第4話 魔女は誰?

 時刻は午前9時。情報収集を済ませてリビングに戻った俺は、このシェアハウス内の自分の部屋がどこにあるのかを芦屋さんに尋ねようとしたのだが──


「今から5人で自己紹介をするです!」


 と彼女から告げられ、気づけば俺はリビング中央のソファーに座らされていた。


 そして現在俺の目の前に居るのは、起立して横一列に並んでいる5人の美女たち。おそらく何も事情を知らないヤツがこの光景を見せられれば、きっとアイドルオーディションか何かと勘違いすることであろう。


 まあ、5人中4人は俺を騙そうとしている『魔女』なのだが。見た目は全員アイドル並に可愛くても、中身まで可愛いとは限らないってわけだ。まったく辛い話である。


「では早速自己紹介を始めるです!!」


 フカフカのソファーの上で葛藤している俺に向けて、列の1番左に立っている芦屋さんが言う。どうやら5人の自己紹介が始まるようだ。おそらく俺から見て、左から順に自己紹介を行うのだろう。


 『魔女』が自己紹介でボロを出すとは思えないが、彼女たちの人物像を把握するのは『魔女狩り』をしていく上で欠かせない。じっくり聞いておくとしよう。


「よし、分かった。じゃあ早速芦屋さんから自己紹介をしてもらおうかな」


「了解です! エントリナンバー1番! 芦屋凪沙、いきます!」


 やらたと元気いっぱいで俺に宣言してきた芦屋さんではあるが、果たして彼女は何にエントリーしているのだろうか。


「えっと、私の名前は芦屋凪沙です。最上大学の3年生です。す、好きな食べ物はハンバーグです。あとは、えーっと! ちょっと幼い見た目かもしれませんが、これでも岩崎さんと同じ年です! だ、だから、その! 私のことはちゃんと1人の女性として見てほしいです! これからよろしくお願いします!!」


 うむ、天真爛漫ではあるが見た目に騙されちゃいけない。もしかしたらコレは幼い見た目を利用した魔女の罠かもしれないからな。芦屋さんは俺の庇護欲を利用して、狡猾なトラップを……なんてこともあるかもしれない。無条件に彼女を可愛がるのは危険過ぎる。


「え、えへへ、なんか恥ずかしいですね……」


 俺は騙されないぞ。そんな風に頬をポリポリ掻きながら恥ずかしがっても無駄だ。可愛い。そんな分かりやすいトラップに俺は引っかからないぞ。可愛い。俺は大企業の次期社長だからな。可愛い。


 ……次行くか。


「じゃあ、お次の方どうぞ」


「お! 次はアタシの番だな!」


 お。次は君か、おっぱいギャル。さっきはトイレの場所教えてくれてありがとうな。とりあえず自己紹介よろしく。


「アタシの名前は東条とうじょうリサ。南原大学3年。リサって呼んでね。あと、アタシを選んでくれたら、いくらでも身体触っていいよ?」


 ふむ、おっぱいギャルはリサか。よし、覚えた。


 うむ、先の自己紹介での大胆な発言といい、今も俺の視線を釘付けにして離さない胸部といい、この金髪ギャルは明らかに怪しい。ハニートラップといえばエロだからな。身体を売ろうとしてる時点でアウトだ。汝は魔女。罪ありき。


「お、おい、大河。アンタ、さっきからアタシのことジロジロ見過ぎ。さすがにそんなに見つめられたらアタシだって恥ずかしいんだよ……?」


「あ、ご、ごめん!!」


 なんか普通に胸元ガン見してしまった。いくら相手が魔女候補とはいえ、これはさすがに男としてマズかったか。


 つーか、この子って意外と恥じらいとかあるんだな。なんだよ、可愛いところもあるじゃねぇか。疑いづらくなるからそういうのやめてほしい。


「ちょっと岩崎っちー! 何ボーッとしてんのー! 次は私の番だよー!」


 おお、茶髪元気ガール。次は君の番だったのか。


「私の名前は峯岸舞華みねぎしまいか! 北林大学2年生のハタチ! 気軽に舞華って呼んでくれたら嬉しいかも! 岩崎っちとは1つ歳が違うけど、私は歳の差とか関係無しで岩崎っちと仲良くなりたいかな! あ、あと身体を動かすのは好き! 大学ではテニスサークルに入ってるの! これからよろしくね!」


 年下、テニサー、そして最後は俺に全力キュートスマイルを向ける、か。うむ、この女は魔女だな。


 きっとこの子は今まで数多の勘違い男子を量産し、絶望の底へと叩き落としてきたに違いない。おそらく彼女はテニサーという『陽』の立場に居ながら、『陰』の者にも分け隔てなく笑顔をふりまくようなビッチなのだろう。ラブコメの小悪魔系後輩キャラにありがちなパターンだ。


「あ、そういや岩崎っちって東都大学に通ってんだよね? 頭良いんだぁ!」

 

 なぜ急に俺を褒める? 別に俺を褒めたって何も出やしないが。


「あ、そうだ! 今度勉強教えてよ!」


「……はい?」


「いや、私って結構バカだからさ! 頭が良い大学に行ってる岩崎っちに勉強教えてもらおっかなって思って!!」


 なるほど。そういう軽い感じで俺を誘って2人きりになろうって魂胆か。俺への誘惑にしては良い線いってるかもしれないな。あんまりガッついてる感じしないし。


 だが、そんな甘い言葉に騙される俺ではない。ここは強い意志を持って彼女を拒絶しなければ──


「岩崎っち? なんで黙ってるの?」


「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」


「あー、もしかして私と勉強とか嫌だった? ま、まあ、そうだよね! まだ仲良くなってないのに、いきなりこんな事言われてもね……そ、その、ごめんね」


 やめろ。ガチでショック受けてそうな顔されると弱るじゃないか。


「岩崎っち?」


「あ、あー、うん。ま、まあ? 勉強を教えるくらい容易いことだからな。舞華と勉強するのは別に嫌なんかじゃない」


「え、ほんと!? やった! じゃあ今週末に岩崎っちの部屋で勉強会ね!」


 別に舞華のペースに乗せられたわけではない。なんか喜んでる舞華のことを可愛いと思っているわけでもなければ、自分の部屋に年下の女の子が来ることが決まってソワソワしてるわけでもない。これはあくまで監視だ。俺はあくまで2人きりになったときの彼女の挙動を観察しようとしているだけだ。


「え、あー、じゃあ次は私だね」


 なるほど。次は文学系メガネガール、君か。


「えっと、私の名前は音崎千春おとさきちはる。呼び方は大河くんに任せようかな。えっと、私は陣葉じんよう大学4年だから、歳は大河くんの1つ上ってことになるね。あ、でも敬語は使わなくて大丈夫だから。あとは、えーっと、あんまり喋るのは得意じゃないけど、大河くんとは仲良くなりたいと思ってます。これからよろしくね」


 メガネの彼女は音崎千春、か。さっきまでの3人とは違って結構テンションの低い自己紹介だった気がする。俺へのアプローチもそんなに積極的じゃない。


 この子が夢に出てくる『あの子』だったりするのか?


 いや、待て。そういう考えを俺に抱かせるのが彼女の罠かもしれないじゃない。最初はあえて魔女感を出さずに俺を安心させて、最後の最後に『実は魔女でした!』となるパターンかもしれない。


 危ねぇ危ねぇ。うっかり騙されてしまうところだった。


「あ、一応大河くんが望むんだったらメガネを外してコンタクトにすることもできるけど……どうする?」


「メガネのままでお願いします!!」


「な、なんでそんなに食い気味なの……」


 知ってる。どうせ『大人しい女の子がメガネを外したら美人だったパターン』だ。知ってるから。だからメガネ外すのは勘弁。もうこれ以上自分の心を惑わせたくない。つーか、千春さんはメガネのままでも十分美人なんだよ。普通にスタイル良いし。 


 よ、よし、次だ。


「うふふ、じゃあ最後は私ね」


 出たな、なんかエロいお姉さん。つーか、胸デカいな。ギャルのリサといい、メガネの千春さんといい、この子といい、全体的にスタイルどうなってんだ。


「東都大学2年の漆原沙耶うるしはらさやです。ふふ、実は私って大河さんと同じ大学の後輩なんですよ? 実は私、料理が結構得意で、これからこの家の食事は全て私が作ることになっています。愛情をこめて一生懸命作るので、たくさん食べてくださいね」


 どうしてもツヤツヤしてる唇に目が行く。なんか、こう、色んな意味で経験豊富そうに見えるというか。


 つーか、こんだけ愛人感出しといて後輩なのかよ。人は見かけによらないな。


「え、漆原さんって東都大の2年なの? ってことは、つまり俺より年下?」


「ええ、私は20歳です。もうっ、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか」


 言いながら、漆原さんは頬をプクッと膨らませる。まあ、確かにこういう可愛らしい様子を見れば年下っぽい、と言えなくもないか。


「あ、私のことは気軽に沙耶って呼んでくださいね? 大河センパイ?」


「お、おう……」


 違和感がとてつもない。なんか変な性癖に目覚めそうな気がする。


「ふふっ、センパイって意外と可愛いリアクションをするんですね?」

 

 と言いつつ、唇に右手の指先を当てながらニヤリと笑う沙耶。その仕草から溢れ出る妖艶さは到底年下のものとは思えない。こんなのどう考えても魔女だ。5人の中で1番怪しい。年齢詐称してるだろ。20歳が出せる色気じゃない。高級クラブとかで働いてても違和感ない。


 つーか。やっぱ自己紹介だけじゃ誰が魔女かなんて全然分からねぇな。


 合法ロリの芦屋さん、金髪ギャルのリサ、短髪元気ガールの舞華、メガネっ子の千春さん、後輩系お姉さんの沙耶。なんだか今はみんなが魔女に見える。このうちの1人が夢に出てくる"あの子"だなんて全く考えられない。


「岩崎さん! 何ボーッとしてるんですか! 自己紹介は終わりましたよ!」


「あ、ああ、そうだね……」


 元気いっぱいな芦屋さんに声をかけられて現実に引き戻される。どうやら物思いに耽り過ぎていたようだ。


 まあ、今はいくら考えても仕方ない。まずは彼女たちの情報を集めていくことから始めるしかないだろう。魔女狩りはそれからでも遅くない。まずは下準備が先だ。


 と、自分なりに結論を出してソファーから立ち上がった瞬間だった。


「よし、大河! 自己紹介も終わったしアタシの部屋に来なよ! 2人で話そ?」


 そんな耽美たんびなセリフと共に。なぜか金髪ギャルが甘い香りをフワリと漂わせながら、俺の右腕に抱きついてきた。


「ちょ、リサ!? そ、その......当たってるんだけど!?」


「バーカ、当ててんのよ! どう? 気持ち良い?」


 はい、弾力があって大変よろしゅうございます。いや、そうじゃない。いくらハニートラップでも行動が早過ぎやしないか。まだ自己紹介が終わったばっかだろ。


 いや、まあ感触は非常に悪くないですけれども。


「あ、リサばっかりずるい! ウチも岩崎っちとお話ししたいー!!」


「ちょ!? 舞華まで!?」


 すると、今度は舞華がリサに対抗するように俺の左腕に抱きつく。


 ふむふむ、なるほど。控えめな胸も悪くない。いや、そうじゃない。どいつもこいつも手が早過ぎやしないか。君たちは俺からビッチ認定されたいのか?


 まあ、両手に花みたいな感じは非常に悪くないですけれども。


「あー、リサも舞華もずるいです! 岩崎さんは私のものなんですぅ!!」


「た、大河くんが可哀想だよ。2人とも離してあげなよ」


「あらあら、大河さんったらモテモテ? どうしましょう。私も後ろから抱きついちゃおうかしら?」


「なー! 大河は舞華のとこじゃなくてアタシのとこに来るよなー!」


「ちがうしー! 岩崎っちは私の部屋に来るんだしー!!」


「と、とりあえず俺は自分の部屋に行かせてほしいんだけど……」


 早くもかねづるを取り合ってバトり始めた彼女たち。果たしてこの先俺はどうなってしまうのだろうか。

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