第7話 輩 

 ノックしても返事がないし鍵も閉まっていたから鞄から斧を取り出して扉を壊して中に入るとブルーのネグリジェを着たクツアが部屋の隅にあるベッドの上で杖を構えながら調子の良くないスライムのようにプルプルと震えていた。


「旅芸人になろう! さぁ、出発だ!」と言って、この場所の出入り口なのか何なのかよく分からない王様の樹の隙間へ歩いていったが振り返るとクツアが付いてきていない。


 女の子だからもしかしたらお化粧でもしているのかなぁと思って家へ戻って中を覗いて見るとまだスライムのようにプルプルしていたので驚いてしまった。


「何をしているんだ? 行こう!」

「どうして生きているの?」

 

 生き返って思い出したけどクツアはこういう娘だった。

 熱心にリンゴを数える猿ぐらい話を聞かない。


「Ego cogito, ergo sum」

 

 これ以上ないお洒落な返答にアマガエルだって伸ばした舌を引っ込めそうなものだがクツアは「どうして生きているの?」とその言葉しかインプットされていない留守番電話のように繰り返すものだから俺は困ってしまった。


「どうしてって知らないさ。生きているものは生きているんだ」

「うそだもん! わたし、ぶっころしたもん!」

「君が俺をぶっ殺したんなら俺はここにいないさ」


 これ以上ない完璧な論破にクツアは「でも……、でも……」と納得しない。

 まったくちょっと考えれば分かりそうなものだがこれぐらいの子供は自分の世界の常識を更新するのにひどく慎重なんだ。


 彼女が納得するまでの長い長い時間を利用してベーコンエッグでも作ろうかと思って部屋の中をウロウロしようとしたら「ごにょごにょ」と彼女が杖を構えて唱えだしたので思わず

「俺は服を着ているぞ!」

 と叫んでしまった。


「わたしがきせてあげたもん!」

「君が? 俺が成虫になったからじゃなくて?」

「わたしがきせてあげたもん!」


 そうだったのかと俺は彼女への感謝の気持ちで一杯になった。

 俺が二度と殺されないように彼女は俺を殺して服を着せてくれたのだ。


「ありがとうな」と彼女を抱きしめようとすると「こっちにこないで!」と『ごにょごにょ』しようとしてくる。


「どうしてだ? どうして君はそう『ごにょごにょ』ばかりするんだ? 俺達は友達だろ?」

「友だち?」

「おいおい、呆れたな」と思わず吹き出してしまう。「俺達の関係が友達じゃなかったら、この世界には孤独な指揮者しかいない、そうだろ?」

「そうなの?」

「そうだとも」

「クツアのこといじめない?」

「もちろんだ」

「じゃあ、どうして斧を持っているの?」

「これは扉を壊すためさ」

「それ……、こわい」

「怖い? 斧が怖いって君はは子供だなぁ」


 俺は屈強なヴァインキングのようにガハハと笑って斧を扉の外へ力一杯放り投げた。


 クツアはまだスライムのようにプルプルしていたが杖を構えてはいなかったので旅芸人になる気はあるようだった。

 旅芸人になれば世界中の人を笑顔にできるしサフィニアも殺せるし俺の未来が一気に開けた、そんな気がしたんだ。

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