第83話 邸宅
「それじゃあ次はお母様の話をしましょうか」
さっきとは打って変わって、カトレアさんはウキウキと話し始める。
余程、アメリア――母の話をしたいようだ。
「はい、お願いします。私も母が若い頃どう過ごしていたか知りたいですし」
「僕もエトのお母さんの話聞きたーい」
先輩が身を乗り出して、カトレアさんに詰め寄る。それをカトレアさんは困ったように笑う。
「そうね。それじゃあアメリアとの出会いから話しましょうか」
◇◆◇◆◇
カトレアが彼女と初めて出会ったのはある任務の帰りだった。
集合場所に行くとジークの隣で、ボロボロの服の上に上等な上着を着た少女が木の根本に腰掛けていた。
その上着はジークがかけたものだろう。
元々は鮮やかな鮮緑の髪だったのだろうが、今は手入れも出来ていないせいで、ところどころ痛んで薄汚れており、瞳は髪と同じ緑色をしていて何よりその整った顔立ちが目を引いた。
そしてとても冷たい目をしていたのを覚えている。
「ジーク。この子は一体誰ですか?」
「処刑される筈だった公爵令嬢様」
今回の任務は一部の権力者に邪魔され、失敗に終わった筈だった。
だから尚更驚いた。
「生き残り? 処刑は全て執行されたんじゃ……」
そこまで言った所で、カトレアは少女の装いに気が付く。
上着の下の肌着は無理矢理脱がされたのか、破れかかっており、身体中の至る所に殴られた後の様な青い痣が浮き出ていた。
「個別で襲われていたと……」
「正確に言えば未遂だったがな。だけどこの子、アメリアの心の傷は計り知れない」
ジークは少女の名前がアメリアだと明かし、カトレアに紹介する。
アメリアはジークに紹介され、カトレアに丁寧に頭を下げた。その洗礼された動きは、傍目にも相手が高位の者である事がうかがえる。
アメリアはどんなに堕ちても、生まれた時から貴族として育った体は全てを覚えていたのだ。
立ち振る舞い、言葉遣いなど全てを。
それは彼女の物であって、彼女の物ではなかった。
アメリアはそれしか知らなかった。その世界が当たり前だと思い自己完結していた。
(……美しいわね)
形姿に似合わず、上品な立ち振る舞いをするアメリアを見たカトレアは思わず息を呑んだ。
絶望のどん底に落とされた筈の彼女の瞳は、何かを決意したように強く輝きを放っていたからだ。
カトレアがアメリアを見つめていると、ジークが手招きをした。
「なんですか? 私はまだ役目が残って……」
「お前の役目は俺が代わりにやっておくから、お前はアメリアの面倒を見ろ。同性だし、年も同じみたいだから男の俺がやるよりいいだろう」
ジークはアメリアの面倒をカトレアに引導すると、自分はカトレアがする筈だった後片付けに向かってしまった。
自分で助けた癖になんて無責任な奴だと思った。しかしそれがジークなりの気遣いだという事は理解出来た。
ジークはどうにも不器用な奴なのだ。
「とりあえずどこかで着替えようか?」
「分かりました」
同世代の少女の痛々しい姿を見ていられず、彼女の手を掴んで自分の住む下宿先へと連れ帰る。
手を掴んだ瞬間、驚いた顔をしたが気にする事なく早足で歩いていると後ろから荒い息遣いが聞こえた。
お嬢様育ちのアメリアにとって、カトレアの早足は全速力で走っているのとなんら変わりないのだ。
「うーん。このペースだと夜が明けちゃうわね」
「ごめんなさい。まだ大丈夫です」
大丈夫だというアメリアの顔は青白く、体調が良くない事は明白だった。
「仕方ない。貴族様……いや元貴族様。無礼を許してね」
「えっ? あっ、はい」
一瞬元貴族という言葉にピクリと反応したが、それ以上何か言う事なく大人しくカトレアの言う事に従う。
そしてカトレアがいつかしてみたいと思ったことが現実になっていた。
「えっと……カトレアさん。なぜお姫様抱っこなのでしょうか?」
「一度女の子相手にしてみたかっただけよ」
「は、はぁ」
しっかり掴まっててねと言うと、カトレアは全速力で移動し、朝日が昇り切る前に部屋に駆け込むことに成功した。
その間、アメリアはあまりの速さに目を回していた。しっかりとカトレアの首に手を回し落ちないように踏ん張っていたが。
そのせいでカトレアは首が痛くなってしまった。
「あいたた。ちょっと貴族様、首に体重かけすぎ、私の首の骨が折れる所だったわ」
「ご、ごめんなさい」
平謝りするアメリアにもういいわと伝え、クローゼットの中から適当な服を取り出す。
「はい、これに着替えて」
カトレアが手渡したのは、庶民が着る麻布の服だった。
「…………」
アメリアにとってカトレアから渡された服が、今着ている服とあまり変わらないと思った。しかしそれが庶民の服だという事を知ると信じられないと口を尖らせてカトレアに迫った。
「これを庶民の皆さんは着ているんですか?」
「そうよ、何? こんな服は着れないって?」
「そんな事は言っていません……ただ少し驚いて」
「じゃあ早く着替えなよ」
「これどうやって着るんですか?」
「マジで言ってる?」
「はい。ドレスとか寝巻きなどの着替え全般は使用人の人達にやってもらっていたので」
考えてみればたしかに貴族とはそういうものであるという事をカトレアは思い出した。
「分かったわ。後ろを向きなさい。今日だけは手伝うから次から自分で出来るようにしなさい」
「はい、分かりました。ご迷惑おかけします」
そう言ってアメリアはまた深々と頭を下げる。他人行儀な振る舞いにカトレアは少し嫌気がさしていた。
「あと同じ歳なんだから敬語も仰々しい振る舞いも禁止。分かった?」
「分かりました――分かった」
「それでいいわ」
カトレアは早速アメリアの上着と肌着を脱がせ、一糸纏わぬ姿にした後、自分の服に着替えさせた。
「ううっ」
着替えに時間をかけたのは、恥じらうアメリアを見て、カトレアが少し楽しんでいたからだ。
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