明りになっていた。
「おお、来た、来た!」
しげるの竿にアタリが来たようだ。盛り上がる男たち。
「やったー!」
しげるが釣り上げた魚は大きな目玉をしている。
「はい、リーダー、メバルゲット!」
「校長までリーダーって言わないでくださいよ」
22:30。ロビンソンが店から波止場に戻ってきた。夜釣りの様子を見たロビンソンが突然怒った。
「だめだよ、そんなに明るくしちゃ!魚が来ないよ」
どうやらミッフィーの明かりが釣りに邪魔だったらしい。
「しょうがないわね、ミッフィー、ライトオフ」
あすか先生が声をかけるとミッフィーが光らなくなった。
「いったい、どういう仕組みだ、あれ?」
しげるが不思議に思う。
「これからが勝負だから、みんながんばって」
さっさと立ち去るロビンソン。
「よし、みんな朝まで勝負だ!」
とんでもないことを言い始めた鈴井校長。
「まさか……」
絶句する一同であった。
25:00。波止場で夜釣りを続ける一同。連日の疲労からか、みな寝そべりながら釣りをしている。
「全員寝釣りの体勢に入りました」
無駄な解説をする鈴井校長。
「釜揚港寝釣り甲子園。果たして栄光を掴むのはどの選手でしょうか?」
「寝ー釣り!寝ー釣り!寝ー釣り!」
「ギャラリーから寝釣りコールがかかっております」
鈴井校長が静かな声でひとり盛り上がっていると、しげるが何かを見つけた。
「校長」
「どうした、リーダー?」
「ヤスケンが『マジ寝釣り』に入りました。竿の代わりに懐中電灯を握っています」
「それはかなりの高等テクニックだ」
「安永選手、本格的な『マジ寝釣り』に入った模様です。モモッチの夢でも見ているのでしょうか?」
「あ、モモッチ?」
ふと目覚める安永。懐中電灯を握っている姿に気づき、あせって竿を握りなおす安永。
「ああっと、残念。安永選手『マジ寝釣り』終了です。これから、寝釣りも正念場。各選手『マジ寝釣り』に入るのでしょうか?楽しみです」
ひとり盛り上がる鈴井校長。一方、あすか先生はミッフィーを抱きまくら代わりにして車で熟睡していた。
その後、男たちは大したあたりも出ず、寝釣りの体勢のまま夜が明けた。
「はい、試合終了!」
鈴井校長が元気よく試合終了を告げた。
学校についた一同。学校に残った面々が迎える。しかし、疲労のあまりゾンビのように歩く男たちを見て、みな引いてしまった。
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